突然の異世界転移
「はあ、今日も残業か……」
深夜のオフィスで、俺――佐藤翔太はデスクに山積みになった書類を見つめていた。同期たちはとっくに帰宅し、静まり返ったフロアにはキーボードを叩く音だけが響いている。
毎日同じような業務、同じような日々。夢も希望もない生活に、俺はすっかり疲れ切っていた。
「もう限界だな……」
立ち上がって窓の外を見ると、都会の夜景が広がっている。煌めくネオンが美しいはずなのに、今の俺にはただの人工的な光にしか見えなかった。
「このまま一生を終えるのか……」
ため息をつき、デスクに戻ろうとしたその時――突然、足元がぐらついた。
「えっ、地震か?」
周囲を見回すが、揺れているのは自分だけのようだ。頭がクラクラし、視界が歪んでいく。
「な、なんだこれは……!」
身体が宙に浮く感覚。そして、意識が遠のいていく。
目を開けると、見知らぬ天井が目に入った。
「ここは……どこだ?」
起き上がって周囲を見渡す。木造の天井に、質素な家具が並ぶ部屋。まるで中世のヨーロッパのような雰囲気だ。
「夢……なのか?」
頬をつねってみるが、痛みが走る。夢ではない。
「どういうことだ?」
戸惑っていると、ドアがノックされた。
「お目覚めになりましたか?」
入ってきたのは、美しい金髪の女性。青い瞳が印象的で、まるで絵画から抜け出してきたようだ。
「あなたは……?」
「私はエリス。この国の王女です」
「王女……?」
状況が飲み込めないまま、彼女は話を続ける。
「あなたをこちらの世界に召喚しました」
「召喚……?」
まさか、異世界転移か? 漫画や小説でしか見たことのない展開に、頭が追いつかない。
「詳しいお話は玉座の間で。こちらへどうぞ」
エリス王女に導かれ、城の中を歩く。豪華な装飾が施された廊下や、巨大な絵画が並ぶ。
「本当に異世界なのか……」
半信半疑のまま、玉座の間に到着する。そこには威厳ある国王が座っていた。
「よく来た、異世界の勇者よ」
「勇者……?」
国王は深刻な表情で語り始めた。
「我が国は今、魔王の脅威に晒されている。そこで伝説の勇者を召喚する儀式を行ったのだ」
「いや、ちょっと待ってください。俺はただのサラリーマンで、勇者なんかじゃ……」
「いいえ、あなたこそが選ばれし者です」
エリス王女が微笑む。
「ですが、俺には戦う力なんて……」
「心配はいりません。こちらの世界では、特別なスキルを手に入れることができます」
「スキル……?」
その時、頭の中に不思議な声が響いた。
《スキル習得のための適性を確認します……》
「な、なんだ?」
目の前に透明なウィンドウが現れた。まるでゲームのステータス画面のようだ。
【名前:佐藤翔太】
【職業:勇者】
【スキルポイント:100】
「これって……」
「見えているようですね。スキルツリーから好きな能力を選んでください」
エリス王女が説明する。
「そんなことが……」
ウィンドウを操作すると、攻撃系や防御系、魔法系など様々なスキルが表示される。
「どれを選べばいいんだ?」
迷っていると、一つのスキルが目に留まった。
【全スキル取得】
「全スキル取得……?」
説明を読むと、「このスキルを取得すると、他のすべてのスキルを自動的に習得する」と書かれている。
「これってチートじゃないか?」
「どうしました?」
エリス王女が首をかしげる。
「いや、ちょっと気になるスキルがあって……でも、これを選んでいいのか?」
「選択はあなたの自由です」
迷った末に、俺は【全スキル取得】を選んだ。
《全スキルを取得しました》
突然、身体に力がみなぎる感覚。そして、頭の中に膨大な知識が流れ込んできた。
「これは……!」
「どうやら成功したようですね」
エリス王女が微笑む。
「これで魔王を倒せるんですか?」
「ええ、あなたならきっと」
国王も満足げに頷く。
「では、早速魔王討伐に向かってもらいたい」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ状況が飲み込めていないんですが!」
いきなり魔王討伐なんて無茶だ。
「準備の時間は与えます。その間にこの国のことや、世界の情勢を学んでください」
「ありがとうございます」
とにかく情報を集めないと。
それから数日、俺は城で訓練や勉強を続けた。
【剣術】【魔法】【錬金術】【治癒魔法】……すべてのスキルが使えるので、学ぶことは多い。
「翔太様、本日の訓練はいかがでしたか?」
エリス王女が食事の席で尋ねる。
「おかげさまで順調です。でも、本当に俺でいいんでしょうか?」
「もちろんです。あなたは私たちの希望ですから」
その瞳には揺るぎない信頼が宿っていた。
「頑張らないとな……」
自分がこの世界に呼ばれた意味。それを見つけるためにも、全力を尽くそうと決意した。
数日後、いよいよ魔王討伐の旅に出ることになった。
「翔太様、こちらが旅の仲間となる者たちです」
集まったのは、勇敢な戦士や熟練の魔法使い、美しいエルフの弓使いなど、多彩なメンバーだ。
「皆さん、よろしくお願いします」
「こちらこそ、勇者様!」
こうして、俺たちの旅が始まった。
道中、様々な試練が待ち受けていた。魔物との戦闘や、罠だらけのダンジョン。しかし、俺のスキルでそれらを乗り越えていく。
「さすが勇者様、強いですね!」
仲間たちの信頼も厚くなっていく。
だが、旅を続けるうちに一つの疑問が生まれた。
「本当に魔王は悪なのか?」
各地で聞く魔王の噂は、一方的なものばかり。直接会って話をしてみたいと思うようになった。
「皆、少し寄り道をしてもいいか?」
「ええ、構いませんよ」
向かった先は、魔王がかつて救ったという村。
そこで出会った人々は、魔王に感謝していた。
「魔王様は私たちを魔物から守ってくれたんです」
「でも、国では魔王は悪だと……」
「それは誤解です。魔王様は人間との共存を望んでいます」
真実を知り、俺は悩んだ。
「どうすればいいんだ……」
その夜、エリス王女からの通信が入った。
「翔太様、進捗はいかがですか?」
「王女様、実は……」
悩みを正直に伝える。
「そうですか……実は私も疑問を持っていました」
「え?」
「父は昔から魔王を憎んでいました。でも、それが本当に正しいのかと」
「では、俺たちで真実を確かめましょう」
「はい、ぜひ」
こうして、俺たちは魔王城へと向かった。
魔王城で待っていたのは、穏やかな表情の魔王だった。
「よく来たな、勇者よ」
「話をしに来ました。あなたの真意を教えてください」
魔王はすべてを語った。人間と魔族の共存を望んでいること、しかし人間側の偏見で戦いが避けられないこと。
「俺は、あなたを倒すためではなく、和平の道を探るために来ました」
「そうか……ならば協力しよう」
こうして、俺たちは新たな目標を持った。
人間と魔族の架け橋となり、真の平和を築くこと。
エリス王女や仲間たちとともに、俺の異世界での冒険はまだ始まったばかりだ。