7、たとえ壊れても
もともと認識魔法は建築や測量で使われる技で、それを魔法使いが無理やり魔法に落とし込んだ。だからやはり負荷は大きい。杖も使わない。それでも、なんとか神経を研ぎ澄ませる。
頭の中に数字を思い浮かべて、それを血流に乗って全身に届ける。そして足から地面へゆっくりと流す。トクトクと、地面に数字が広がっていく。レアルスが、魔物と戦っている。けど私は地面をどんどん侵食していく。
地面に広がって、壁にも流れ、私がここの一部になる。流れないところができて、端が分かる。少しずつ、数字の数を増やす。
もう流せるところがなくなったら、今度は私がそれを吸収していく。余すことなく、頭に入れていく。見落とさないように、忘れないように。
眼が痛む。実はこの魔法を私は使ったことがない。だから副反応的なものだろう。けど、情報は私に流れていく。
頭がぎゅっと締め付けられるような感覚がする。
「っ…はぁっ、はぁっ、はぁっ…!」
戻ってきた。帰ってきた。疲労感が襲いかかる。一気に魔力が削られたからだ。
「おい、大丈夫か?」
「…はい…。最短距離が、分かりました。」
この迷路は、単純な作りに見えて、実はとても長かった。トラップなどはない。ただ長い魔物だらけの道を進むだけなのだ。だが、ひとつだけ中央あたりに少し広い部屋がある。予想だが、たぶん中間地点。まずはそこを目指したい。
魔物の数は分からないが、構造は把握した。
「あとは、俺次第ってことか。魔力はどれだけ残ってる?」
「頭上の光魔法はゴールまで持つと思いますけど、それ以外はどうか…。」
そう言うと、レアルスは自分の肩にかけていたカバンを前にずらす。カバンには、ランタンがぶら下がっていた。それを外して、カバンからマッチ箱も取り出す。
「俺やラルクは魔法が使えねえ。だからいつもこうしてんだ。ラルクたちは…まあ、手練れっぽい旅人がいたから大丈夫だろ。それじゃ、魔法消してもいいぞ。」
そう言われて、魔法を消すと、たしかにランタンは輝いていた。魔法よりは弱いが、使えないほどではない。レアルスに持ってろと言われ受け取る。ゆらゆらと輝くロウソクの火が少し安心できた。
頭の中に地図を描きながら、ランタンと共に進んでいく。やはり魔物は多く、レアルスが倒してもすぐにまた別のに遭遇する。だが、着実にしっかりと、私たちは進んでいた。そして…。
「ここが…中間地点…!」
「やっと半分か。」
やはりここだけ、やけにしっかりした造りだ。それにしても、どれだけの時間が経ったのだろう。手元の時計を見ると、もう午後になっていた。ダンジョンは日光が届かないため分かりづらい。
「…ちょっと腹が減ったな。」
「なにか作りましょうか。」
レアルスに火を起こさせる間に、さっき倒した魔物へ。食材は基本的にモニカが持っているので、こいつらでなんとかしなければならない。
ふと見つけたのは、アイスウルフ。文字通り、氷攻撃ができる狼だ。あとは…壁から生えてきた人食い植物も使えそう…。
アイスウルフは食べられそうな部分だけ抜き出し、ひとくちの大きさに。人食い植物もレアルスに切り落としてもらい、正常そうな色の部分だけを切り落とす。モニカが料理道具を一任して持っているように、レアルスも一任されているらしく、道具などは貸してくれた。
簡単に炒めてタレをかけ、人食い植物の方はスープにもしてみる。
「…案外、美味いもんだな。ダンジョン内の魔物は久しぶりに食った。」
「モニカが『魔物は大体全部食べれる』と言っていましたから。」
「それは暴論だろ。」
「ですよね。私も信じられません。」
やっぱり、お腹が満たされると頭も冷静になっていく。なんとなく、半分までたどり着いたんだという達成感も湧いてくる。
食べ終わると、再び立ち上がり、あと半分を進む勇気が出てくる。
ここに辿り着くまでにいくつか階段を登ったことから、段々と私たちは上がっていっているのだろうか。まあ、最初にあれだけ降りたから当たり前か。
「俺、才能に頼るやつは嫌いなんだ。」
「え?」
「だから、最初はラルクもモニカも嫌いだった。けど、あいつらも苦労してるって気づくほど、嫌いじゃなくなっていくんだ。」
「苦労してたんですね…。気づかなかったです。」
「お前は鈍感すぎな。まあだから、お前が俺のことどう思ってるか知らねえけど、このダンジョンをクリアしたら別れるから。我慢しとけ。」
そう言ったレアルスはどこか悲しそうで、そのまま1人で階段を登っていってしまう。
淡々と仕事をこなすタイプだと思っていたが、案外人間臭いところもあるのかもしれない。
駆け上って、服の裾を引っ張る。鈍い緑色の瞳がこちらを向く。
「私、レアルスやラルクのことは好きじゃないです。モニカに変なことするし、見てるだけだし…。けど、本当は優しいから、嫌いでもないです!」
「…あっそ。行くぞ、エマ。暗くて見えづらいんだ。」
「はい!」
エマ 「名前で呼んでくれた…!『エマ』って言ってた…!名前で…!」
レアルス 「うるせぇ…。」