第二十話:暴食の背徳、開店
どん、と背中を思い切り叩かれたような衝撃で、私の意識は浮上した。
いや、実際に叩かれたのだ。犯人は、私の隣で腕を組み、仁王立ちになっている天才錬金術師、エレノア。その顔には、一晩中スープの濃度調整に付き合わされたことによる寝不足の隈と、これから始まる新たな日常への純粋な拒絶が、それは見事なマーブル模様を描いていた。
「おい! いつまで寝ているつもりだ、このお気楽料理人! とっくに日は昇っているぞ! さっさと店を開けるなら開ける、閉めるなら永遠に閉める、はっきりさせろ!」
「あら、ごきげんよう、エレノア。昨夜はよく眠れたかしら?」
「貴様のせいで一睡もできんかったわ! 『あとほんの少しだけスープの粘度を上げたい』だの『メイラード反応の終着点をもう一度検証する』だの、夜通し私をこき使いおって……!」
「人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。あれは共同研究でしょう? あなただって、結構楽しそうだったじゃない」
「どこがだ! 私はただ、己の知的好奇心に従ったまで! 断じて、貴様のラーメン作りとやらに付き合ったわけではない!」
ぷりぷりと怒る彼女の向こう側で、マリアが静かに店の扉を開け放つ。
ざあ、と王都の裏路地の朝の空気が、私たちの神聖なる厨房へと流れ込んできた。パンが焼ける香ばしい匂い、どこかの家から聞こえてくる子供の笑い声、そして、まだ少しだけ残る夜のひんやりとした匂い。
開店日和、と言えるのかもしれない。
私たちの記念すべき第一号店、『暴食の背徳亭』。その外観は、昨日見た時と何ら変わらず、今にも崩れ落ちそうな廃屋そのものだ。しかし、一歩足を踏み入れたこの厨房だけは、エレノアの錬金術の粋を集めた、世界で最も清潔で機能的な空間へと生まれ変わっていた。
「ふぅ……。いよいよ、ね」
私は、乳白色に輝く調理台にそっと手を触れた。ひんやりとして、滑らかな感触。この場所で、これからどれだけの罪深い食べ物が生まれることになるのだろう。考えただけで、口の端が自然とつり上がってしまう。
「さて、と。それじゃあ、開店準備を始めましょうか。マリア、麺の準備は?」
「はい、お嬢様。昨夜のうちに仕込んでおいた生地を、製麺機に。百五十食分はご用意できます」
「エレノア、魔力循環炉の最終チェックをお願い。スープの温度は常に九十八度を維持。誤差はプラスマイナス〇・一度までよ」
「ふん。言われずとも分かっている。貴様に言われたとおりに、この炉は動くさ。まったく……大気のマナと炎……それに心を通じさせて……錬金術の……暖かみが……ぶつぶつ……」
エレノアはぶつぶつと文句を言いながらも、その手つきは真剣そのものだ。炉に埋め込まれた魔晶石に手をかざし、魔力の流れを精密にコントロールしていく。
ごう、と炉が低い唸り声を上げ、厨房の温度が心地よく上昇し始めた。
巨大な寸胴鍋の中では、一晩中煮込み続けたボアビーストの骨が、最後のうま味を絞り出さんと、とろとろに溶けかかっている。白濁したスープの表面には、黄金色の脂が美しい模様を描いていた。
役者も、道具も、そして主役であるスープも、最高の状態で、今か今かと、その出番を待っている。
私は満足感に浸り、深く頷いた。
「よし! では、開店は正午! それまで各自、持ち場の準備を……」
私が高らかに号令をかけた、その時だった。
それまで炉の調整をしていたエレノアが、ぱん、と手を叩いてこちらを振り返った。
その顔には、どこか吹っ切れたような、晴れやかな表情が浮かんでいる。
「……さて」
「え?」
「私の役目は、ここまでだ」
「……はい?」
私の口から、間抜けな声が漏れた。
エレノアは、そんな私に向かって、ふふんと得意げに胸を張ってみせた。
「言ったはずだぞ。私は労働はせん、と。この厨房設備を完成させ、スープを安定して量産できる道筋をつけた。これにて、技術顧問としての私の仕事は完了だ。あとは、お前たちで勝手にやれ」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! これからっていう時に、何を……!」
「私は真理の探究者だ。こんな場末の店の店員などでは決してない!それに、私の魂が求めるのは、薄汚い金貨ではなく、まだ見ぬ真理の輝きなのだよ。では、さらばだ!」
彼女はそう言うなり、白衣の裾をひるがえして、さっさとこの店から出ていこうとする。
あまりにも清々しいほどの労働意欲の欠如。
潔い!
