過去からの影④
夜が深まり、森の奥へと進む三人の足元は重くなっていた。リラ、アルネ、そしてセレスは、闇の中に浮かぶ遺跡の前に辿り着いた。その遺跡は、古い石造りで半ば崩れかけているが、不気味な雰囲気を纏いながらもその存在感を放っている。
「ここが…封印の場所?」
リラは遺跡を見上げ、胸の中で恐怖と不安が膨らんでいくのを感じた。
セレスは遺跡の前で立ち止まり、神妙な面持ちで頷いた。
「そうだ。ここに封じられた呪いが徐々に漏れ出し、村に疫病をもたらしている。リラ、君の力でこの封印を再び強化しなければならない。」
リラは拳を握り締め、躊躇しながらも決意を固めた。彼女の心の中では、これまで抱えてきた自分の力への恐れと、それを乗り越えて人々を救いたいという思いが激しくせめぎ合っていた。
「でも…私が失敗したらどうなるの?もしこの力が暴走してしまったら…」
リラは震える声で問いかけた。彼女の手は小刻みに震え、心の奥底から湧き上がる不安が言葉となって漏れ出していた。
アルネはリラの傍に寄り添い、彼女の手を強く握った。
「リラ、君は何度も人を救ってきたじゃないか。村の人たちも、君のことを本当は信じているはずだよ。僕たちもここにいる。君は一人じゃない。」
その言葉に少しだけ勇気をもらい、リラは深呼吸をして自分を落ち着かせた。
セレスが慎重に封印の周囲を調べながら説明を続けた。
「リラ、君の力は村人が思っているような災いではない。それどころか、君の力は人々を癒し、希望をもたらすものなんだ。だが、君がその力を解放するには大きな代償が伴う。」
「代償…?」
リラはセレスの言葉に眉をひそめた。
「それって、どういう意味?」
セレスは一瞬沈黙し、真剣な表情でリラを見つめた。
「君の力は強大だ。それを解放すれば、この地に蔓延る呪いは消え去るだろう。しかし、その反動で君自身の体や心に大きな負荷がかかる。最悪の場合、君が全ての力を失ってしまう可能性もある。」
リラはその言葉を聞いて一瞬息を呑んだ。自分の力を完全に失うかもしれない。それはリラにとって、力を持つ者としての存在意義そのものを失うことを意味していた。
「力を失う…?」
リラはその言葉を反芻し、しばらく考え込んだ。彼女にとって、今までの人生はその力と共にあった。その力が無ければ、自分は一体どうなってしまうのか――。
しかし、彼女はふと、これまで助けてきた人々や、村で苦しんでいる人々の顔を思い浮かべた。そして、何よりもアルネの存在が彼女に勇気を与えた。彼はいつもそばで自分を支えてくれた。今、村を救うために自分ができることは、ただ一つしかなかった。
リラは深く息を吸い込み、決意を固めた表情でセレスに向き直った。
「いいわ。やるしかない。私の力で、この呪いを封じて、村を救う。たとえその代償が大きくても。」
セレスはその決意を感じ取り、静かに頷いた。
「君がその決意を持っているなら、僕たちも全力でサポートする。」
アルネもリラの肩を軽く叩き、笑顔を見せた。
「僕は君を信じているよ、リラ。どんな結果になっても、君は僕にとってかけがえのない存在だ。」
リラはアルネの言葉に微笑み返し、ついに力を解放する時が来たことを悟った。
リラはセレスの指示に従い、遺跡の中央に立った。その場に漂う邪悪な気配に対抗するかのように、リラの周囲から優しい光が漏れ出し始める。彼女は目を閉じ、深く集中して自分の内に秘めた力を引き出そうとした。
「今こそ、私の力を全て使う…!」
リラは心の中でそう叫び、手を天に掲げた。
その瞬間、彼女の体から強烈な光が放たれ、遺跡全体を包み込んだ。まるで天から降り注ぐ光の柱が地を照らすように、その光は森全体をも浄化し、遺跡に封じられていた呪いのエネルギーを抑え込んでいく。
リラの顔には決意と覚悟が刻まれ、彼女の力はどんどん膨れ上がっていった。しかし、その一方でリラの体力は急速に削られ、足元がふらつき始める。
「リラ、大丈夫か!」
アルネが心配して駆け寄ろうとするが、セレスが手で制した。
「彼女に触れてはいけない。今は集中させるんだ。」
光の中でリラは耐え続けた。彼女の全身から溢れ出す力は、ついに遺跡を完全に浄化し、呪いの封印を再び強固なものとした。やがて、光は徐々に薄れ、辺りは静寂に包まれた。
リラは力を使い果たし、倒れ込むようにその場に崩れ落ちた。
「リラ!」
アルネがすぐに彼女を抱き起こし、セレスも駆け寄った。
「彼女は…大丈夫だ。だが、しばらくは休ませる必要がある。」
セレスはそう言って、リラの額に手をかざし、軽く治癒の魔法を施した。
リラは目を開け、かすかな声で言った。
「村は…救われたの?」
セレスは優しく頷いた。
「君のおかげで、呪いは完全に封じられた。村はこれで救われるだろう。」
リラはほっとしたように微笑み、再び意識を失った。