20、星がこちらを見ている
「おかあさーん、お腹空いたー。」
「はいはい。ちょっと待ってね。」
僕の家は至って普通だった。キッチンではお母さんが夕飯を作り、僕は本を読んで、暖炉の近くでは猫のレークがあったまっている。お父さんは仕事だ。雪の日だというのに、村の人たちに新聞や手紙を配り歩いている。
「レーク、おいで。」
僕が持ち上げると、レークは灰色の足をピーンと伸ばす。寝っ転がる僕の傍らに置いてみると、僕の服の中に入ろうとする。ほんとうに寒がりだなぁ。
雪の日だけど、我が家はあたたかい空気で満たされていた。
だから、初めは何が起こったか分からなかったんだ。
「ん?あ、お父さんだー!」
「おかえりなさい。」
お父さんが、いつも通り配達用のカバンを下げて帰ってきた。だが、なんだか元気がなさそうだった。そして、レークが威嚇している。尻尾を奮い立たせて。
ガルルル…
ザシュッと音がして、真っ先に駆け寄ったレークが吹っ飛んだ。灰色に赤色が混ざる。
お父さんの手からは、あり得ないくらい鋭い爪が生えていた。
「お父さん…?」
「ラルク!」
お母さんが近くにあった花瓶を投げる。なんでそんなことするの?お父さんだよ。けど、僕の眼は涙を流していた。
お母さんに手を引かれるまま走り、窓から外へ。雪が裸足に冷たく降る。後ろを向くと、お父さんが追いかけてきていた。四足歩行で。
外に出ると、ここは地獄かと思ってしまった。お父さんのように、おかしくなってしまった人たちで溢れかえっている。僕らのように走っている人たちは見つからない。
雪の中、お母さんと走る。レークは大丈夫かな。お母さんも、僕も、息が切れてくる。もうすぐで村の出入り口だ。だが、すぐ後ろからは聞き馴染みのある声たちが唸っている。
「あぁっ!」
お母さんが転んだ。
「お母さん!」
「行きなさい!走って!」
「でも…お母さんが…!」
そう言った時のお母さんの顔が、未だに忘れられない。
今まで見てきた中で、1番優しく、そして柔らかな笑顔を浮かべていた。
「行きなさい、ラルク。」
もう、涙が止まらなかった。僕が走り出した直後、レークの時と同じような音が鳴ったのだから。
後に分かった。僕らの村はSラルクの魔物に襲われていたのだ。そいつはとても珍しく、滅多に現れない。そいつに直接噛み付かれた者は、そいつの毒に犯されておよそBランクの魔物と化す。元々人数は多くない村だ。全員倒れるのに時間はかからないのだろう。
たまたま近くを通った冒険者たちによってそいつは倒され、僕は別の村に保護された。
勇者になろうと思い立ったのは、そいつをこの手で倒したかったからかもしれない。
今でも、たまに思い出すと疲れる。この手に村人全員の想いが乗っていると思って怖くなる。なんで、僕だけ。もうお母さんたちの元へ連れて行ってくれと考えてしまう。
レアルスと出会ったとき、少しレークに似ていると思ってしまった。少し寒がりなところも。なんだかんだで、いつもそばにいてくれるところも。僕より少しだけ身長が低いところもね。
気づけばいつも、剣を首に当てながらレアルスを待っているんだ。不思議だよね。
モニカに一目惚れしたのは分からない。ただ純粋に好きになったのか、愛に飢えていたのか。けど、なんとなく、エマとモニカは新しい景色を見せてくれそうだと思ったんだ。
ハルジオンの花言葉は、『追想の愛』なんだってよ。
ラルク 「レークもレアルスも魚より肉派なんだよ。」