潔すぎて、いっそ腹立たしいほどだわ。
「ま、待ちなさい! あなたがいなくなったら、この複雑な厨房設備、誰が管理するのよ! それに、人手が足りないじゃない!」
「案ずるな。技術顧問としての置き土産は、用意してある」
エレノアは、にやりといたずらっぽく笑うと、店の入り口で待たせていたらしい荷運び人に合図を送った。
ごろごろと重たい車輪の音を立てて、工房の前に運び込まれたのは、私の背丈ほどもある巨大な木箱が三つ。
何かしら、これ。
「開けてみろ」
言われるがままに、マリアが手際よく木箱の蓋をこじ開けていく。
そして、中から現れたものを見て、私は本日二度目となる間抜けな声を発した。
「……人形?」
木箱の中に、まるで棺に収められたミイラのように、静かに横たわっていたのは、精巧に作られた人間大の人形だった。
艶やかな黒髪、陶器のように白い肌、そして、どこかマリアに似た、感情の読めない涼やかな顔立ち。
身にまとっているのは、フリルとレースで飾られた、完璧なデザインのメイド服。
「これは、オートマタ。錬金術と傀儡術を融合させた、自律式の魔法人形だ」
エレノアは、自分の作品を前にして、満足げに説明を始めた。
「一体作るのに、私の魔力と財産の三割を持っていかれた、最高傑作だ。単純な命令ならば、人間と遜色なくこなすことができる。これだけの労働力があれば、人手の心配もなかろう」
「お、オートマタ……!」
私は、そのあまりにもファンタジーな代物に、目を丸くした。
木箱は全部で三つ。つまり、三体のメイド型オートマタが、私たちの新しい仲間になるというわけか。
「起動方法は、こめかみにある起動スイッチを押すだけだ。あとは、音声で命令すればいい。簡単な接客や調理補助くらいなら、問題なくこなせるはずだ。では、私はこれで本当に……」
「お待ちください、エレノア様」
今度こそ帰ろうとするエレノアを、マリアが静かな声で呼び止めた。
「まだ、何か?」
「このオートマタにつきまして、拝見したところ、関節部の魔力伝達に若干のロスが見受けられます。また、思考回路の最適化も、まだ改善の余地があるかと」
「……なに?」
エレノアの眉が、ぴくりと動いた。
マリアは、そんな彼女の反応などお構いなしに、木箱から一体のオートマタを軽々と抱き上げると、その背中にある小さな蓋をぱかりと開けてみせた。
中には、魔晶石を中心として、無数の銀線が複雑に絡み合った、精密な機械が収まっている。
「例えば、この主動力源から第四関節へと繋がる銀線。ここの経路を、最適化し、補助動力として小型の魔力溜をここに増設すれば、腕部の動きは現状よりも滑らかになります。さらに、言語認識の設定を少し変更すれば……」
マリアは、どこから取り出したのか、細い針金のような道具で、オートマタの内部構造を、何のためらいもなく、しかし驚くほど正確にいじくり始めた。
その光景を、製作者であるはずのエレノアは、ただ、呆然と見つめているだけだった。
「な……な……お、お前……! なぜ、その構造を……!? それは、私が三日三晩徹夜して導き出した、最新の理論だぞ……!?」
「メイドの嗜みでございますので」
出た。
彼女の伝家の宝刀。
その一言で、エレノアはぐうの音も出ないといった様子で押し黙ってしまった。
数分後。
マリアが、満足げにオートマタの背中の蓋を閉める。
「……これで、問題ないでしょう」
彼女が、先ほどエレノアが言っていた、こめかみの起動スイッチに軽く触れた。
すると。
かしゃり、と。
それまで人形のように固まっていたオートマタの瞼が、ゆっくりと開かれた。
その瞳に、ぼうっと淡い光が灯る。
