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クランにも慕ってくれている冒険者はいます

 宴が終わると、部屋を一つ宛がわれた。机にベッドと最低限の家具だけが揃えられた質素な部屋だ。

 ベッドに身を預けると、思わず頬が緩む。楽しかった。ずっとここにいたいとさえ思えた。


 俺は受け入れてもらえたのだろうか?不安はある。

 だけど同時に確信もあった。ヴァルキリーたちを連れてくれば認めてもらえる。


 俺の本当の戦いはここからはじまるのだ。


「現状を確認しないと……」


 俺が契約しているヴァルキリーは全部で7人。


 水魔法の加護と、歌姫の特性を持つブリュンヒルデのレティ。

 光、闇の魔法の加護と快眠の特性をもつジークルーネのセイラ。

 火魔法と怒涛の特性を持つグリムゲルデのアンナ。

 土魔法と鈍感の特性を持つヘルムヴィーゲのミリン。

 風魔法と翼の特性をもつロスヴァイセのメルロ。

 補助魔法の加護と虚空の特性を持つヴァルトラウテのユミネ。

 武装の加護を持つシュヴェルトラテのカリン。 


 大雑把に分けると、加護は武器全般と、魔法6属性、補助魔法にある。

 主に戦闘時に役に立つもので、どれがなくなっても打撃は大きいだろう。

 

 特性は、日常生活でも反映される。セイラの快眠であれば短時間の睡眠で体力と魔力を回復でき、すぐに戦闘に参加できる。

 ユミネの虚空はインベントリを使うことが出来る。


 狙うなら特性の方からだろう。

 戦闘中にいきなり変化が起きれば、恐怖よりも驚きや焦りが増してしまう。それよりも日常のちょっとした違和感は、じわじわと心を蝕み、不安を煽っていくはずだ。



 さて、日常で出来なくなって困ることはなんだろうか。

 歩く、走る、話す。これについては直接影響を与える特性はない。

 となるとインベントリ……いやいや、これも影響が大きい。それに急に使えなくなったらアイテムの消失が激しく、ハヤテ達以外にも影響が出てくる。


「もし俺がどれか失うとして、一番気づきにくくて嫌なのは……」


 ふと浮かんだのは、セイラの寝顔だった。見ているだけでこっちまで幸せになってくる天使の寝顔だ。思い出すだけで寝たくなってくる。

 快眠度が減ることを考えたらそれだけでおぞましい。いつもと同じ時間寝たはずなのに、眠い時の違和感もすごいだろう。


「よし決めた。まずはセイラからだ」


 今も眠っているはずの寝顔を思い浮かべながら、俺はベッドに入った。ここに来た時の失望感はすでになく、期待で胸が膨らんでいた。


 ☆☆


 寝る前にわくわくしていたのがいけなかった。予定よりもずっと早く目が覚めた。これでは遠足前日の小学生を笑うことが出来ない。

 まあいいか。早起きはなんとかってことわざがある。早速行動開始だ。


 屋敷から出ようと廊下を進むと、ローブの影が立っていた。


「おはよう」

「ああ、おはよう。いい顔だな。昨日とは見違えるようだ」


 ローブ越しにその顔は笑った気がした。


「そういえばここに連れてきてもらったお礼を言ってなかった。ありがとう」

「その顔だけで十分だ」


 わざわざそれを言うために待っていたのだろうか。ローブの裾を揺らしながら歩き出した。


「では行ってくるといい」

「ああ、行ってきます」


 行ってきます、か。良い終えてからしみじみと思った。

 心から帰りたいと思える場所があるのは幸せなことだな。


「第5の契約者メルロス、我に飛翔の力を与え給え。フライ!」


 真っ白な翼を羽ばたかせ、まだ静かな朝の町の飛び出した。


 ☆☆


 ブラックラグーン第2支社はセイラの眠る場所だ。

 塔の回りを渦巻く闇魔法の間を抜けると、昨日きたばかりの部屋へとたどり着く。


「おはよう、セイラ」

「……おは、よう?」


 声をかけると、死人にでも出会ったかのような顔をされた。

 あれ?昨日来た時なにかしたっけ?


「……夢?」

「夢じゃない」

「……???」


 眠そうな目をパチクリさせて、じっと俺の顔を見る。


「……偽物?」

「ヴァルキリーの目を騙せるやつがいたら会ってみたいな」

「……昨日も来たよね?」

「来たな」

「???」


 どうやら俺が2日連続で来たことに驚いているようだ。それもそうか。普段は3,4日に1回ぐらいだ。


「……急用?」

「ああ。一緒にここから出ようと思ってさ」


「……お引越し?」

「そんなところだ」


 細かな事情は聞かれたら話せばいい。正直、セイラがどこまでを知りたがるのかが全く読めないのだ。

 まさか、嫌がるってことはないと思うけど……。


「……条件」

「なんだ?」


 もしや、想像していたことが現実になりつつあるのか?

