異世界召喚、ただし外交職
空が割れるような音がした。
次の瞬間、俺――アオイ・ミナセの視界は、教室の白い天井から、見知らぬ巨大な石造りの天井へと変わっていた。
「えっ、は? ここどこ? つか、何だこの服……?」
気がつけば、制服のブレザーは消え、ゆるやかな長衣に身を包まれていた。白と紺を基調にした、どこか儀礼的なローブ。手触りは滑らかで、高級感すらある。
「召喚は完了しました。おそらく、意識の混濁は数分で回復します」
硬い口調の誰かが言った。その声は、俺の背後から聞こえた。
「念のため、もう一度確認を。この者が適合者であると?」
今度は女の声。落ち着きと威厳のある調子。俺が振り向くと、そこには、数人の男女が円陣を組むように立っていた。
中央には、絹のドレスを身にまとった長い金髪の少女がいた……いや、少女っていうには、あまりにも気品がありすぎた。
(まるで……ファンタジーの王女様?)
「目を開けたわね。聞こえるかしら、異邦の者」
その少女が、まっすぐ俺を見ていた。透き通るようなブルーの瞳。その奥に、冷たい光が宿っている。
「……一応、聞こえてるけど」
俺は答えた。すると、周囲がざわめく。どうやら言葉が通じたことが意外だったらしい。
「やはり……異世界語の即時理解。記録通りですね」
口元に手を当てた、白衣の男が言った。……なんとなく、学者っぽい。
「君の名は?」
「ミナセ・アオイ。日本の高校生……で、そっちは?」
まさかの自己紹介に、一瞬その場の空気が凍る。少女――王女様らしき人が、微かに眉をひそめた。
「……セリスティア・レイ・アールヴァン。ルーヴェリア王国第一王女よ」
(マジで姫だった……!)
俺は思わず肩をすくめた。夢じゃない、これは異世界。しかも、俺は姫様の前で、超カジュアルな自己紹介をしてしまった。
「……ふん、軽薄ね。まるで自分が選ばれし英雄か何かだと思ってる顔」
ズバリ言われて、ちょっとだけ胸が痛い。でも、そんな彼女の言葉に、なぜか俺はムッとした。
「英雄とか、そんな器じゃないって自分が一番わかってるよ。でも……ここに連れてきたってことは、なんか理由あるんだろ?」
「察しはいいのね。あなたには、外交使節としての適性が確認された。よって、この国において、対外任務を担ってもらうわ」
「……はい?」
俺の目が点になる。
「ふつう、異世界召喚って、勇者とか魔王討伐じゃないの!? なんで外交!?」
「理由は単純よ。あなたの適性が、言語理解と交渉判断力に特化していたから」
「……ステータス、そう振られたってことか」
うなだれる俺に、セリスティアは追い打ちをかけるように言った。
「他国との摩擦が絶えないこの時代に、あなたのような人材が役立つことを願っているわ……もっとも、軽口しか叩けないなら、ただの飾りね」
ちょっと待て、今の完全に喧嘩売ってるよな?
だが、俺の脳内ではそれとは別の警報が鳴り響いていた。
――この姫様、めちゃくちゃ綺麗だ。声も、姿勢も、すべてが整ってる。けど、それ以上に。
(強い……この人、自分を武器にして生きてきたんだ)
冷静な言葉、油断のない視線、そして揺るがぬプライド。外交という戦場に立つ者の、それは本物の強さだった。
そして俺は、そんな彼女に、出会ってしまった。
(……バカかもしれないけど、それでも)
心の中で、何かが確かに芽生えた気がした。
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「……よし、覚悟決めるか」
着替えを終えた俺は、王国城内の応接室に通されていた。
使節見習いとしての初任務。内容は挨拶回り。いわば顔見せだ。
「ミナセ様、準備はよろしいでしょうか?」
扉をノックして入ってきたのは、無表情な青年――ナヴィス・グレン。俺の監督役だという。
「うん。ていうか、『様』はやめてほしいんだけど」
「慣れてください。外交では、呼称の管理が信頼の前提です――それと、くだけた言動も控えてください。あなたの印象は、即座に国家の印象へと変換されます」
「うわ……胃が痛くなりそう……」
「それが仕事です」
バッサリいかれた。
歩きながら、ナヴィスは無表情のまま俺に手短なレクチャーをしてくれた。今後の任務、言語適応の限界、身分の扱い、そして――
「特に第一王女殿下、セリスティア様のご意向には注意してください。彼女は王国の象徴にして、事実上の外交代表です」
「……俺、最初から地雷踏んでる気がするんだけど」
「正確には、地雷原をスキップして走ったようなものですね」
「容赦ないな!」
そんなやりとりをしているうちに、次の部屋に通される。
中には、すでに数人の来賓らしき人物と――セリスティアがいた。
「来たわね、異邦の使節」
「……またトゲのある言い方だな」
「事実よ。あなたは、呼ばれただけで、何もしていない」
冷たいけれど、理屈は通っている。ぐうの音も出ない。
とはいえ、ここで引いたら俺の立場が完全に終わる。
(やるしかねぇ!)
「ミナセ・アオイ、言語適応者として本日より任務に就きます。未熟者ですが、皆様のご指導のもと学ばせていただければと」
できる限り、丁寧な言葉と姿勢を意識して頭を下げた。
すると――
「……ほう」
一人の老人が口元をゆるめた。どうやら外交団の一人らしい。
「言葉遣いは素人ながら、誠実な挨拶だ。良い目をしている」
「ですが、言葉だけでは務まりませんよ。王女殿下のご負担にならぬよう」
別の人物は、やや警戒をにじませた。こういう場では当たり前なのかもしれない。
俺は、それでもひとつ返す。
「もちろんです。口だけの使節にならないよう、努力します」
その言葉に、セリスティアの目がわずかに動いた……驚いたような、呆れたような。
「……へぇ。口だけじゃなく、少しは考えて発言してるのね」
「俺なりに必死なんで」
「その必死が、いつまで続くかしら。せいぜい、期待しないで見ててあげる」
言葉は冷たいのに、なぜかほんの少し――ほんの少しだけ、距離が縮まった気がした。
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「で、初任務の手応えは?」
部屋に戻ると、フラン・ミストという若い女性騎士が声をかけてきた。セリの護衛だとか。
「緊張で胃が死んでます」
「ははっ、まぁ最初はそんなもんだ……姫様もああ見えて、わりと人をちゃんと見てるからな」
「え?」
「どうせまたトゲトゲしてたんだろ?でも、怒ってないなら大丈夫……姫様って、興味ない相手にはそもそも喋らないから」
それを聞いて、俺は少しだけ胸が軽くなる。
(俺のこと、ちょっとは見てくれてるのか?)
まだ始まったばかりの異世界での任務。
でも、彼女とこうして関わることができたのなら――
(……悪くないスタートかもしれない)
心の奥で、そんな希望が芽生えた。