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追放令嬢は、化学調味料で異世界の食文化を革命する!~100%人工のうま味で背徳の日本食を広めます!~  作者: 速水静香
第四章: 背徳の味と広がる騒乱

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第十九話:店舗準備

「……大丈夫かしら、この人」


 私は、ぴくりとも動かなくなったエレノアの銀髪を、薬さじの柄でつんつんと突きながら呟いた。その顔は、まるで人生の全ての喜びを一度に味わい尽くして燃え尽きたかのように、穏やかですらあった。


「おそらく、脳内の情報処理が追いついていないのでございましょう。未知の、それも極めて強力な味覚情報が許容量を超えて一度に流れ込んだのですから。いわゆる、プッツン、している状態でございます」


 私の隣で、マリアがどこまでも冷静に分析してみせる。彼女の手には、いつの間にか温かいお茶が淹れられたカップが二つ用意されていた。本当に、仕事が早いメイドだこと。


「プッツン、ね。だとしたら再起動するには、やはり物理的な衝撃が一番かしら」


「それがよろしいかと」


 私とマリアは無言で顔を見合わせると、こくりと頷いた。

 そして、先ほどエレノアを正気に戻した時と同じように、マリアが汲んできた井戸水を、今度は遠慮なく頭のてっぺんからざばーっと浴びせかけてやった。


「ひゃっ!?」


 エレノアの口から、可愛らしい悲鳴が上がった。

 びしょ濡れになった子猫のようにぶるぶると身体を震わせ、ようやくその蒼い瞳に理性の光が戻ってくる。


「な、な、何をするか、貴様ら!」


「あら、ごきげんよう、エレノア。おかえりなさい。うま味の向こう側から」


 私がにっこりと微笑むと、エレノアははっと我に返り、自分が先ほどまでどれほど無様な姿を晒していたかを思い出したのだろう。その白い肌が、みるみるうちに茹でダコのように真っ赤に染まっていく。


「わ、忘れて! 今のことは全て忘れるのだ! いいな!?」


「さあ、何のことでしょう。私はただ、私たちの偉大な発明品『神への反逆』の完成を、共に喜び合っていただけですよ?」


「う、ぐ……!」


 エレノアは、私のしらじらしい態度に悔しそうにしている。

 ふふふ。これで、私と彼女の力関係も少しは対等になったと言えるのではないかしら。

 私は満足感に浸りながら、マリアが淹れてくれたお茶を一口すすった。

 そして、本題を切り出すことにした。


「さて、エレノア。そしてマリアも」


 私は、きりりとした表情で二人に向け直った。


「私たちの第一目標、『神への反逆』の完成は、今ここに達成されたわ。しかし! これは決してゴールではない! むしろ、大きな計画のほんの始まりに過ぎないということを、ゆめゆめ忘れてはなりません!」


 私の大げさな口ぶりは、まるでどこかの国の将軍の演説のようだった。それを聞き、エレノアはまだ少し不機嫌そうに、マリアはいつも通り無表情に、こてんと首をかしげた。


「……始まり、だと? これだけのものを生み出しておいて、まだ何かするというのか?」


「当たり前じゃない! 最高の調味料を作ったのなら、次は何をすべきか! 考えるまでもないことでしょう!」


 私は、ばん、と実験台を力強く叩いた。

 ガラス器具が、かしゃんと小さな音を立てて揺れる。


「この『神への反逆』を使って、最高の料理を作るのよ! そして、その料理でこの王都の、いや、この世界の凝り固まった食文化に、革命を起こすの!」


「……革命?」


「そうよ! 私がこの世界で再現したかった、愛すべきジャンクフードたち! ラーメン、からあげ、ポテトチップス! その全てをこの手で生み出し、うま味という名の福音を飢えたる民に広める! それこそが、私に与えられた新たなる使命なのよ!」