そして、その身体は、滑らかな動きで木箱から起き上がると、私たちの前で、非の打ち所がない完璧な角度で、深く一礼してみせた。
「――起動を確認。これより、マスターの命令に従い、業務を開始します」
その声こそ、平たんとしたものだったが、その動作は、人間と寸分変わらない様子だ。
いや、どちらかというと、マリアと似ているような……。
まあ、それはメイド服を着ているから、かもしれない。
「……」
エレノアは、自分の最高傑作が、目の前で、自分以外の人間によって、いともたやすく自分以上の性能に改造されてしまったという事実に、しばらく言葉を失っているようだった。
その顔は、悔しいのか、驚いているのか、それとも感動しているのか、もはや判別不能だった。
やがて、彼女は、ふらふらとした足取りで、店の出口へと向かった。
「……もう、いい。帰る」
その背中は、なんだか、とても小さく見えた。
「あら、エレノア。本当に帰ってしまうの?」
「……何か問題があれば、使い魔で連絡しろ。飛んでくるさ」
ぽつりと、それだけを言い残し、彼女は今度こそ、本当に工房へと帰っていった。
嵐のような天才錬金術師が去った後には、三体の優秀なメイド型オートマタと、スーパーメイドと、そして、これから始まる大仕事に胸を躍らせる、一人の元公爵令嬢だけが残された。
「さて、と」
私は、気を取り直して、ぱんと手を叩いた。
「私たちの可愛い従業員も揃ったことだし、いよいよ開店準備の最終段階と行きましょうか!」
「はい、お嬢様」
「――了解しました、マスター」
私の一声に、マリアと三体のオートマタたちが、寸分の狂いもない動きで、一斉に頷いたのだった。
◇
正午。
王都の鐘が、高く低く、街全体に時の訪れを告げる。
その鐘の音を合図に、マリアが店の入り口に、一枚の真新しい暖簾を掲げた。
私が、夜なべして刺繍した、渾身の一枚だ。
そこには、墨痕鮮やかに、こう書かれている。
『暴食の背徳亭』
と。
「……いよいよ、ね」
ごくりと、私は喉を鳴らした。
厨房では、エレノアが錬成した魔力循環炉が、ごうごうと安定した音を立てている。
巨大な寸胴鍋の中では、この数週間、私たちの冒険と研究の全てを注ぎ込んできた、純白のスープが、最後の仕上げを待っていた。
私は、祭壇に向かう神官のような、厳粛な気持ちで、その鍋の前に立つ。
そして、懐から、大切に保管してきた小さなガラスの小瓶を取り出した。
中に入っているのは、雪のように白く、ダイヤモンドのように輝く、あの粉末。
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私は、その小瓶の蓋を開けると、中の粉末を、ためらうことなく、全てスープの中へと投入した。
さらさらと、白い粉がスープの中に吸い込まれていく。
そして、溶けて見えなくなった。
その、瞬間だった。
それまで厨房に満ちていた、濃厚な獣の匂いが、劇的にその姿を変えた。
ごう、と。
まるで目に見えない爆風が起きたかのように、圧倒的なまでの『うま味』の香りが、厨房全体を、いや、この店全体を支配したのだ。
それは、ただの豚骨スープの匂いではない。
ボアビーストの力強いイノシン酸、グルンブの奥深いグルタミン酸、そしてグアニ茸の神秘的なグアニル酸。
三つのうま味が、この鍋の中で出会い、互いの存在を何百倍にも高め合う、途方もない化学反応を起こしていた。
脳を直接殴りつけてくるような、暴力的なまでの香り。
理性を麻痺させ、胃袋をわしづかみにし、『食え』と本能に直接命令してくる、抗いがたいほどの香り。
その背徳的なまでの香りは、今にも崩れそうなこのボロ小屋の壁の隙間、屋根の穴、あらゆる場所から、外の裏路地へと、まるで生き物のように漏れ出していく。
