エピローグ:休日の午後、となりにいる人
エピローグ:休日の午後、となりにいる人
春の陽射しが、カーテンの隙間から静かに差し込んでいた。
休日の午後。窓を開ければ、どこかの家の洗濯物が風に揺れている音が聞こえ、鳥の鳴き声が淡く重なる。
咲はソファの上で膝を抱えて座り、コーヒーの湯気をぼんやりと見つめていた。隣には、蓮がいる。シャツの袖をまくって、文庫本を読んでいた。
テレビもつけず、音楽も流さず、ただ静かな時間。
けれど、それがとても幸せだった。
「ねえ、蓮さん」
「ん?」
ページをめくる手を止めて、彼が顔を上げる。
「私たち、付き合ってから……変わったよね」
そう言った咲の声は、穏やかだった。
昔の自分が、今のこの空気を知ったら、きっと驚くだろう。
言いたいことを飲み込まず、距離を気にせず、ただ“好きな人”の隣にいられる日々。
蓮は、少し考えるように目を細めてから答えた。
「変わったっていうより……“やっと自分らしくなれた”気がする」
その言葉に、咲は自然と微笑んだ。
そうだ。
変わることが目的じゃなかった。
誰かに好かれるために何かを“演じる”んじゃなくて、誰かといることで、自分自身に戻っていける。そんな関係だった。
「……じゃあ、それでいいか」
咲はそう言って、ゆっくりと彼の肩にもたれた。
蓮は驚いたように少しだけ硬直したが、すぐに体の力を抜いて、咲の頭をそっと支えた。
窓の外では、風がカーテンを軽く揺らしている。
“ただの偶然”から始まったふたりの物語は、今ここにある。
名前も飾りもいらない。
休日の午後、こうして隣にいられることが、何よりも大切な答えだった。
もう、不安も焦りも、試すような恋もいらない。
ただ、自分らしく。
ふたりで、ゆっくりと進んでいけばいい。
おわり