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交差する過去

 迷宮探索任務――それは単なる調査ではなく、隣国との信頼関係を築くための重要な外交手段だった。


 今回の任務先は、エルファルトとの国境付近に存在する古代遺跡。その内部を共同で調査することで、平和的な関係の実績を構築するのが目的だ。


「……まさか、またセリスティア様と同行になるとは思ってなかったけどなぁ」


 馬車の中、俺は緊張混じりにそう呟く。


「何よ。不満?」


 向かいに座るセリは、窓の外を見ながらぶっきらぼうに返した。


「いや、そうじゃなくて……その、光栄というか、また機会をもらえたことが嬉しいっていうか」


「ふうん。正直でよろしい」


 彼女の口元が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。


 だけど、それは一瞬のことで――すぐに彼女の瞳は、遠くの景色を見つめるようなものに変わる。


「……この遺跡、昔、政略結婚の話が出た時にも話題になったの。エルファルトの第一王子との婚約の証として共同調査が提案されたのよ」


「政略結婚……?」


 その言葉に、俺の心臓が静かに跳ねる。


 セリは、淡々と続ける。まるで、もう済んだことかのように。


「当時、私は十四歳。まだ外交の表舞台にも出ていなかったけれど、王女として駒にはされていた。相手は十歳年上……一度も会ったことすらない人よ」


「それって、あんまりじゃ……」


「そうね。でも、私には選ぶ自由なんてなかった。……だから、私はそれを壊したの。条件の不備を指摘して、文書を一字一句添削して、破談に持ち込んだ」


「自分の力で?」


「ええ。父上は激怒して、しばらく口をきいてくれなかった。でも、その時気づいたの。私はもう、誰かに選ばれる存在ではいたくないって」


 静かに、そして確かに告げられたその言葉は、俺の胸の奥に重く響いた。


 セリスティア・レイ・アールヴァン――

 完璧で、理知的で、誰にも頼らず立つ彼女は、ずっと一人で戦ってきたんだ。


「……じゃあ、今のセリがいるのは、その時の決意があったからなんだね」


「そう。だから私は、感情に流されるのが嫌いなの。何かを好きになると、判断が鈍る。道を誤る。外交にとって最悪の要因だわ」


「でも、それって――本当は、ずっと怖かったんじゃないの?」


「っ……」


 セリが一瞬だけ目を見開く。


「怖かったんじゃないかな。信じた誰かに裏切られることとか、選んだ道が間違ってたって思わされることが」


 彼女は、黙って俺を見つめた。


 その目は、怒りでも冷笑でもない。ただ、驚きと……少しだけ、痛みをたたえていた。


「……あなた、本当に妙な人ね」


「よく言われる」


「少し黙ってなさい……次に何か言ったら、またぐらいに蹴り入れるわよ」


「はいはい」


 冗談混じりのやり取りに戻ったけれど、そこには少しだけ――あたたかい空気があった。


 馬車は、遺跡へと静かに向かっていた。


 過去と未来を乗せながら。


 


 迷宮――それは古代文明の残した巨大な遺跡であり、今もなお解明されていない罠と仕掛けが多く残されている。


「まさか、二人きりになるなんてな……」


 アオイは、壁のスリットから差し込む淡い光に目を細めながら呟いた。


 予定されていた調査隊のルートが、一部の崩落で分断され、セリと二人、後れを取る形で迷宮内部に取り残されたのだ。


「少なくとも、罠にはかかっていないわ。ただの崩落――だと思いたいけれど」


 セリは冷静に地図を広げながら答える。その横顔には焦りの色はない。だが、わずかに強張った指先だけが、彼女の本音を物語っていた。


「大丈夫。俺がついてるよ」


「……あなたが言うと、なぜか安心できてしまうのが癪ね」


 それは、敵意ではなく。皮肉でもなく。


 ただの照れに近いものだった。


 二人は静かに歩き出す。古代の石造りの通路を、足音だけが響いていた。


 やがて、広間に出たところで――突如、天井から音が落ちる。


「っ、動かないで!」


 セリが即座に手を差し出す。その指先から、淡い青光が生まれる。


 《シールド・アウリス》――防御魔法。


 頭上から落ちてきた破片が、魔法の膜に弾かれて散った。


「すごい……セリって、魔法もできるんだな」


「当然よ。王女としての教養だから。……でも、反応が少し遅れた。あなたが一緒じゃなかったら、危なかったかも」


 セリはポツリと呟く。


「……こういうの慣れてないの」


「罠に?」


「違うわ。誰かと支え合って進むことに」


 その声は、普段の彼女からは想像もできないほど、弱々しくて――


 アオイは、彼女の手をそっと取った。


「……セリ。オレは、君の過去を全部知ってるわけじゃない。でも、君が一人でここまで頑張ってきたこと、言葉じゃなくて、ちゃんと伝わってる」


「…………」


「誰かに裏切られるのが怖いなら、それでいい。信じるのが下手でも、いい。でもさ――オレは、君の味方になりたい。外交でも、任務でもなく、オレ自身の意思で」


 セリは、目を伏せたまま答えない。


 けれどその手は、もう離されなかった。


 ――そのとき。


 通路の奥、微かな光が見えた。


「……外に通じる出口かも」


「行こう。二人で」


 迷宮の闇を抜けていく二人。


 その背中と背中の間に流れるものは、まだ恋と呼ぶには未熟かもしれない。


 でも確かにそこには、一緒に進むための一歩があった。


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