二度目の勝負、今度は対等に
王城の一角にある謁見室。
その空間には、二人の青年が対峙していた。片や、異世界から召喚された外交見習い。片や、王国を支える天才策略家。
アオイとレオニス──ふたたび、正面から向き合う時が来た。
「また君か……正直、僕は君のしつこさには感心しているよ」
レオニスは皮肉めいた笑みを浮かべる。
「感情で動く者は外交に向かない。ましてや、恋に溺れる者は──」
「その恋が、どんな戦略よりも強いって知ってるか?」
アオイの声は落ち着いていた。以前のような激情ではない。けれど、はっきりとした意志がこもっていた。
「……ふむ?」
「俺はあんたに、前に負けたよ。『感情は道具にならない』って、思い知らされた。でも今は違う。あの時と同じじゃない。俺は、セリのことが好きだって……自分の気持ちに、正直になったから」
「それはつまり、戦略も捨てたということか?」
「違う。俺は真正面からぶつかるって言ってる。感情を軸に、あんたみたいな理詰めに挑むってことだ」
レオニスの眉がわずかに動く。
「……大胆だね」
「外交でも、恋でも、相手を見ずに勝手な構造だけ作るのは違うと思うんだ。セリの気持ちを、戦略の道具扱いするなら──それがどんなに正しくても、俺はあんたを許さない」
静寂が落ちた。
空気が、ひやりと冷たく張り詰める。
レオニスはしばらく沈黙し、そしてふっと笑った。
「君の言葉は、相変わらず感情過多だ。だが──今の君なら、多少の評価はしてもいい」
「褒められる筋合いはないけどな」
アオイは肩をすくめて、口元を引き締める。
そこに、以前のような気負いはなかった。戦うためではなく、守るために──その想いが、彼を支えている。
「次は負けない。今度は、対等な勝負だ」
その宣言に、レオニスはゆっくりと頷いた。
「……ならば、僕も駒としてでなく、君自身を見よう。王女を賭けた最終局面だ。君の答え、見せてもらおうか」
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夕暮れの城の庭園。
アオイとレオニスは向かい合っていた。王女セリスティアが近くで静かに見守る中、ふたりの間にはもう、言葉以上のものが流れていた。
「君が何を語ろうと、姫は──王女は、国の象徴だ。それがどうしても変わらない現実だ」
レオニスの瞳には、一分の曇りもなかった。
信念。理想。そして、執着すらない正義。
「だからって、彼女の心まで道具にしていい理由にはならない」
アオイは一歩、踏み込んだ。
「セリは人間だ。笑ったり、怒ったり、誰かを想ったりする、普通の女の子だ。その気持ちを無視して構造だけ作るなら、それはただの独りよがりだよ」
「……人の感情など、国を動かす論理の中では誤差にすぎない」
「じゃあ、なんでセリのことを憧れてたんだよ?」
レオニスの目がわずかに揺れた。
「……」
「そうだろ? あんたはセリに、希望とか、理想とか、そういうのを見てたはずだ。なのに、それを、自分の作る枠に押し込めようとしてる……それは、ただのエゴだよ」
静かに、それでいて確実にアオイは迫っていく。
「俺は、セリに笑っててほしい。困ってたら支えたいし、泣いてたら傍にいたい。それは外交でも戦略でもなく、俺の願いだ」
「……」
レオニスは、長く息を吐いた。
「そうか……君は、あの頃の僕より、ずっと青いな。だけど──」
彼の唇が、ほんのわずかにほころぶ。
「……だからこそ、姫が惹かれるのも分かるよ」
「……!」
「この勝負、君の情熱に軍配をあげよう」
それは、敗北宣言だった。
けれど、敗者の姿はどこか清々しかった。
「レオニス……」
セリがそっと声をかける。彼はその声に、微かに眉を寄せたが──微笑した。
「姫。あなたは、僕の理想だった。だから……幸せになってくれ」
それだけを告げると、レオニスは静かに踵を返した。
その背中は、どこまでもまっすぐで、潔かった。
残されたアオイとセリは、ふたりきりの庭園で顔を見合わせる。
「……終わったのね」
「うん。今度こそ、ちゃんと伝えられたよ。俺の気持ちも、あんたの気持ちも、全部」
セリの目が潤む。
その手が、そっとアオイの手を握った。
「ありがとう、アオイ……私、あなたに出会えて本当によかった」
その言葉が、何よりの勝利だった。




