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第3章:メッセージという試練

第3章:メッセージという試練


 それは、蓮からの一通のLINEで始まった。

 研修の翌日、昼休みにスマホを開いた咲は、そこに「昨日はありがとうございました。またよかったらお茶でも」と、端的だけれど誠実さを感じる文面を見つけた。


 昼休みが終わるまで、彼女はその画面を五回は見返した。


 「返さなきゃ」

 そう思っては、文章を打っては消し、また打っては削除する。結局、「こちらこそ、楽しかったです。またぜひ」と、無難で角のない返事を送るまでに、昼休みは残り五分になっていた。


 メッセージのやり取りは、その日からぽつぽつと続いた。仕事終わりの「今日もお疲れさまです」、週末には「今週はゆっくり休めそうですか?」など、踏み込みすぎず、それでいて続けようとする意志を感じる言葉たち。


 だけど――


 既読だけが付いて、返事が来ない夜。

 すぐに返信が来たと思ったら、妙にあっさりした文面。

 自分ばかり気にして、相手はそこまで思ってないんじゃないかという不安。


 恋人ではない。友人とも言い切れない。

 だけど、他の誰より気になる相手。

 その宙ぶらりんな関係性が、咲の気持ちをじわじわと揺らし続けた。


 水曜の夕方、仕事がひと段落した頃。咲の隣の席に座る同僚、由梨がぽんっと肩を叩いてきた。いつも元気で、明るくて、どこか咲とは真逆のタイプの女性。既婚者で、二歳の子どもがいる。


「咲ちゃん、最近スマホばっか見てない? 彼氏できた?」

「え、ちが、違うよ、そんなのじゃ……」

 焦って否定する咲を見て、由梨は声を上げて笑った。


「ふふ、わかりやすいなー。ま、できかけってやつ? いいじゃん!」

「そういうわけでも……うーん、でも……」

「でも?」


 咲は少し黙って、そしてぽつりと打ち明けた。

「連絡はしてるけど、なんか……気を遣いすぎてて、すごく疲れるの。変なスタンプ送ったら嫌われるかなとか、タイミング早すぎたかなとか、逆に遅いと冷めてると思われるかなって……」


 由梨は目を丸くし、それからあきれたように笑った。

「なにそれ、めんどくさ!」

「……うん、自分でもそう思う」

「咲ちゃんさ、それ、相手に“よく思われよう”としてるだけでしょ? でも本当の恋愛って、“自分をちゃんと出せるか”じゃない? 私、旦那とは最初からバンバン既読スルーしてたよ。気にしたことない」


 その言葉は、咲にとっては衝撃だった。


「……でも、既読スルーしたら嫌われるかもしれないし」

「それで離れる人なら、そもそも合ってないってことじゃない?」

 きっぱりとした言葉に、咲は黙った。何も言い返せなかった。


 会社帰り、電車に揺られながら咲は、自分のスマホ画面を見つめた。

 最後に蓮からメッセージが来たのは、昨日の夜十時。

 「今日もお疲れさま。最近暑いから、ちゃんと水分とってね」


 既読にはしたけれど、まだ返事はしていない。既読をつけてから、ちょうど19時間が経っていた。


 返信を打つ指が止まる。

 「ありがとう、伊藤さんも体に気をつけてくださいね」

 その文面を見返して、咲はふとため息をついた。

 ――これ、わたしの言葉かな?


 蓮にとって、咲は「気を遣ってくれる人」になっているのかもしれない。けれどそれは、「心を許している人」とは違う。

 由梨の言葉が、胸に残っていた。

 「自分をちゃんと出せるか」――


 咲はメッセージを消し、新たに短く打った。


「今日は会社の同期とランチでうなぎ食べました!最高でした~ 」


 それだけを送り、スマホを伏せた。

 どきどきする。

 でも、少しだけ、軽くなった気がした。

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