表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
能なし王女の不自由な結婚  作者: 玖珠ゆら


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/28

立ち入り禁止の地下室

 

 べつに幸せな結婚生活を夢みていたわけじゃない。

 ただ、いてもいなくても同じ──むしろ、邪魔者でしかなかった『能なし』のユージェニーに、はじめて与えられた役目。ようやく自分にも価値があると言ってもらえた気がした。

 期待に応えたくて、言われた通りにしなければならないと、そればかり考えていた。


 

 けれど冷静に考え直してみれば、この屋敷にやって来た時点で、向き合うべきは国王や王妃の言いつけではなく、何を差し置いても夫となるクライヴである。


 クライヴは最初からユージェニーを拒絶するようなことを言ったし、顔を隠していて陰気だし、感じが悪い。

 でもユージェニーを馬鹿にしたり、罵ったりはしなかった。

 ユージェニーのために部屋を快適に整えて準備をし、あたたかくておいしい食事を食べさせてくれた。


 それはクライヴの指示ではなかったのかもしれない。

 ブルーノとマリアは優しくて親切だ。二人が王家から嫁をよこすとの知らせを聞いて、主の思いとは関係なくやったことだとしても……。

 そんな彼らの勝手を、クライヴは許している。

 そして使用人という立場であるにも関わらず、ブルーノとマリアを『家族のような存在』だと言った。


 クライヴもきっと、根は悪い人間ではないのだろう。

 王族としての振る舞いよりも、もっと優先すべきことを、ユージェニーは見失っていた。


 親切にしてもらえたら礼を言うべきだし、ごはんがおいしければ、素直にそう言えばよかった。そして悪いことをしたら、謝るのも当たり前だ。


 正直に字が読み書きできないことも、食事のマナーがわからないことも伝えなければいけない。

 そのためには、『能なし』であることをクライヴに知られるかもしれないけれど──。


  

 ユージェニーのこれまでの言動は、彼らを見下し、蔑んでのものだと勘違いされている気がする。

 自分がそうされるのは、慣れていても傷つくし、時に心が悲鳴をあげる。

 そんな思いをクライヴたちにさせてしまったというのなら、ユージェニーの選択肢はひとつだけだ。


(…………あやまろう)



 大丈夫。謝罪の仕方だけは、姉からしっかり教育されている。跪いて床に頭をこすりつければいいのだ。

 それに離宮のかたくて冷たい床と違い、この屋敷には絨毯が敷き詰められている。頭を踏んづけられても、たぶんそんなに痛くない。



 逃げるようにダイニングルームを出て、自室に篭っていたユージェニーは、ようやく立ち上がった。

 部屋の隅に置いた、薄汚れた人形を抱えあげる。

 あんまりいい思い出はなくても、この人形は自分の分身みたいに思っていた。なんとなく手放し難くて持って来てしまったけれど、やっぱりこの屋敷には相応しくない。


 ユージェニーは、ここでこれから新しい人生を始めるのだ。

 今度こそ、ちゃんと素直に正直に、クライヴたちと話し合おう。その結果受け入れてもらえなくても、それは仕方がない。

 人形ともお別れだ。ブルーノにお願いして、捨ててもらおう。


 決意を胸に、ユージェニーは人形を抱えたまま自室を出た。



 まだクライヴは、ダイニングルームにいるかもしれない、と向かってみると、思った通りドアの向こうから、クライヴの声が漏れ聞こえてきた。


 

「だから期待するだけ無駄だと言ったでしょう。王女様なんて、我儘で傲慢だと相場が決まっています」 


 思い切り噂されていた。

 しかもたぶん悪口。さすがにこのタイミングでは、ドアを開けられない。 


「すごい偏見ですよ、クライヴ様。呪われた屋敷と知った上で来てくださるんですから、王女様というだけで毛嫌いしちゃ失礼ですよ。心優しい方かもしれないなーとか思いません?」


「思いませんよ。ブルーノは能天気すぎます。それに本当に心優しければ尚更、無闇に親切にしない方がいいです。呪いに耐えられなくなった時、出て行くと言いづらくなるでしょう」

 

「……なんていうか……クライヴ様って、優しいのに不器用なんですよね……」


「優しくないです。俺が嫌なんです。期待して心を開いて、結局捨てられるのが」



 呟くように零したクライヴの声音は、なんだか切実だった。

 クライヴが過去に実際に、傷つくような経験をしていたのだとしたら──。


 ユージェニーにも、少しだけ理解できる気がした。

 昨日まで向けられていた温かな感情が、突然憎悪にも似たものに変貌してしまったこと。これからも当たり前に続くと思っていたはずの日々を失い、裏切られたような気持ちになったことを、ユージェニーは知っている。


 どうにかクライヴとわかり合えたらいい。

 そう思うけれど──。

 


 席を立ちこちらへ向かってくる足音が聞こえて、ユージェニーはそっとドアから離れた。 


 盗み聞きしていたことを知られたくはない。

 クライヴの方も、ブルーノ相手だからこそ漏らした本音を、全く信用していないユージェニーに聞かれていたと知れば、不快に思うだろう。


 

 振り返り、真っ先に目についたドアを開けて中へ飛び込む。見つからないよう、すぐさまドアを閉めれば、中は真っ暗だった。


 何があるのかもわからないのに、何の気なしにそのまま足を数歩踏み出したのがいけなかった。



「うわっ……!?」



 その先の床は平らではなく──ユージェニーは足を踏み外し、転げ落ちた。


 そこには下へ降りる階段があったのだ。

 数段落ちて体を打ち付け、ようやく気がついた。


 一階から更に下への階段。

 つまりここはクライヴの言っていた、絶対に立ち入ってはいけないという、地下室に繋がっている。 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