 私のあまりにも壮大で、そして何より食い意地の張った野望の宣言。

 それを聞いたエレノアは、ぽかん、と口を半開きにしたまま、完全に固まってしまった。

 その顔には、『この人、さっき私に水をかけたけど、本当に頭は大丈夫なのだろうか』と、はっきりと書いてある。


「……正気か、貴様は。これだけの歴史的発明を成し遂げたのだぞ。普通なら、これを王宮に献上し、莫大な富と名声を得ようと考えるのが筋ではないのか?」


「富と名声ですって?ふふん。そんなもの、私の食欲の前ではゴミ同然よ。私が欲しいのは、きらきら光る金貨の詰まった袋ではなく、湯気の立つラーメンの丼ぶりなのよ!」


「全くもって意味が分からん……!」


 頭を抱えて唸るエレノア。まあ、無理もない。彼女のような、純粋な真理の探求者にとって、私のそのあまりにもありふれた欲望は、理解の範疇を遥かに超えていることだろう。


「とにかく!私はやるわ!この王都でお店を開くのよ!」


「店、だと……!?まさか、レストランでも経営するというのか?そんな資金がどこに……それに、私は真理への探究をしなければならない、その邪魔になる労働なんてものは、死んでも絶対にしないぞ!」


 どこかのニートのようなことを言い出したエレノアの言葉を、私は無視した。


「大丈夫です。それに、私の経営するのはレストランなんて、そんな気取ったものじゃないわ。もっと、こう自由な……庶民的で誰でも気軽に立ち寄れるような……そう!屋台よ、屋台!」


「や、やたい……!?」


 エレノアの目が、信じられないものを見るかのように大きく見開かれた。

 彼女の頭の中では、おそらく油と煙にまみれた薄汚い小さな店が思い浮かんでいるのだろう。その想像は、あながち間違いではない。


「ええ!場所は、そうね……。貴族たちが集うような華やかな大通りではなく、もっとこう、ごちゃごちゃとした裏路地がいいわ!汗水流して働く労働者や、命がけの冒険を終えた冒険者たちが、一日の終わりにふらりと立ち寄れるような、そんな場所が理想的ね!」


「う、裏路地……!?」


 エレノアはもはや言葉を失い、ただ青い顔でぶんぶんと首を横に振るだけだった。

 潔癖症で、俗世間から隔絶されたこの工房こそが世界の全てだと信じている彼女にとって、私の計画は悪夢以外の何物でもないのだろう。


「お、お断りだ!断固として拒否する!この私が、なぜ、そんな肥溜めのような場所で料理など……!」


「あら、誰があなたに鍋を振れと言いました?」


「え?」


「あなたには、もっと重要な役目がありますわ。私の店の、いわば『技術顧問』として、その素晴らしい錬金術の知識を存分に振るっていただくのです」


「……技術、顧問?」


「ええ。例えば、最高のラーメンを作るには、スープの温度を常に九十八度に保ち続ける精密な温度管理が必要です。麺を茹でるお湯の対流も常に一定でなければなりません。そんな芸当、普通の薪を使ったかまどでは不可能でしょう?でも、あなたの錬金術を使えば……?」


「……!なるほど!炉に魔力循環式の熱交換器を組み込み、熱を自在に制御し、完全なる恒温槽を作り出す、と……!なるほど!それは、私の錬金術の新たな可能性を探る良い実験になるかもしれん……!」


 私が彼女の研究者としての心を巧みに刺激するような提案をすると、エレノアは先ほどまでの拒絶反応が嘘のように、その目をきらきらと輝かせ始めた。実に扱いやすい人。でも、そういうところ、嫌いじゃないわよ。


「でしょう?それに、最高の料理を提供するには最高の衛生環境も不可欠です。どんなに美味しい料理でも、不潔な厨房で作られていては、その価値は半減してしまいますからね」


