71、きっと
「…どこだろう。」
気づけば霧の中だ。まずい。今モニカたちとはぐれるのは良くない。だが、霧の中から聴き馴染みのある声が。
「あ、ラルクいた!」
「モニカ!大丈夫だった?」
「うん!もう本当に怖かったよ〜。」
…膝から下が、見えなかった。偽物なのだ。けど、それにしては良くできている。モニカをそっくり写したような見た目だ。
「あ、ちょっとラルク!置いていかないで!」
モニカが自然と僕の手を握る。僕にくっつく。僕を頼っている。そんなこと、絶対にないのに。手を振り払うと泣きそうな顔をした。
「なんでそんなことするの…?私のこと、嫌いなの…?」
「…偽物だから。」
「そう。そんなこと言うんだ…へぇ…。じゃあラルクなんて知らない。」
地面から手が伸びて、僕の足を掴む。周りから声が聞こえてくる。
「なんで助けてくれなかったの。」
母さんだ。母さんの声がする。
「親不孝者。」
父さんもだ。段々とその数は増えて、重くのしかかる。
「見捨てるなんて」「信じてたのに」「なんでお前が」「死にたくなかった」「よくも生きていられるな」「人の心がないのか」
「あなたに勇者は務まらない」
頭が痛い。苦しい。誰か助けてほしい。
「なんで生きてるんだろうね。忘れちゃったのかな。」
モニカが膝をつく僕を見下ろして微笑む。忘れるわけないのに。
僕の背中には、たくさんの幽霊がのしかかっていた。そんなこと言う人たちじゃないって分かっているのに、怖くてたまらない。
「大丈夫だよ。ラルクは頑張った。私と一緒にここにいれば守ってあげる。怖くないよ。」
急な猫撫で声と共に、モニカはしゃがんで僕の肩に手を置く。
ふと、地面に白いものが降り始める。雪だ。確かに言われてみれば息が白い。モニカはどこから取り出したのか分からない傘をさして、僕を半分入れる。
「私、持ってない人がいたら入れてあげるタイプなの。」
段々と、僕を囲む霧が濃くなる。声たちのボリュームが下がる。モニカが鮮明になっていく。
「実は私も、ラルクのことが大好きだったんだぁ。」
「そうなの?」
「うん。恥ずかしくて言えなかったけどね。」
モニカとの距離が近くなって、なんだか意識が朦朧としてきた。傘が重いかと思って持ってあげようと手を出す。グローブが目に入る。
そういえば、かなり手に馴染んで、革もやわらかくなってきた。
『モニカは、どれがいいと思う?』
いつだったか、そう聞いた時にモニカはかなり考えていた。それが何より嬉しかった思い出がある。
「…ごめん。行かないと。」
そうだ。僕はここに留まるわけにはいかないのだ。だが、幽霊たちが許さない。束になってのしかかる。
「ラルク、重いでしょう?私ならそれを」
「勇者は…」
「ん?」
「勇者は、いつでも前を向かなきゃならないんだってよ。」
剣をひと振りするだけで、幽霊は脆く崩れていく。
どれだけ過去が辛くても、今が怖くても、負けずに生きていく。それが、『勇者』なんだ。
みんなの分まで、僕が生きていくんだ。もっと経ってから、僕もそっちに行くよ。だから待ってて。いつかちゃんと、謝りに行くから。
「淡雪。」
なんの感触も、音もなく、モニカは崩れ去った。霧が晴れる。
さあ、モニカたちはどこにいるかな。雪はまだ止みそうにない。
「ラルクー!」
ふと、モニカの声が聞こえて向くと、雨具を着て走って来ていた。今度はちゃんと本物だ。寒くなったのかマフラーも巻いている。
「よかった、見つかって。レアルスたち向こうにいるよ!」
「うん。」
すると、モニカが僕をじっと見つめる。なんだろう。
流石に少し寒く、カバンからネッグウォーマーを取り出すと、反対にモニカは雨具をしまう。モニカの服に雪の跡がついていく。
「着なくていいの?濡れるよ?」
「私、持ってない人がいたら、一緒に濡れてあげるタイプなの。」
「…そっか。」
思わず笑ってしまった。やっぱりあっちは偽物だったな。
「モニカ、実は僕のこと大好きだったりしないの?」
「しないよ。」
「それは残念だね。」
モニカ 「嬉しそうだね。なにかあったの?」
ラルク 「なんでもないよ。」