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ひとりを見つめる覚悟

 朝の光が差し込む使節団宿舎の中庭で、アオイはひとり、風に吹かれていた。


 落ち葉がさらさらと舞う。その音を聞きながら、アオイは自分の胸の中の答えを、そっと確認していた。


(このまま、リリカを傷つけたくない……でも、俺の気持ちは、もう決まってる)


 そう、決まっているのだ。


 セリスティア。


 彼女を見ていた。ずっと。彼女の言葉に揺れて、笑顔に救われて、不器用な優しさに心を奪われた。


「だから、もう逃げない」


 小さく呟いたそのとき──


「アオイくーん、呼ばれて飛び出て参上ですっ♪」


 いつも通りの調子で、リリカが現れた。春の花のように可愛らしく笑う彼女の姿に、アオイは一瞬、言葉を失いそうになる。


 けれど──今日は逃げないと決めていた。


「リリカ。話がある」


「うん、なんとなくそんな顔してた。いいよ。ちゃんと聞く」


 ベンチに並んで座ると、リリカは自ら距離を詰めるようにして肩を預けてきた。


「ねぇ、アオイくんってさ。女の子から告白されるの、慣れてたりする?」


「いや、まったく」


「そっか。じゃあ、たぶん、あれが初めてだったんだよね?」


「……うん。たぶん、あれ告白だったんだよな」


 そう。あの日、リリカがアオイに言った「好き」は、きっと本物だった。


「ごめん。ちゃんと答えを返すまで、時間がかかった」


「ううん、いいの。分かってたから」


 リリカは微笑んだ。どこまでも澄んだ声で、優しく。


「セリさんのこと、好きなんでしょ?」


「……うん。正直、恋愛ってまだよく分からない。でも、誰か一人を真剣に見つめるって、そういうことだと思う」


「そっか……嬉しいな、ちゃんと伝えてくれて」


 リリカは立ち上がる。風が彼女の髪を揺らした。


「アオイくんのこと、たぶん今でも好き。でも、それ以上に──その真剣な顔が、ちょっと悔しいくらいカッコいいって思った」


「リリカ……」


「セリさんに勝つのって、難しいね。恋でも、外交でも」


「でも、リリカはすごいよ……俺、君にもたくさん助けられてきた」


 その言葉に、リリカはくすっと笑って、ふざけたようにウインクする。


「じゃあ次は、君を困らせる役じゃなくて──味方になるね?」


「……え?」


「うふふ、次の舞台で見せてあげるよ。リリカ・ミュレリアの本気の外交ってやつを♪」


 軽やかに笑って、リリカは歩き去った。


 その背中はどこまでも真っ直ぐで、どこか切なく、そしてどこか誇らしかった。


(ありがとう、リリカ)


 アオイは心の中でそう呟き、視線を空に向けた。


 そして──セリスティアに向き合う覚悟を、もう一度、胸に刻んだ。



====



 アオイは、地方視察任務の馬車の中にいた。


 窓の外には、どこまでも続く緑の丘陵と、のどかな村の風景。けれどその美しい景色以上に、彼の心を揺らす存在が、すぐ隣に座っている。


「……そんなに見られても、困るのだけれど」


 視線を感じたのか、セリスティアがちらりと横目で言った。


「ごめん。つい見とれてた」


「……見とれてって……ふ、不躾にもほどがあるわ」


 頬をわずかに紅潮させながらも、視線は前を向いたままのセリ。だがアオイには分かっていた。ほんの少しだけ、その肩が、前より近づいていることに。


 王都を離れて、正装からも解放され、ふたりはいつになく自然な空気に包まれていた。


 今回の視察は「農業支援と交易ルート確認」を目的とした任務。だが、もうひとつ──


(たぶん、あの人──ナヴィスさんの配慮だ)


 少し距離を置くことで、ふたりが、外交ではない関係を築けるように。そういう任務でもあると、アオイは感じていた。


「それで……アオイ。先日の件だけれど」


「うん?」


「リリカさんに……あなた、きちんと話したのね?」


 不意に話題を切り出されたアオイは、目を丸くした。セリの声はどこまでも冷静で、けれど少しだけ揺れていた。


「うん。ちゃんと断った。誰かを真剣に見つめたいからって」


「……そう」


 たった一言。けれど、それだけで空気が変わる。


 アオイは、馬車の窓に目を向けながら続けた。


「俺、恋愛ってよく分かってない。でも──あのとき、迷宮で一緒だったとき、君が俺を信じてくれたことが、本当に嬉しかったんだ」


「……私は、あれは単なる協力関係だと」


「そう言ってた。でも、違った。あれは信頼だったって、俺は思いたい」


 沈黙が流れる。セリは視線を落とし、静かに言った。


「信頼……ね。外交において、最も危うく、最も大切なもの」


「そうだね。けど、俺は外交官である前に、ひとりの人間だから」


 アオイは、真っ直ぐに彼女を見る。


「君を見てる。ちゃんと、見ていたいって思ってる。これからも、ずっと」


 セリは顔を伏せたまま、小さく笑った。


「……あなたって、本当に真っ直ぐ。理屈も駆け引きも超えてくる」


「迷惑?」


「いいえ……少し、羨ましいだけ」


 風がカーテンを揺らし、柔らかな光がふたりを包んだ。


 この日、王女と使節は、はじめて「仕事抜き」の目線で、隣に座っていた。


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