「ふん。当然だ。私のこの工房を見ろ。塵一つ落ちていないだろう。私は不潔を何よりも嫌う」


「ええ。ですから、あなたには私たちの店の厨房を、この工房と同じくらい、いえ、それ以上に清潔で機能的な空間へと作り変えていただきたいのです」


「……よかろう。その役目、引き受けた。だが、言っておくが労働はせんぞ。厨房設備の設計と設置が完了したら、私は工房に戻るからな!」


 エレノアは、すっかりその気になってふんと腕を組んだ。

 よし、これで技術顧問は確保したわね。あとは……。


「マリア」


「はい、お嬢様」


「あなたは、私たちの店の総支配人をお願いします」


「……総支配人、でございますか」


「ええ。店の場所の確保、食材の仕入れ、経理、そして接客。全ての運営をあなたに任せます。できるわね?」


「かしこまりました。滞りなく」


 マリアは、表情一つ変えずに深く一礼した。まるで「明日の朝食のパンを買ってきて」と頼まれたかのように、ごく自然に。


 こうして、私の思いつきから始まった型破りなラーメン屋開業計画は、ここに正式に発足したのだった。



 それからの数日間、私たちの日常は開店準備のために目まぐるしく回転し始めた。

 とは言っても、実際に王都中を駆け回っていたのはほとんどマリア一人だったが。

 私とエレノアは工房に籠もり、『神への反逆』の安定した量産体制を確立するための追加実験や、来るべき開店日に向けた究極のラーメンの試作に明け暮れていた。


「違う!この麺ではスープの絡みが悪いわ!かんすいの配合を変えて、麺にわずかな縮れを生じさせる必要があるのよ!」


「このチャーシュー、煮込み時間が足りん!肉の内部まで熱が十分でない!圧力鍋で、短時間で肉の芯まで熱を通すべきだ!」


 工房は、もはや錬金術工房ではなく、完全にラーメンの研究開発室と化していた。

 そして、計画発足からわずか三日後の朝。

 マリアが、一枚の羊皮紙を手に工房へとやってきた。


「お嬢様。エレノア様。例の件、まとまりました」


「例の件?」


「はい。私たちの店の物件でございます」


「まあ!もう見つけてきてくれたの!?」


 さすがはマリア。仕事が光の速さだ。


「ええ。お嬢様のご希望通り、王都の裏路地、労働者街の一角にちょうど良い空き家がございまして。家主と交渉し、今後半年間の売り上げの一部を譲渡するという条件で、格安で借り受けることに成功いたしました」


「素晴らしいわ!早速、見に行きましょう!」


 私とエレノアは試作中のラーメンスープを味見するのも忘れ、マリアに連れられてその物件へと向かった。

 場所はマリアの言う通り、王都の中でも特にごちゃごちゃとした、活気と、そして少しばかりのうさん臭さが充満する一角だった。

 石畳はところどころ剥がれ、狭い路地の両脇には小さな商店や安酒場がひしめき合っている。

 道行く人々は、屈強な冒険者や日焼けした労働者風の男たちばかり。

 貴族令嬢である私が、本来であれば一生足を踏み入れることのないであろう世界。

 しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。

 むしろ、このむっとするような生活の匂いが、『食の伝道師』としての私の新たな門出にはふさわしいようにさえ感じられた。


「……こちらでございます」


 マリアが、ある建物の前で足を止めた。

 私はその建物を見て、思わず言葉を失った。


 それは、私の想像を、ある意味で完璧に、そして悪い意味で遥かに超える物件だった。

 今にも崩れ落ちそうな、大きく傾きかけた木造の小屋。

 壁は長年の雨風で黒ずみ、屋根にはところどころ穴が開いて、そこから頼りない光が差し込んでいる。

 かろうじて扉の形を保っている板切れには、巨大な蜘蛛の巣が芸術的な紋様を描いていた。


 お世辞にも、店とは呼べない。

 これは、もはや、ただの廃屋だ。


「……良いじゃない」


 ぽつりと、私の口から満足げな呟きが漏れた。


「この寂れた感じ!場末の風情!最高だわ!行き交う人々の誰もが、こんな小汚い店から天上の味がするなんて、夢にも思わないでしょう!この、外見と内実の圧倒的な落差こそが、抗えない背徳感を演出し、料理の味をさらに引き立てるのよ!」


