カレー魔法少女☆れいか
「最近のアニメキャラは踊りがち」という批評を見かけた。Shot動画やSNSでバズるために、キャラクターたちに踊らせているのだと。
だが、俺は違うと思う。踊るアニメキャラ、というか主題歌に合わせて踊らされるキャラクターというのは昔からいた。
俺が知る限り嵐を呼ぶ五歳児とか、バーローな探偵坊主とか、愛と勇気のアン・ヒーローとか、みんなOPなりEDなりで踊っていた記憶がある。というか昭和のキッズ向けアニメは、夏休みになると「〇〇音頭」と題してキャラクターに盆踊りさせるのがお約束だった。だから、「アニメキャラに歌って踊らせる」という発想自体はかなり昔からあったと思う。
「……で、巡査長。今踊っている『あれ』は何なんです?」
「魔法少女」
警部補の問いかけに、短く答えれば偉く流暢な発音で「धन्यवाद」と返ってきた。
……聞き取れねー!!
☆
変なお面を着けた得体の知れない連中が市民を襲っている。
そんな通報を受け、駆け付けた俺たちが目にしたのは華麗なダンスと溢れ出るカレーソースでばったばったと覆面の男たちを倒していく「自称」魔法少女の姿だった。
「弾けるスパイスの香り! カレー魔法少女☆れいか! あなたたちは下がってて、マーラたちは私たちカレー魔法少女のダンスで浄化しないと倒すことができないの。だから、ここは私にまかせて!」
言いながらその「自称」魔法少女☆れいかは俺たち警察を引き下がらせる。
仮にも市民を守る警察があっさり得体の知れない市民の言うことを聞いていいものなのか? とは思ったがすぐ軽やかな踊りに戻るれいかの姿を見て俺たちは大人しく引き下がることにした。
「ちょっ、巡査長! ちょっと待ってください! そもそも『魔法少女』って何ですか!」
「魔法を使う少女のこと」
「それはわかりますが、おかしいでしょう! 何ですかあれ!? 何か踊る度にどこかからかカレーが飛び出てくるし、かと思えば不審者たちも一緒に踊りだすようになるし!」
「それは、アレだ……普通の魔法少女じゃなくて『カレー魔法少女』って言ってたから。きっと魔力がカレーに宿ってるとか、そういう感じなんだろ」
「何ですかそのガバガバ設定! 百歩譲ってカレー魔法はわかるとして、ならそれになんでダンスが加わるんですか!」
「だから、アニメキャラが踊るのなんて珍しくないんだって……ニチアサの戦士たちなんか毎年みんなEDで踊ってるし、今年なんかついに『アイドル』をストレートにテーマにしてるんだぞ。魔法少女も歌って踊って、ファンサする時代なんだよ」
厳密には「変身ヒロイン」かもしれないが、今戦ってくれているれいかは「カレー魔法少女」を自称しているのでそう思うことにしよう。
強引に納得する俺に、警部補はそれでもツッコミ続ける。
「いや、おかしいでしょう! 別に奇跡も魔法もあったっていいですけど、なんで『魔法少女』が当たり前のように実在して不審者をカレーとダンスで倒してるんですか! っていうか、自分で言っておいて何ですか! 『カレーとダンスで倒す』って!」
「あー、ほら……カレー美味しいし。スパイスいっぱい使ってて攻撃力も高いから、別に不可能ではないんじゃないのか? それにダンスを組み合わせれば、なんかこう上手いことなるっていうか……ダンスはもともと武道と関りが深いんだよ。太極拳だって立派な中国拳法の一つだし、ボクシングの動きをベースにしたボクササイズってものもあるし……つまり、そういうことだ。たぶん」
「適当なこと言わないでくださいよ! 市民を守るのは警察の義務でしょう!? なのに魔法少女? とはいえ少女一人に相手を任せるなんて……」
そこで、同行していた警官の一人が首を傾げる。