「……始まった、わね」
私は、にやりと、不敵な笑みを浮かべた。
さあ、来るがいい。
うま味に飢えた、哀れな子羊たちよ。
この私が、あなたたちを、新たなる食の楽園へと導いてあげる。
◇
最初は、誰もが訝しんでいた。
王都の裏路地。埃っぽく、薄暗いその一角に、突如として現れた、今にも崩れそうな一軒の小屋。
そこから漂ってくる、今まで嗅いだことのない、強烈で、腹の底から食欲をかき立てられるような匂い。
道行く労働者や冒険者たちは、皆、足を止め、くんくんと鼻を鳴らし、その匂いの発生源を探していた。
「おい……なんだ、この匂いは……?」
「腹は減ってねえはずなのに、腹の虫が急に鳴り出しやがった……」
「発生源は……あのボロ小屋か? まさか、あんなところで、誰かが何か途方もねえモンを煮込んでるってのか……?」
誰もが興味津々といった様子だったが、そのあまりにも怪しげな外観に、最初の一歩を踏み出す勇気のある者はいなかった。
その、膠着状態を破ったのは、一人の男だった。
熊のように巨大な体躯。背中には、身の丈ほどもある大剣を背負っている。顔にはいくつもの古い傷跡。一目で、修羅場をくぐり抜けてきた熟練の冒険者だと分かる。
彼は、ごくりと喉を鳴らすと、まるで何かに引き寄せられるように、ふらふらと『暴食の背徳亭』の暖簾へと近づいていった。
「……まあ、死にはしねえだろう」
ぽつりと、そう呟き、彼は意を決したように、その暖簾をくぐった。
後に続く者は、まだいない。
誰もが、固唾をのんで、その最初の犠牲者、いや、挑戦者の様子を見守っていた。
店の中に、男の驚く声がかすかに聞こえる。
おそらく、外見とは似ても似つかない、清潔な厨房と、メイド服の人形が働く異様な光景に、度肝を抜かれているのだろう。
しばらくして。
店の中から、ずぞぞぞぞぞっ、と、何かを勢いよくすする音が聞こえてきた。
その音は、聞いているだけで、こちらの喉までごくりと鳴ってしまうような、心地よい響きを持っていた。
そして。
ごく、ごく、と、何かを飲み干す音。
ぷはー、という、満足げな吐息。
しん、と。
店の中が、一瞬だけ静かになる。
外で待っていた人々が、どうなったんだ、とざわめき始めた、その時だった。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
その、地鳴りのような、魂の底から絞り出したかのような絶叫は、裏路地全体に、いや、もしかしたら王都の一部にまで響き渡ったかもしれない。
その叫び声が、呼び水となった。
今まで様子をうかがっていた人々が、我先にと、その小さな店の暖簾へと殺到したのだ。
「お、おい! 今の叫び声はなんだ!?」
「分からん! だが、あんな声、俺は生まれてこの方、聞いたことがねえ! あれは、ただの悲鳴じゃねえ! 歓喜の叫びだ!」
「ど、どけ! 俺が先だ!」
「押すな、この野郎!」
店の前は、あっという間に、黒山の人だかりとなった。
厨房の中から、その光景を眺めながら、私は湯気の向こうで、満足げに微笑んでいた。
私の指揮のもと、マリアと三体のオートマタたちが、完璧な連携で、次々と『背徳豚骨ラーメン』を作り上げていく。
その一杯一杯が、この王都の労働者や冒険者たちの、乾ききった胃袋と魂を、背徳的なまでのうま味で満たしていくのだ。
「ふふふ……」
抑えきれない笑いが、私の口から漏れた。
「始まったわね、マリア」
「はい、お嬢様」
「私たちの目的が達成されるときが!」
私の高らかな宣言は、店内に満ち満ちた、熱気と、喧騒と、そして、幸福な麺をすする音の中に、心地よく吸い込まれていった。




