表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/28

人形の体


 薄暗がりの中で目が覚めた。それも、湿った土の上で。

 地面で眠りこけるなんて、はじめてのことだ。そのせいだろうか。体に妙な違和感がある。


 起き上がってふと視線をずらしてみると、足元に濃い化粧をした女の死体が転がっていた。


 

「ぎゃああああ!」


 悲鳴をあげて飛び退く。

 が、よくよく見れば、死体には物凄く見覚えがあった。


 ユージェニーご本人である。


「いやまさか……。そんなバカな」

 

「よお。やっと起きたか。もう朝だぜ」


 呆れるような声に顔を上げると、檻の中の悪竜の赤い瞳と目が合った。

 そうだ。地下室で倒れたんだった。


 

「よくもまぁそんなとこでぐっすり寝れるもんだな。たくましい王女様」


 悪竜が更に何か言っているが、耳に入ってはこなかった。

 今頃になって、クライヴの言葉が脳裏に蘇る。


『命が惜しければ、地下室には近寄るな』


 と、いうことは────。


 

「私…………死んだのか」

「死んでねぇだろ。喋ってんじゃねぇか」

「いやだって…………コレ」


 自分の死体を指さす。シュールなことこの上ない。


 戸惑うユージェニーに、悪竜はさらりととんでもないことを言い出した。



「あんたの体を人形と入れ替えてやった」

「人形!!」


 言われてみれば、視界がずいぶんと低い。

 広げてみた手の平は、子どものように小さくて、腰まであるくすんだ灰色の長い髪は、傷んでボサボサだ。

 それは、見慣れた自分の人形そのものだった。


 

「どうだ、驚いたか? 俺様はすごいだろう」


「うん、すごい! 魔法って、こんなこともできるのか……!」


「…………。あんた、ずっと思ってたが冷静だな。まぁ、話が早くて助かるが。言っておくが、人間ごときにこんな魔法は使えない。それがどういうことかわかるな?」


「……えっと……、ものすごく、すごいってこと?」

 

「そうだけどそうじゃねぇ! つまりあんたは、俺様の言うことを聞くしかないってことだろうが!!」


 

 悪竜の大声が地下室に響きわたる。本当に元気な悪竜である。


 姉から話を聞いた時は、恐ろしい化け物を想像していた。

 けれど話をしてみれば、感情豊かでちっともこわくない。


 そんな呑気なことを考えて、けれどふと足元を見遣れば、自分の抜け殻が目に入った。自らの体を見下ろすのは奇妙で、やはり薄気味悪い。


 ユージェニーの立場を理解させるように、悪竜は地面をゆっくりと這い、黒光りする不気味な体を見せつける。

 そして冷酷に告げた。

 

 

「そのきったねぇ人形から元の体に戻してほしければ、クライヴを殺せ」



 ただの元気な竜なんかでは決してない。

 ユージェニーの姿を簡単に変えてしまった悪しき竜は、真っ赤な瞳を鋭く細めている。

 

 ようやくその恐ろしさが現実味を帯びてくる。

 薄ら寒さを感じて、ユージェニーは微かに身震いをした。

 

 



  

 ◇◇◇



 

 人形が動き回っていてはさすがに警戒されるため、人形に入ったユージェニーは、周りからは人間の子どもに見える。

 更に余計なことを言わないように、悪竜以外の前では声が出ない。

 

 子ども相手ならば尚更油断するだろうから、さっさとクライヴを殺して来い。


 ────と、悪竜に地下室から追い出された。


 

 一階に上がってみれば、悪竜の言う通り、朝を迎えていた。

 廊下の大きな窓から朝日がさんさんと降り注ぎ、屋敷内は妙に騒がしかった。



 ────そして。


「…………子どもですか」


「そうですねぇ。四、五歳くらいに見えます。そんな子どもが、たった一人でこんな森の奥までやって来て屋敷に入り込むなんて、ちょっと考えられないですよね」


「はぁ……。昨日から面倒なことが続きますね。王女様も、まだ見つかっていないんでしょう」


「申し訳ありません。僕とマリアで、森の中も捜してはみたんですが……」



 ユージェニーはいったん自室へ戻ろうとしたところを、ちょうど通りかかったマリアに見つかり、あっさり捕まった。

 その後応接室のような広めの部屋に連れて行かれ、ソファーにちょこんと座らされた。

 

 そして現在、マリアに呼ばれてやって来たクライヴとブルーノも加わり、三人に囲まれているという状況である。


 

 車椅子に座るブルーノは更に身を屈めて、小さいユージェニーに目線を合わせるようにして笑顔を見せた。


「君、名前は? どこから来たんだい?」

「……!」


 ユージェニー、と答えようとして、やはり声にならなかった。

 ブルーノが困った様子でクライヴを振り返る。


「うーん……。どうやら、喋れないようです」


「マリアと同じで、耳が聞こえないんですか」


「いえ、たぶん聞こえてはいます。そうだよね?」


 ブルーノの問いに、勢いよく首を縦にふった。


「やっぱり。聞こえてるようです。この子は、声が出せなくなる呪いを受けたのでしょう」


「はぁ……。それで、何者なんでしょうね?」


 面倒臭そうにクライヴがため息をついた。子ども相手でも、容赦のない愛想の悪さだ。


 困り果てたように沈黙したクライヴとブルーノの横で、マリアが紙とペンを取り出した。何かを書いて、ブルーノへと渡す。

 それを見たブルーノは、顔をしかめて「うわぁ」と声を漏らした。


「何ですか?」


「いや、マリアが……。この子は、ユージェニー王女の隠し子なんじゃないか、って」


「王女様の、子ども……?」


「この子、王女様と同じ、紫色の瞳なんですよね……。クライヴ様もよくご存知の通り、王族の特徴的な色です。それに昨日王女様は、大きな鞄をお持ちだったんです。なぜか従者に預けず、ご自身の手で運ばれていました。僕が手伝おうとしたのも嫌がられて、それがちょうど……この子が入りそうな大きさで……」


 言いながら、自分の発言のまずさを噛み締めるように、ブルーノが頭を抱える。そうであって欲しくない、という感情がだだ漏れである。


  

「つまり王女様は、子どもを隠したままこの屋敷に連れてきたと?」


「恐らく……。こんな小さな子がここまで辿り着くなんて、誰かの手を借りないと不可能ですよ」


「仮に王女様が連れて来たとして、肝心の王女様は子どもを置いてどこへ行ったんでしょう?」



 再び、部屋に沈黙が落ちる。

 続いて、クライヴが全く配慮のない一言を言い放った。



「あなた、もしかして母親に捨てられたんですか?」 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