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お茶会2


 次の日も、その次の日も、ユーナはクライヴを外に連れ出した。

 ブルーノお手製のおやつを抱え、今日もせっせとクライヴの口へと運ぶ。スコーンと、添えられたジャムや蜂蜜。


 

 ユーナたちの様子を、マリアとブルーノは微笑ましげな視線で見守っている。

 二人がいくら誘っても、クライヴはなかなか部屋から出なかったそうだ。こうしてクライヴが外へ出ることに、二人も喜んでいるようだった。


 

 心なしか、クライヴの顔色は、ほんの少しだけ良くなったような気がする。


 本当は森の中を散策したりして、もっと体を動かしてもらいたいところだが、残念ながら檻の維持のために魔力を使うクライヴは、屋敷から離れられない。


 

 相変わらずしかめっ面で、されるがままになっているクライヴ。


「なぜ俺に構うんですか? 別に面白い話もできませんけど」

 

 不満げにそう言いながらも、決してユーナを拒絶したりはしない。 

 ユージェニーとして対峙していた時は、全く受け入れる姿勢を見せなかったのに。


 不思議に思っていると、クライヴは意外にも胸のうちをはっきりと口にした。

 

 

「まぁ、子どもは好きです。素直なので。ユーナくらいの年頃の子だと、擦れてなくて純粋で可愛いと思います。腹のうちを探ったり、裏切られるかもと疑心暗鬼になる必要もなくて、楽です」 


 

 クライヴの本音を垣間見るたびに、なんだか胸がもやもやするのはなぜだろう。


 そんな考えに気をとられていたせいだろう。

 クライヴの閉じられた口に、うっかりスコーンを突っ込もうとして、口の周りにべちゃりと蜂蜜をつけてしまった。

 べたべたになった口まわりを、慌てて指で拭いとると、手を掴まれた。



「ユーナ。こういう時は、ナフキンで」


(…………何だっけそれ? あ。あまーい)


 首を傾げながら、指についた蜂蜜をぺろりと舐める。


「もしかして指舐めました今!? ブルーノ! その辺にいるんでしょう。ユーナの行いを見てました?」


 すごい剣幕で声を上げるクライヴに、ユーナはびっくりして固まった。

 ブルーノは苦笑いで器用に車椅子を操作し、近づいてくる。


「ユーナは子どもですよ。指くらい舐めたからって何だっていうんですか」


「王家の血を引く子どもでしょう。有り得ません。読み書きができないことと言い、全く躾けられていないということです。ブルーノ、あなたは伯爵家の生まれでしょう。子どもとはいえ、こんなことは許されなかったのでは?」


「…………まぁ、そうですね」


「貴族家の三男でそうなんですから、やはり異常です。きちんと養育されていなかったことは明白です。秘密裏に産み育てていたとしても、最低限のマナーくらい躾られるでしょう。子どもを捨てて逃げたばかりか、ろくに教育もしないぞんざいな扱い。…………いっそ、清々しいほどの悪女ぶりですね、あの王女様は」


「実は…………クライヴ様にはお伝えしていませんでしたが、ユーナの装いも、酷いものでした。本当に粗末な服で……。髪も、手入れされたことがなさそうで」


 クライヴ、ブルーノ、マリアの憐れみの視線がユーナに突き刺さる。


(なんだか私がどんどん悪者になってるな……。実は私がユージェニーです、なんて、今更声が出たとしても言えないかも) 



 声が出せないままに困り果てるユーナに、クライヴは真っ直ぐに向き直った。視線は合っていないけれど。

  

 

「たとえこの先、身元を明かさず生きていくにしても、知識と教養はユーナの身を守ります。俺は孤児ですが、魔力が多いので食べていくには困りませんでした。ただしその分、貴族と関わることも多かったですね。どんなに仕事で成果をあげようと、振る舞いや言葉遣いひとつで、所詮平民だと侮られます。舐められたり、馬鹿にされたりは日常茶飯事でした」


(……馬鹿にされてた? クライヴが?)


 天才魔法使いとして名を馳せ、順調に地位と名誉を確立してきたものだとばかり思っていた。

 離宮に閉じこもっていたユーナには考えの及ばない大変な苦労が、クライヴにも確かにあったのだ。

 

 そんな過去の告白に、一層身が引き締まる思いがした。


 

「だから、学びました。こういう話し方も、立ち振る舞いも、なかなか身につかずにあの頃は必死でしたよ。ユーナ、あなたに学ぶ意思はありますか?」


 

 学びの機会が与えられる。それはなんて有り難い申し出だろうか。文字の読み書きばかりでなく、本来受けるはずであった身分相応の教育まで受けられるなんて。

 心の底ではずっと学びたいという思いがあったのだと、ユーナはクライヴの言葉ではじめて気がついた。


 嬉しくて気持ちがはやり、こんな機会を逃がすものかと、急いでクライヴの右手を両手で握りしめた。

 


「ではブルーノ、ユーナに貴族として必要な知識とマナーを教えてあげてください。それから、ユーナ。魔法はどの程度使えますか?」



 クライヴが、魔法について言及した瞬間。

 期待に膨らんでいた気持ちが、一気に萎んだ。


「ある程度の生活魔法が使えないと、最悪、『能なし』扱いです。それだけは、避けた方がいいですから」



 ────『能なし』


 クライヴの口から出た聞き慣れた言葉が、耳の奥にずんと響く。

 

  

 クライヴもマリアもブルーノも、皆とても親切で優しくて。

 だからすっかり忘れていた。自分が価値のない、『能なし』だということなど。


 思い出してしまったら、さっと血の気が引く思いがした。



『能なし』は、蔑まれる対象。

 血の繋がった家族だって、たくさんの臣下だって、ユージェニーが『能なし』だとわかった途端に変わってしまった。

 

 どんなに優しかった人も、そうだった。『能なし』なんて知られれば、疎まれるに決まっている。

 マリアやブルーノや、クライヴだって、きっと同じ。


 そう思ったら、胸がぎゅうっと痛くなった。

 自分でも受け入れてもらえる、なんて希望を持たなければ、こんな気持ちにはならなかったのに。


 せっかく手に入れた幸せな生活を、また十年前のように突如失うことになってしまうのだという予感に、目の奥から何かがせり上ってくる。


 

 期待したから。

 不相応なものを高望みしたから。

 もとから自分が手にできるはずもないものだったのに。

 だったら幸せなんて、そんなの知らない方が良かった。


  

『能なし』であることを隠して、騙した。

 そんなユーナが悪いのは当たり前で、傷付きたくないなんて勝手だとわかっている。

 


 クライヴとブルーノとマリア。

 三人から向けられるであろう、侮蔑の視線が怖い。今まで、誰からそんな目で見られても平気だったはずなのに。

 


 ユーナは俯いて、そのまま顔を上げられなかった。


 

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