 セイラは俺が思っている以上に、このクランに執着しているとか……。


「……抱っこ」

「え、ああ……そんなこと」


 一気に力が抜け、膝を床についた。まったく、焦らせてくれるな……。

 お姫様抱っこをすると、満足そうに笑みを浮かべ、またすぐに眠ってしまった。

 なんとなくイタズラをしたくなって、セイラの前髪を払うと、「うーん」と迷惑そうに唸った。


「まあでも、こんなものだろうか」


 外を見ると、周囲を取り巻いていた闇魔法は消えていた。今なら誰でも塔の上まで来られる。意味はないだろうけどな。

 翼を広げ、空に目を向ける。


「ここに来るのももう最後だろうな」


 そう思うと、少しばかり寂しくなってくる。


「ヤマト様ーーーーーーーー」


 下を見ると、手を振っている影があった。

 俺は翼をはためかせると、ゆっくりと地上に降り立った。


「久しぶりだなエミール」

「はい、ヤマト様。おかげでクエストに引っ張りだこです!」


 エミールはクラスに騎士を持つ冒険者だ。レッドラグーンに入って3ヶ月になるが、みるみる成長を遂げ、中規模クエストではリーダーを任せられるほどになった。

 光魔法の適性をもち、クランの加護を介して聖騎士の力を使うことが出来る。


「俺は何もしていない。エミールの努力の成果だよ」


 そういえば、彼にかかっている加護もなくなるのか。

 俺に出来ることがあればいいんだけど。


「そういえばヤマト様はどうしてヴァルキリー様とご一緒なのですか?」

「実はさ、俺はクランから追放されたんだよ」

「そんな馬鹿な!?」


 エミールは慌てて口を抑えると、周囲を見渡した。それから誰もいないことを確認すると、ほっと息を吐いた。


「もしかして。ここにいることがバレたら」

「一大事になるだろうな」


 エミールが知らないということは、ほとんどのクランメンバーは俺が追放されたことを知らないのだろう。

 昨日の今日だ。数日もすれば知れ渡り、出禁にされているかもしれないな。


「ヤマト様、いままでありがとうございました」

「止めないのか?俺は今からセイラを…ヴァルキリーを連れて行くんだぞ?」

「なぜですか?ヴァルキリー様はクランの所有物ではありませんよね?」

「知っていたのか?」

 

 クランメンバーの多くは、ヴァルキリー達が望んでクランにいると思っている。多分そういう教育をされているのだろう。

 とくにここ半年以内に入ったメンバーにはその傾向が強かった。


「なんとなくですけど、そんな気がしていました」

「すまないな。きっとエミールの聖騎士の力も消えてしまう」


 ふと、服の裾を横から引っ張られた。気づけばセイラは腕の中にいなくて、目ときちんと開いて、立派に二本足で立っている。こんな姿を見たのは数ヶ月……いや、数年ぶりかもしれない。


「……加護、あげる」

「いいのか?」

「……うん。ヤマトの悲しむ顔、嫌」


 セイラは一人で歩きだす。エミールは話を聞いていたはずだが、それでも困惑した顔を浮かべている。


「本当によろしいのですか?」

「……もしヤマトの期待を裏切ったら返してもらう」

「は、はい!失望させないようにがんばります」

「……うん」


 セイラが手を伸ばすと、エミールの足元には魔法陣が現れる。

 ヴァルキリーによる、加護の儀式だ。


「汝に光の加護を」


 白い輝きはエミールを包み込み、同時にギルド証も光出す。銀色から金に変わっていき、等級が上がった。

 エミールはギルド証を隅々まで見つめ、ある一点に気づいて驚きと喜びの表情を浮かべた。


「ジョブが……聖騎士になりました。ありがとうございます!」

「……いい」


 セイラは小走りに戻ってくると、体を預けてきた。


「……疲れた」


 頭をなでてやると気持ちよさそうに目を閉じた。それからお姫様抱っこをする頃には、いつものように眠っていた。


「それじゃあ俺は行くよ。機会があったらまた会おう」


 顔が足につきそうなぐらいに深いお辞儀に見送られ、ブラックラグーン第2支社を後にする。

 クランは近々崩壊する。それでもエミールは立派に活躍し続けるだろう。

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