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誕生日プレゼント


「うわあぁぁ失敗した! どうしよう……!!」


 案内された自室となる予定の部屋で一人、ユージェニーは頭を抱えていた。


 このままでは、結婚を拒否される。屋敷を追い出される危機である。

 ここへ来てものの数十分ほどで、ユージェニーは既に詰んでいた。


 何がいけなかったんだろう……と思い返せば、全部だ。何もかもを間違えた。



 ブルーノとマリアのおかげで屋敷に入る許可を得られたというのに、ユージェニーときたら……。


「わたくしの覚悟を疑うというの? この無礼者!」

と、いきなりクライヴに暴言を吐いた。


 お茶を淹れてくれたマリアに礼も言わず、持っていた大きな鞄を運んでくれようとしたブルーノにも、

「汚い手で触らないでちょうだい!」

と酷いことを言った。



 そもそも大前提として、姉はユージェニーの前では、偉そうな態度で悪口しか言わなかった。

 口調ばかりか発言内容まで姉を真似てしまえば、こうなるのも当然である。


 ユージェニーの失礼な言動の数々に、親しげに笑顔で接してくれていたマリアとブルーノも、あっという間に表情をこわばらせた。

 肝心のクライヴに至っては、ユージェニーが口を開くたびに、声のした方を思い切り睨みつけていた。

 完全に怒らせたし、嫌われた。最悪だ。



 いっそのこと素を晒して全力で謝り、屋敷に置いてくださいと縋りたい。


 しかしそんなのは王族の振る舞いではない。それくらいはわかる。

 そうでなくてもただでさえ好感度が底落ち状態の今、何のマナーも教養も身についていない平民同然の王女だと知られれば、それこそ無価値だと捨てられるだろう。



 ユージェニーと輿入れの荷物を運んできた馬車は、王都へとんぼ返りしてしまった。

 荷物を運び入れるなり、御者も護衛も侍女も、何かに怯えるように慌てて出て行ったのだった。


 この状況で、クライヴをこれ以上怒らせて出て行けと言われたら、ユージェニーは確実に広大な森の中で野垂れ死ぬ。



「はぁ…………。どうしたらいいのか…………」 


 溜め息をついて、ぐるりと部屋を見回す。


 クライヴの屋敷は大急ぎで建てられたため、それほど大きくないし、凝ったつくりでもない。

 それでもこの部屋は、離宮でユージェニーに与えられていた部屋よりもよっぽど広い。何より、掃除が行き届いていて清潔だ。

 シンプルながら可愛らしさもある家具や、綺麗な色のカーテン。生花まで飾られている。

 ユージェニーのために、心を込めて準備してくれたのだと伝わってくる。

 それなのに、そんな気持ちを裏切ってしまった自分の至らなさに嫌気がさした。



 憂鬱な気分を振り払うように、床に置いた大きな鞄を引き寄せる。自分の手でここまで運んできたそれは、ユージェニーが離宮から持ち出した唯一の私物。

 その中から、大きな人形を取り出した。


 ボロボロの服を着た、小さな子どもほどの大きさのある人形だ。

 薄汚れたそれは、くすんだ灰色の髪に、紫色の瞳。もともとは美しいドレスを着ており、金色の髪だった。まるで、幼い頃のユージェニーのように。



 

「誕生日プレゼントを恵んでやるわ」


 離宮で暮らすようになってはじめての、六歳の誕生日に姉が抱えて来たのが、この人形だった。


「おまえそっくりにつくらせたの。よく出来ているでしょう?」


 人形を差し出す笑顔の姉に、涙が溢れた。

 他にユージェニーの誕生日を祝ってくれる人なんて、誰もいなかったのだ。

 つい昨年までは皆に囲まれて豪勢なパーティーをしていたはずなのに、はじめての一人ぼっちの誕生日だった。

 そんな時にたった一人、姉が祝いを持って来てくれて、心から嬉しかった。


 ユージェニーが手を伸ばすと、その手から逃れるように、姉はさっと後ろへ人形を隠した。


「待ちなさいよ。すぐには渡さないわ。ついていらっしゃい」

 

 言われた通り、姉の後ろをついていく。

 離宮から外へ出て、しばらく行くと馬舎があった。更にその奥へと進んでいく。とても王族が立ち入るような場所ではない。


 そこにあったのは、堆肥舎だ。

 馬糞を溜めてあるので、かなりの臭いがする。


 嫌そうな顔をしながらも、姉は堆肥舎の中へ入ると、人形を馬糞の山へと思い切り放り投げた。

 ぐしゃり、と山の中へ人形が半分沈む。



「あはははは! おまえが糞まみれになってるみたいだわ!」


 姉にとっては、ちょっとした遊びのつもりだったのだろう。呆然とするユージェニーの顔を眺め、ひとしきり笑い飛ばすと、もうこんな場所にいるのは耐えられないと言って、堆肥舎から飛び出して行った。



 ユージェニーへの嫌がらせ。

 それだけのために用意したものだとわかっていても、人形を諦められなかった。


 五歳まで、沢山の贈り物をもらった。でもそれらは、離宮に運ばれなかった。ユージェニーの手元には、誰かからのプレゼントなんてひとつもない。

 まして、誕生日プレゼントなんて。

 生まれてきたことを肯定してくれるものなんて、誰も何も、ユージェニーには与えてくれない。

 


 姉が去った後、一切躊躇せずに馬糞の山に足を踏み入れた。ずぶずぶと足が沈んでも、人形を抱えあげて全身が汚れても、強烈な臭いに吐き気がしても、ぐっと耐えて離宮へ人形を持ち帰った。


 ユージェニーと人形は、どれだけ丁寧に洗ったつもりでも、なかなか臭いが落ちなかった。服の汚れは、もっと落ちなかった。

 そのため侍女に物凄く嫌な顔をされ、二日ほど食事が届かなかった。あの時はさすがに自分の行いを後悔した。


 

 繰り返し洗ったからか、汚れが落ち切らなかったからなのか、人形の服も髪も変色してボロボロになったけれど、ずっと部屋にこっそり隠していたのだ。


 こんなものをクライヴの屋敷に持ち込むことに対して、もちろん迷いはあった。が、輿入れのための荷物をまとめろと言われて持ち出すものなど、他に何もなかったのだ。


 

 この人形を見ていると、鏡を見ているような気持ちになる。

 己を見つめ直すように、ユージェニーはじっと人形と向き合った。


 これから、どうすべきか……。

 父の言った籠絡、とは。母の言った体で満足させる、とは。

 

 やっぱりユージェニーにはわからない。



  

「奥様。少し早いですが、夕食の準備が整いました」


 ドアの向こうから、ブルーノの声がした。

 

 もう失敗はできない。

 人形を置き、ユージェニーは返事をして立ち上がった。

 

 

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