 私が興奮気味に語るのを、隣でエレノアは完全に固まっていた。

 その顔は真っ白を通り越して、もはや土気色だ。

 大きな丸眼鏡の奥の瞳は、信じられないものを見たかのように、絶望の色に揺れている。


「……うそだろ……」


 その唇から、か細い、悲鳴のような声が漏れた。


「こ、こんな……!こんな、不潔で、野蛮で、原始的な場所で……!私が厨房を……!?いや、それ以前に一秒たりともこの空間で呼吸することすら耐えられん……!」


 彼女はハンカチで口と鼻を必死に覆うと、今にもその場に倒れ込みそうな勢いでふらふらとよろめいた。

 うん。彼女のその反応は、ごく自然だと思うわ。普通なら、そう思うでしょうね。


「エレノア。外見は、このままで結構。問題は中身です」


 私は、ぎい、と悲鳴を上げる扉を押し開け、中へと足を踏み入れた。

 中は、外から見た印象通り埃っぽく、薄暗く、カビとネズミの死骸のような匂いがした。

 床には何かのゴミが散乱し、天井の隅には巨大な蜘蛛が王のように鎮座している。


「……ひっ」


 私の後ろから、エレノアの小さな悲鳴が聞こえた。


「さあ、ここからがあなたの出番ですよ、技術顧問」


 私は振り返ると、絶望の淵に沈む天才錬金術師に、にやりと悪魔のように笑いかけてみせた。


「この絶望的な空間を、あなたの錬金術で世界で最も清潔で、最も機能的な厨房へと作り変えていただくのです」


「む、無理だ……!こんなもの、もはや錬金術の範疇を超えている!これは創造ではなく、無からの再生だ!別の建物を探してこい、マリア!」


「あら、私たちの作る調味料の名前、お忘れですの?」


「……!」


「そう。『神への反逆』。私たちは、これから神の領域に足を踏み入れるのです。厨房作りくらいで、怖気づいてどうするの?」


 私の、悪魔のような囁き。

 それを聞いたエレノアは、わなわなと、その華奢な身体を揺らした。


 そして。

 数秒間の葛藤の末。

 彼女の瞳に、再びあの研究者の狂気が宿った。


「……ああ、分かった」


 その声はまだ少し震えていたが、そこには確かな決意が感じられた。


「やってやろうではないか……!神への反逆、その第一歩としてな!見ていろ!この私が、この不浄な空間を、寸分の狂いもない、理想的な比率で構成された最高の調理空間へと錬成してみせる!」


 彼女はそう叫ぶなり白衣の袖をまくり上げると、懐から大小様々な、不思議な形をした錬金術の道具を取り出し始めた。その姿は、もはや絶望する少女ではなく、困難な実験に挑む一人の科学者のようだった。


「マリア。私たちは、少し離れて見ていることにしましょうか。何が起きるか、分かったものではないから」


「はい。それが賢明かと存じます」


 私とマリアは店の外へと退避し、これから始まるであろう天才錬金術師による、前代未聞の大改築を、固唾をのんで見守ることにした。



 エレノアが小屋の中に籠もってから、数時間が経過した。

 小屋の中からは、時折ごごごという地鳴りのような音や、ぱちぱちと火花が散る音がする。そして、エレノアの「うおおおお!」「結合せよ、我がマナ!」「四大元素よ、今こそ調和し新たな形を成せ!」といった、不思議な叫び声が聞こえてきた。

