迷宮任務と予想外の急接近
王城の作戦室――そこに並ぶのは、各国の使節たちと王国の幹部たち。
壁に広げられたのは、古代遺跡アルセリア迷宮の地図。
「今回の調査任務には、王国・ファルネア・ラスタニアの三国が共同で当たる。目的は、古代の外交文書の回収と分析だ」
説明するのは、魔導官僚・ナヴィス。
「文書って、そんなに重要なんですか?」
「重要というより、象徴だ。数百年前、争いを回避するために交わされた最古の多国間協定。それが発掘されれば、今の国際情勢にも大きな影響を与えるだろう」
(なるほど……過去の言葉が、今の外交を左右するってわけか)
興味が湧いてくる。自分が言葉の力で何かを変えられるなら、きっと価値がある。
「アオイくん」
隣から小声が聞こえた。振り向くと、そこには――
「リリカ・ミュレリアですっ。ファルネアの見習い使節、よろしくね?」
おっとりした笑顔の中に、どこか人懐っこい光が宿る少女。
ふわふわの金髪に柔らかい雰囲気……だけど、どこか何かを企んでる気もする。
「君も参加するの?」
「うん♪ アオイくんが面白そうだから、わざわざ志願しちゃった」
「理由、軽っ……」
「だって、セリさんと一緒に任務なんでしょ? 恋のライバルチェック、大事じゃない?」
「いやいや、外交任務ですけど!?」
そこへ、静かに声が差し込む。
「アオイ。あなたは私の班に入ってもらうわ」
現れたのはセリスティア・レイ・アールヴァン。
任務中とはいえ、やはりその立ち姿には威厳と気品が宿る。
だが――
(……なんか目が合うたびに、視線がピリピリしてる気が……)
例の仮面舞踏会以来、彼女の態度が少し変わった。
前より少し距離が近くなった気もするし、逆に意識されてる感じもする。
(つまり、俺の正体……仮面の紳士ってバレてないんだよな)
でも、その得体の知れなさが、かえって彼女の中で引っかかってるのかもしれない。
「……ついてきて。迷宮は複雑よ、足手まといにならないで」
「任せて。足腰には自信あるから!」
「言葉の意味を理解してから答えて。あとで走らせるわよ」
「ひどい!」
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迷宮の入口は、苔むした石の門だった。
魔力の封印を解くと、内部はひんやりとした空気と魔導灯の淡い光に包まれる。
「前方に魔力反応。二手に分かれて確認を」
リーダー格の騎士が指示を出す中――
「セリ殿、アオイ殿はこちらを。私は他班と行動します」
そう言ったのは、フラン。
そのまま他の隊と離れていき、気づけば、迷宮の一本道に残されたのは俺とセリだけ。
「……えっ、二人きり?」
「フランの計らいかしらね。まったく、余計なお世話を……」
小さく呟いたセリの声には、わずかな戸惑いが混ざっていた。
「大丈夫? さっき足手まといって言ってたけど」
「……調子に乗らないで。先導は私がするわ」
「ラジャー。姫様の背中、信じてついていきます!」
「……本当に、無駄に素直よね」
その一言には、ほんのわずかな、笑みが混ざっていた――気がした。
迷宮の奥は、思った以上に入り組んでいた。
分岐だらけの通路、崩れた壁、時おり漂う魔力の痕跡――まるで迷わせるために造られたかのようだ。
「……あれ、地図って持ってなかったっけ?」
「持ってるわ。けれど、この先は記録にない領域。数百年前に封鎖された可能性があるわね」
「つまり、未知のエリア……」
まるでイベントフラグみたいな台詞を言いながら、俺はセリの隣を歩く。
不思議なことに、静かな空間の中、彼女の気配だけがやけに近く感じた。
「アオイ。少し休憩しましょう。あの岩陰で」
セリが小さな空間を指さす。崩れた柱の陰に腰を下ろすと、彼女も静かに座った。
「……ふぅ」
小さな吐息が漏れる。
普段の彼女からは想像もつかないほど、無防備な瞬間だった。
「疲れました?」
「そうね。少しだけ……あなたは?」
「俺は全然。むしろ、こんなふうに二人でいられるの、ちょっと新鮮です」
「っ……」
セリが少しだけ顔を背ける。
「……あなた、そういうことを平気で言うのね」
「うん。でも、嫌じゃないなら続けますよ?」
「図々しいわね、本当に……」
それでも、彼女の頬がかすかに紅く染まっているのを俺は見逃さなかった。
沈黙が訪れる。
でも、それは気まずさではなく、不思議な安らぎを含んでいた。
「ねえ、アオイ」
「ん?」
「……仮に、誰かに最初から役割を演じろって言われて、それを信じ込んで生きてきたとしたら。あなたなら、どうする?」
問いは、唐突だった。けれど――どこか、とても彼女らしい。
「俺なら……それでも、演じたくない自分を選びます」
「……どうして?」
「演じてたら、きっとあなたとはこうして話せなかったから」
セリの瞳がわずかに揺れた。
その瞳は、王国第一王女ではなく――ひとりの少女のものだった。
「……あなた、本当に……」
その言葉の続きを聞くことはできなかった。
――ドォン!
突然、迷宮の奥で轟音が響いた。
「何っ!?」
「落石!? いや、魔力反応もある……!」
振り返った時、通ってきた通路が崩れていた。
舞い上がる砂煙の中、通信水晶も作動しない。
「閉じ込められた……ってこと?」
「ええ、完全に孤立したわね」
けれどセリは、冷静だった。
「アオイ、あなたに頼るわ。あなたの言葉の力が必要よ」
「言葉で迷宮を突破できるなら、任せてください……俺、ちょっとだけ得意なんで」
「ふふ。少しだけね」
今度こそ、はっきりとセリが笑った。
その笑顔は――仮面をつけていない、本物の彼女だった。