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悪竜と取り引き


 クライヴから地下室には立ち入るなと言われているし、ユージェニーとて命は惜しい。

 しかし足を踏み外した際に、人形を落としてしまった。階下はうっすらと明るくなっており、階段の途中に落ちている人形の姿が確認できた。


 すぐにでも立ち去るべきだろうが、いくら捨てるつもりだったとはいえ、ここに人形を置いてはいけない。

 仕方なしに立ち上がり、階段をおりていく。


 数段おりたところで人形までたどり着き、抱えあげた──その時。

 耳に絡みつくような声が響いた。



「かわいそうな人間の娘」


 階段の先はランプがひとつ灯されただけの、薄暗く狭い部屋だった。部屋といっても地面そのままで、湿った土のにおいがする。

 陰鬱とした部屋いっぱいに、頑丈そうな檻が鎮座している。


 檻の真ん中には、真っ黒で細長い生き物が、ぐるぐるととぐろを巻いていた。赤い瞳が、ぎょろりとユージェニーを見据えている。


 それはとても不気味で奇妙な光景だった──けれど。

 


「…………大きいミミズ」


 

 思わずぽつりと零してしまった言葉に、謎の生き物が大声で怒鳴りつけてきた。


 

「馬鹿じゃねぇの!? こんなでかいミミズがいるか! せめてヘビと言え!」


 ユージェニーは目を見張った。


 

「すごい……! 喋るヘビがいるんだ」


 離宮の外に、こんな不思議な生物がいるとは思わなかった。

 元気なヘビに警戒心も薄れ、階段を下りきって檻に近寄ってみる。


「いや待て。俺様はヘビでもない。竜だ」

「…………竜」


 地下室の檻の中に、竜。

 そこまでわかれば、答えはひとつしかない。


 

「じゃあ、あなたが悪竜?」


「何? 今はそう呼ばれてんのか? 神竜と崇めてみたり、俺様が思い通りにならないとわかるなり魔王と忌み嫌ってみたり、まったく人間ってのは勝手なもんだ」



 セリフとは裏腹に、ずいぶんと人間じみた様子でため息をつくと、悪竜の瞳がユージェニーをまっすぐに捉えた。


 

「あんたもそう思うだろ? 魔力がない人間の娘」


「……! 私に魔力がないって、わかるの? 見ただけで? すごい!」


「ふん。まぁな。俺様ほどの力があれば、魔力を感知できる」


 悪竜が自慢げにぴんと半身を伸ばしてみせた。たぶん、胸を張っている。


 

「なぁ、かわいそうな王女様。そんなに着飾っていたって、俺様にはお見通しだ。この国の人間は、大昔から魔力のない奴をのけ者にして、虐めてたからな。あんたもそうだろ?」


「べつに、虐められてなんか……ない」


「そうか? 王女様なのに、こーんな呪われた屋敷に嫁がされてる時点でお察しだぜ。……なぁ、助けてやろうか?」


 悪巧みを持ちかけるように、声を潜めて悪竜が近寄ってくる。その赤い瞳が、妖しく光っている。


 

「俺様をここから出してくれたら、あんたを自由にしてやる。あんたも一生こんな屋敷に閉じこもってるなんて嫌だろ? 俺様の力があれば、何でも叶えてやれる。取り引きしようぜ」


 

 ────自由。

 これまでは離宮に、そして今日からは死ぬまでこの屋敷に囚われ続けることになるであろうユージェニーにとって、それはとても魅力的な響きだった。

 無意識のうちに、身を乗り出してしまう。


 興味を示したことに気を良くした悪竜が、にょろにょろと体をくねらせている。


「悪い話じゃないだろう。俺様を味方につけておけば、絶対に困ることはないぜ。なに、王女様でもできる簡単なことだ」


「う……。聞くだけ聞く。決めるのは、それからで」


「よしよし。じゃあ、クライヴを殺せ」


「えっ!?」


 

(い……今、なんて? 殺せって言った?)


 ちょっとしたお使いを頼むように、気軽に告げられた言葉に、耳を疑う。

 けれど悪竜は、なんでもないように続けた。


 

「あんたみたいな小娘相手なら、クライヴも警戒しないだろうよ。奴は目が見えないし、ナイフで心臓を一突きするだけだ。あー簡単簡単」


「いっ……いやいやいや! 無理だよ!!」


「はあ? なんでだよ! クライヴを殺さねぇと、俺様がここから出られんだろーが!」


「そういうことなら、この話はなかったことに……」


「こら待て」


 

 物騒な話には関わりたくはない。

 急いで立ち去ろうとしたものの、悪竜の一言で、足が地面に縫い付けられたように動かなくなった。


「わっ! 何これ!」


「逃がすかよ。せーっかく一年ぶりに、ここまで獲物がやって来てくれたんだからな。ここに繋がるドアの鍵を、こっそり壊しておいた甲斐があったってもんだ。そばまで寄ってくれたら、操るのもわけないぜ。檻の魔法のせいで、離れた位置にいるクライヴたちには、しょっぼい嫌がらせしかできねぇからな」


「あっ、もしかして……。嫌がらせって、屋敷の呪いのこと?」


 しょぼい嫌がらせと言うには陰険すぎる、体を不自由にする呪いが頭に浮かび問うと、悪竜はげらげらと笑った。


「俺様を閉じ込めたクライヴに腹が立って、可愛い仕返しのつもりだったんだが、予想以上に効果があったみたいだな。誰もここへ寄りつかなくなってクライヴも孤立して、いい気味だぜ」


 

 やっぱり陰険だ。

 だんだんとクライヴが不憫に思えてきた。

 


「この手でクライヴをぶち殺してやりたいが、檻の中ではそれも叶わない。あんたがクライヴを殺って、俺様をここから出せ。言う通りにするまで、その足は地面に貼りつけといてやる」

 

「あの、でも……。動けなければ、殺せないんじゃ……?」


「………………」


 至極当然なユージェニーの指摘に、悪竜はぴたりと動きを止めた。

 

 

「そりゃそうか。しかしここで約束をとりつけたところで、その後あんたが大人しく俺様の指示通り動くとも限らねぇしな。…………よし、こうしよう」


 悪竜はそう呟くと、体を伸ばしてユージェニーと目線を合わせた。

 目が合った瞬間、赤い瞳がぎらりと光る。


 途端に、強烈なめまいに襲われた。

 

 ぐわんぐわんと視界が揺れて、足元が宙に浮いているような気になる。同時に、吐き気を覚えるのにも似た不快感が、体の中から湧き上がった。

 

 とても立っていられなくなり、その場に倒れ込む。じっとり湿った土の上だ。ドレスが汚れるけれど、そんなことを気にかける余裕は、もうユージェニーにはない。 

 そのまま瞼が重くなって、目を閉じた。


 

 げらげらと悪竜の笑い声が響く中、ユージェニーはあっさりと意識を手放した。 


 

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