薬草屋の始まり②
薬草屋を開いてから数日が経った。アルネは店を整え、毎日村の周囲で薬草を採取し、ポーションを作る作業を続けていた。静かで穏やかな日々だったが、まだお客がほとんど来ていないのが実情だった。村には病気や怪我をする人が少なく、急を要する薬が必要な場面はそう多くない。
「まあ、焦らずゆっくりやっていけばいいか…」
アルネは自分にそう言い聞かせながら、店の窓から外の景色を見ていた。村の広場では、相変わらず人々が日常生活を送っており、子供たちの笑い声が風に乗って届いてくる。穏やかな風景に癒される一方で、彼はふと、冒険者としての激しい日々を思い出すことがあった。
その時、店の扉が開く音がした。
「すみません、誰かいらっしゃいますか?」
若い女性の声が響く。アルネはすぐに立ち上がり、カウンターに向かった。扉の向こうには、茶色い髪を肩まで伸ばした、可愛らしい少女が立っていた。彼女は少し緊張した様子で、店内をキョロキョロと見回している。
「いらっしゃい。何かお探しですか?」
アルネが微笑みながら声をかけると、少女はホッとしたように表情を緩めた。
「あの…ここ、薬草店ですよね?お母さんが具合悪くて、薬を買いたいんです」
彼女は少し困った様子でそう告げた。アルネはすぐに状況を察し、彼女に詳しく聞くことにした。
「お母さんの具合が悪いんですね。どんな症状か教えてもらえますか?」
少女は頷きながら、話し始めた。
「はい。最近、よく頭痛がするみたいで…寝てもあまり良くならなくて。それに、体もだるそうで、食欲もあまりないんです」
アルネは少女の説明を聞きながら、頭の中で症状を整理していた。頭痛や倦怠感、食欲不振は、何らかの慢性的なストレスや疲労が原因である可能性が高い。また、季節の変わり目による体調不良も考えられる。
「それなら、この薬草を使ったお茶が効果的だと思います。リラックス効果があるし、体の調子を整えるのに役立つよ」
アルネは棚から薬草の束を取り出し、それを小さな袋に詰めた。彼は丁寧に説明しながら、使い方も教えた。
「この薬草を熱いお湯に浸してお茶を作ってください。1日に2〜3杯飲むといいでしょう。もしお母さんの具合が良くならなければ、また相談してくださいね」
少女は少し安心した表情で、薬草を手に取った。
「ありがとうございます!これでお母さんも元気になるといいなぁ…」
アルネは軽く頷き、彼女を見送った。初めてのお客が来たことに、彼は少しの達成感を覚えた。村人のために自分の知識を役立てることができたという実感が、彼の心を少し軽くしていた。
数日後、再びその少女が薬草店を訪れた。今回は笑顔を浮かべていた。
「お母さん、元気になりました!本当にありがとうございました!」
彼女の喜びの言葉に、アルネは自然と微笑んだ。自分が誰かの役に立ったという実感が、彼の胸を温かくした。
「それは良かった。何かあれば、いつでも来てくださいね」
彼がそう答えると、少女は元気よく頷いて、店を後にした。アルネは店のカウンターに座り、再び外を眺めた。店の存在が村の人々に少しずつ認知されていると感じ、彼は穏やかな満足感に浸った。
その後も、少しずつお客が訪れるようになった。ある日は、農作業で腰を痛めた村人が、またある日は、風邪気味の子供を連れた母親が薬を求めて訪れた。アルネは一つ一つの相談に丁寧に耳を傾け、その人に合った薬を提供していった。
ある日、夕暮れ時にアルネが店の整理をしていると、また店の扉が開いた。今度は、以前来た少女より少し年上の、落ち着いた雰囲気を持つ女性が入ってきた。彼女はリラという名前の村の住人で、村の雑貨店を営んでいる。
「こんばんは。忙しいところ、すみません。ちょっと相談があって…」
リラは少し遠慮がちに話しかけてきた。アルネは手を止め、彼女に向き合った。
「何かお困りのことですか?」
リラは少し悩んだ様子で、静かに話し始めた。
「実は…最近、気分が落ち込むことが多くて、どうもやる気が出ないんです。お店の仕事も滞ってしまって…周りの人に迷惑をかけてしまっている気がして…」
彼女の声には、疲れと不安が感じられた。アルネはその様子を見て、彼女の心の疲れを感じ取った。村の仕事や生活で、精神的に疲れてしまっているのかもしれない。
「それなら、心を落ち着ける薬草を試してみるといいかもしれません。リラックス効果があって、不安を和らげてくれるものです」
アルネはそう言って、リラに薬草を手渡した。彼女はそれを受け取りながら、少し安心したような表情を浮かべた。
「ありがとうございます。少しでも楽になれるといいんですが…」
リラは礼を言って店を出ていった。アルネは彼女の背中を見送りながら、村の人々の心にも寄り添っていきたいと思った。
その夜、アルネは家の前に座り、星空を見上げていた。セレス村の空は澄み切っており、無数の星が輝いていた。静かな夜風が心地よく、彼の胸に安らぎをもたらしていた。
「ここでの生活は、悪くないな…」
彼はそう呟きながら、再び新しい一日を迎えるために、ゆっくりと目を閉じた。