招かれざる客
その日、朝からブルーノはご機嫌だった。
「今夜流星群が見られるよ!」
首を傾げながら草をむしるユーナに、ブルーノが笑いかける。
「星がたくさん降るんだよ。見たことないかな? 星に願いをかけると叶うと言われているし、今日は王都も盛り上がっているんじゃないかなぁ」
「ずいぶん呑気ですね」
珍しく自ら部屋から出て来たクライヴが、裏庭で朝の仕事に精を出すユーナたちのもとへ顔を出した。
「もしかしてクライヴ様は、流星群はお嫌いですか?」
「不吉です。普段と違うことが起こる夜は、魔獣が騒ぎます。王都でのほほんと暮らしている人たちにはわからないでしょうが、魔獣に襲われる危険のある場所にいるならば、喜ばしい現象ではないですね」
「この森に魔獣は出ないんだから、そんな心配はいりませんよ」
「辺境の村なんかの住民も、流星群は不吉の象徴だと言ってましたよ。星が降ると、災いが訪れると」
「もう! クライヴ様はすぐそうやって悲観的なことを! 流星群はとても美しくて幻想的ですよ。森の中は娯楽が少ないんですから、ユーナが楽しめるような話をしてください」
「…………はぁ。そうですか。生憎楽しい話は知りません」
困ったように返事をして、クライヴは黙ってしまった。
ユーナはそんなクライヴの右手を握る。
ブルーノはああ言ったけれど、クライヴの話は十分面白かった。住む場所によって同じものが全く正反対に考えられているなんて、思いもしなかったからだ。
ユーナが話せれば、もっとクライヴの話を聞きたいと伝えられた。クライヴの目が見えたならば、身振り手振りや表情で、気持ちを伝えようとした。
でも、それが叶わない。
クライヴは表情を変えないままに、ユーナの手を少しだけ握り返した。
ユーナとクライヴの間には、意思の疎通を阻む障害がいくつも立ちはだかる。
それでもユーナの楽しい気持ちはちゃんとわかってもらえた気がして、ユーナもクライヴと繋いだ手に力を込めた。
その時静かな裏庭まで、ノッカーの音が鳴り響いた。
玄関まで様子を見に行ったブルーノとマリアが、すぐに困惑した顔で戻ってくる。
「お客様です。王家の使いだとかで、クライヴ様に確認したいことがあると仰っています」
それを聞いて、クライヴが大袈裟にはぁ、と溜め息をついた。
「だから言ったでしょう。星が降る日は、ろくなことが起こりません」
◇◇◇
玄関先には、二人の男性が訪れていた。彼らが王家の使者なのだろう。
ユーナは屋敷の中から、こっそりとクライヴたちの様子をうかがう。ユーナの姿が見られては面倒なことになりそうだからと、隠れているように言われたのだ。
「マクミラン伯。ユージェニー王女殿下との婚姻が、未だ成立しておりません。何か問題が起こっているのでしたら、報告をいただきたく存じます。そうでないのであれば、速やかに証明書に署名願います」
「あぁ……そうでしたね。証明書に署名したら、すぐわかるようになっているんでしたっけ。面倒だな……」
「もしや王女殿下がお気に召しませんでしたか?」
「そんな大それたことは言いませんよ。王命なら、俺は従うだけです」
「ではまさか……王女殿下が結婚を拒否したということでしょうか。王女殿下に会わせていただけますか?」
「違うんです! ユージェニー王女は、その……伏せっているんです!」
ブルーノが慌てて口を挟んだ。
「ユージェニー王女は、えっと……呪いのせいで、手を動かせなくなってしまったんです。それでサインが出来ず、最近は体がままならないことから気分が優れないと、部屋にこもりがちなんです!」
「呪いですか……」
ブルーノの出まかせに、使者たちが深刻な顔で頷きあっている。
うまく誤魔化せて、ブルーノはほっとしたように息をついた。
「そういうことです。あなたたちも呪いが恐ろしければ、すぐにここから立ち去った方がいいですよ」
クライヴも使者を早く追い払ってしまいたいらしく、ブルーノに話を合わせる。
しかし使者たちは、クライヴに対してどこか懐疑的な目を向けていた。
「マクミラン伯……。その、呪いをなんとかしていただけませんか」
「できたらしてますよ。俺だって呪いには苦しめられているんです」
「しかし最近、この森で異常が確認されています。これまでいないとされていた魔獣の目撃情報が相次いでいますが、何かご存知では?」
「…………魔獣? まさか」
「何百年も出なかった魔獣が、急に現れたのです。マクミラン伯が関わっているとしか……」
「待ってください!」
ブルーノの珍しく鋭い声が、使者の言葉を遮った。
「クライヴ様が魔獣を呼び寄せたと言いたいんですか? クライヴ様はご自身の自由と全ての魔力を犠牲にして、この国を守っていらっしゃいます。あまりにも失礼ですよ!」
怒りを滲ませるブルーノに、使者たちが黙り込む。気まずげに視線を彷徨わせた後、静かに頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
「はぁ……。まぁ、いいです。俺は気にしてませんよ」
「クライヴ様はもうちょっと怒った方がいいですよ!」
「口先だけの謝罪をさせても意味はないです。この人たちはこの場で謝っても、王宮に戻ればどんな報告をするかなんてわからないでしょう。とりあえず、王女様と俺はなんとかうまくやってると伝えておいてくれればいいです」
クライヴはあくまでも淡々としていたけれど、だからこそ壁を感じさせる物言いだった。
使者たちはそれ以上ユージェニーについて追究することなく、帰って行った。
「……はぁ……。疲れました」
クライヴが大きな溜め息をついた。
「やっぱり良くないことが起こりました。しかもこの森に魔獣が出るなんて知らせ、最悪です。もう今日は、一日部屋で休むことにします」
玄関ドアの裏に隠れていたユーナの横を、いつにも増して憂鬱そうなクライヴが通り過ぎていった。
(せっかく朝から外に出て、みんなでお喋りをして、気持ち良く一日を始められそうだったのに……)
ブルーノとマリアの表情も暗い。
少し前までの流星群を待ち望む和やかな雰囲気は、すっかり消え失せていた。