「いや、あれ『少女』って年齢じゃないだろ。どう見てもアラ……」
途端に踊り狂う黄色い魔法少女から、とてつもない速さでスプーンが飛んできた。ひゅん、と弾丸のように頭上を通り過ぎたそれに警部補はだらだらと冷や汗を流す。
「……ガキユイみたいで可愛いなー。恋ダンスとかめっちゃ似合いそうー」
逃げるは恥だが役に立つ、と察したらしい彼が途端にセリフを訂正する。
魔法少女れいかはその言葉に満足したようだ、ダンスのステップはヒートアップ。同時にカレーの匂いが充満し、緊急時であることも忘れ俺たち警察もだんだん腹が減ってくる。
「輝くカレーの弾ける力、受けてみなさい! カレー・フラーッシュ!!」
どうやら必殺技らしいその言葉を叫んだ瞬間、辺りが黄金色の光に包まれ食欲をそそるスパイスの香りが広がる。と同時に、上空から何かが俺たちの手元に舞い降りてきた……食欲を刺激するそれを、両手でキャッチすればれいかが眩しい笑顔を向ける。
「カレー魔法少女☆れいかのスペシャル☆カレーだよ!」
その言葉に促され、さらに添えられたスプーンを手に取る。気づくとお面を着け、暴れまわっていた連中がいつの間にか一般人の姿に戻っていた。かと思うと、脇目も降らずに全員カレーを食べ始める。……やばい、見ていたら俺も涎が……
「これが、カレー魔法少女のファンサ……?」
警部補がそう呟きながら、恐る恐るカレーを口に運ぶ。すると顔中に笑顔が広がり「अच्छा」と美味そうな叫び声を上げた。
……だから聞き取れねーって!!
そんな俺の慟哭も空しく、カレー魔法少女☆れいかはさっと身を翻す。
魔法少女の正体は「秘密」がお約束。問題が解決したのなら、正体がバレる前に逃げるのもセオリーだ。一口サイズの具材を包み隠すカレーの美しい茶色、その下から湧き上がるスパイスの香り。もはや食べる前から「これは美味しい食べ物です」と自己主張しているようなそれに、スプーンを取らずにはいられず……カレーの誘惑に負け、ガツガツとカレーを食べている間にれいかはさっさとその場から退散してしまった。
☆
「全く……今日は何だったんだ……」
溜め息をつきながら、俺は馴染みの定食屋に足を運ぶ。
「どうしたんですか、ずいぶんお疲れじゃないですか」
声をかけてきたのはこの店の看板娘・黄瀬さんだ。美人で気立ても良く、料理も上手い彼女に俺は「いや、今日はなんか変なことがあってね……」とだけ零す。
警察官は自分の職務内容をペラペラと吹聴してはいけない。そうでなくても、「デモ隊かテロリストかと鼻息荒くして現場に駆け付けたら『カレー魔法少女』を名乗る人物がカレーとダンスで解決させた」なんて言えるわけもないだろう。そんな俺を労わってか「いつも市民のためにご苦労様です」とにっこり笑ってみせる。
「そんな、いつも頑張ってる日野巡査長に私からご褒美! お疲れ様の気持ちを込めた特製「おつカレー」よ!」
「えっ、あ、実は俺カレー昼に食って……」
「わかってる、でもこのカレーは特別よ?」
言いながら、黄瀬さんが俺に差し出してきたものは――乳白色のソースが目立つ、白っぽいカレーだった。面食らっている俺の前で、黄瀬さんが説明を始める。
「牛乳にホワイトカレー用のルーを使っているから、クリーミーで優しい味わいなの。上に粉チーズをかければより一層乳製品のまろやかな味を感じられるようになるし、同じカレーでも全然違うんだから」
「た、確かにこれはこれで美味そうだな……」
もう完全に目の前の白いカレーに心を奪われてしまった俺はスプーンを手に取る。
「輝くカレーの弾ける美味しさ、食べてみなさい!」
……今の黄瀬さんの言葉、なんかどこかで聞いたことのあるな……そう思いながら俺は黄瀬さんの作ったカレーを口に運び、その美味しさに舌鼓を打つのだった。