 道行く人々が、何事かと遠巻きにこちらを眺めていたが、マリアがその冷たい視線一つで全員を追い払ってしまった。


 やがて。

 小屋の中から聞こえていた音が、ぴたり、と止んだ。

 しん、と静まり返る路地裏。


「……終わった、のかしら」


 私が呟いた、その時。

 ぎい、と、あの古ぼけた扉がゆっくりと内側へと開かれた。

 中からよろよろと姿を現したのは、髪はぼさぼさ、白衣は煤と汗で汚れ、完全に魔力も体力も使い果たした様子のエレノアだった。


「……できた」


 ぽつりと、彼女はかすれた声で呟いた。


「……できたぞ……!私の、最高傑作が……!」


 その顔は疲労困憊といった様子だったが、その瞳は何かとてつもないものを成し遂げた達成感と喜びに満ちていた。

 私とマリアは顔を見合わせると、ゆっくりと小屋の中へと足を踏み入れた。


 そして。

 私たちは、そこに広がる光景に絶句した。


 そこは、もはやあの薄汚い廃屋ではなかった。

 壁、床、天井の全てが、継ぎ目のない滑らかな乳白色の石材で覆われている。それは大理石のようでもあり、それ以上に温かみのある光沢を放っていた。

 中央には同じ素材で作られた、巨大な調理台。

 壁際には、精密に設計された、かまど、流し台、そして食材を保管するための棚が、整然と配置されている。

 かまどは、魔力を流すことで火力をコンマ一度単位で調整できる特殊な構造になっているらしい。

 流し台の蛇口をひねれば、ただの水だけでなく殺菌作用のある聖水、そしてなぜか微炭酸水まで出てくる仕様だという。

 天井からは、柔らかな光を放つ魔晶石が照明として吊るされており、厨房の隅々まで明るく照らし出していた。


 非の打ち所がない。

 あまりにも機能的な厨房。

 清潔で、機能的で、そしてどこまでも美しい。

 錬金術師の工房とプロの厨房が、見事に融合した素晴らしい空間が、そこに誕生していた。


「……すごい」


 私の口から、素直な感嘆が漏れた。


「すごいわ、エレノア!これなら、最高のラーメンが作れる!間違いなく!」


「ふ、ふふん!当然だ!この私にかかれば、これくらいわけないことだ!」


 エレノアは、得意げに胸を張る。


「ええ、ありがとう。エレノア!」


 私は、改めてその見事な空間をうっとりと見渡した。


 小汚い、場末の小屋。

 しかし、その一歩内側には、至高の一杯を生み出すための神聖な場所が広がっている。


 この、どうしようもないほどの、落差。


 これこそが、私の求めていたもの。


「ふふ、ふふふ……!」


 抑えきれない笑い声が、真新しい厨房にこだまする。


「さあ、役者はそろったわ。準備も、整った。あとは店の名前を決めないとね」


 私は調理台に手を置き、これから始まるであろう騒がしい日々を想像した。


「なるほど、最後は、店の名前か……。そうだな、私の偉大なる錬金術と、貴様の『かがく』の融合によって生まれた奇跡の店だ。その名も、『真理の厨房』というのはどうだ?」


「却下よ。堅苦しすぎるわ。もっとこう、食欲をそそるような名前がいいわ。そうね……『うま味の暴力!!』なんてどうかしら!」


「却下だ!なんだ、その店は!本当に店名か!?」


 その後、私たちの店名論争が、数時間にわたって繰り広げられた。


 その様子を静かに見ていたマリアが、おもむろに立ち上がると、店の入り口の扉へと向かった。

 そして、懐から取り出した一本の鑿と金槌で、何のためらいもなく、扉の上に文字を刻み始めたのだ。


 かん、かん、かん、と。

 小気味よい音が、私たちの不毛な論争を断ち切る。


 私とエレノアが、呆気にとられてその様子を見つめていると、やがてマリアは作業を終え、満足そうにその出来栄えを眺めていた。

 扉の上には、流麗な、しかしどこか有無を言わさぬ力強さを持った文字で、こう刻まれていた。


『暴食の背徳亭』


 と。


「……」

「……」


 私とエレノアは、顔を見合わせた。


「……あら、いいんじゃないかしら」

「……ああ、それでいいんじゃないか」


 こうして、私たちの店名論争は、スーパーメイドの一方的な行動によって、あっけなく終焉を迎えたのだった。


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