怪しい男に声をかけられました
気づけば俺は、最初の町にたどり着いていた。
始めて来た時には新鮮に映った町並みも、今では見慣れたものだ。
「さて、これからどうしようか……」
特に目的もない。というか、今までだって目的があったわけじゃない。
クランのために……違うな、力を貸してくれたヴァルキリーのために頑張っていただけだ。それもついさっき、終わりを告げた。
「おっとすまない」
ふらふらと歩いていると、フードを被った男とぶつかった。明らかに俺が悪いのに、向こうから謝られた。
世の中には、こんないい人もいるんだな……。
「こちらこそすみません」
俺の声は震えていた。くそっ、人前で泣くなんて許されない。
あーでも、もうどうでもいいか……。
立ち去ろうとすると、肩に手が触れた。妙な感触だ。触られているはずなのに、熱を感じない。
「君はまさか、レアジョブの持ち主ではないか?」
「え?」
レアジョブって普通のジョブと違うってことか?
だったら答えはイエスだ。俺は契約師、ギルドには一人しかいない。それを知っているのはマユミさんだけのはずだ。
不審に思って男を見つめる。
スキル、可視化。相手のオーラを見て、感情を読み取ることが出来るのだが……どうなっているんだ?この男からはなんのオーラも感じない。ただなんとなく、全身が黒く、モヤがかかっているようだ。
「話をしないか?」
少し悩んだが、行く宛もない。本当にヤバそうなら逃げることだって十分可能だ。
「分かりました」
俺が頷くと、男は歩き出した。
☆☆
連れてこられたのは薄暗い路地にある古ぼけた屋敷だった。中も見た目通りにボロボロで、あちこちに蜘蛛の巣が張っている。ギシギシと軋む床を、男はためらうことなく進んでいく。
可視化を発動したままにしているが、相変わらず感情は読み取れない。それにこの建物も妙だ。
これは力によるものではなくタダの勘だ。見えているものと、感覚が一致しないのだ。音はいかにもぼろぼろなのに、空気は澄んでいて、埃一つ感じない。薄暗くてわかりにくいが、床はピカピカに磨かれているようだった。
「あの、俺はどこに連れて行かれるのでしょうか?」
「もうすぐ着く」
階段を上がった先に部屋に入ると中は、明るかった。
「いらっしゃーい!!」
パンパンパンと、クラッカーがいくつも弾け、やたら楽しそうな笑顔と、困ったような顔と、無表情が出迎えてくれた。
部屋の奥には高そうな机があって、楽しそうな笑顔の女性が立ち上がった。
「いらっしゃい!!私はミサ。君のことを歓迎するよ!!」
真っ赤な髪を揺らし、白い歯見せ、腕を前で組んで仁王立ちをする。思わず『姉御』とでも呼んでしまいようになるような、頼りがいを感じた。
「もうミサ……びっくりしてるじゃない。ごめんなさい、まったくこの子ったら粗暴で……」
困った顔を浮かべていた女性は、更に眉間にシワをよせると、俺の顔を覗き込んできた。肩の上でウエーブのかかった黄緑色の髪は揺れ、優しそうな目が俺を見つめてくる。
ミサが姉御ならば、この人はお姉さまとでも呼ぶべきだろうか。動きの一つ一つに品がある。
「ティアこそ、そんなに急に近づくから彼が困っているぞ」
「え、嘘っ」と言いながら口に手を当てると、女性は離れていき、話しかけたであろう男が俺を見つめていた。
細身で背は高く、真っ白な髪に、感情のない目。スーツが良く似合っていて、いかにも『執事』と言った感じだ。
「私はユエ。さっき君を覗き込んでいたのがティア」
「よろしくね」
ごめんなさいと手を合わせながら、ティアは控えめに笑った。
「それでユレイル、なぜ彼を連れてきたんだ」
感情のないユエの目が、俺をここまで連れてきたローブの男に向けられた。
「彼はイレギュラーだ」
「そいつは愉快だな。それで、ジョブはなんだい」
ミサは椅子に座りなおすと、机に足を乗せた。
なんなんだこの集団は。可視化のスキルでも誰一人として素性が掴めない。
「駄目よミサ。相手に聞く時はこちらから話さなくては」
「それもそうか……アタイのジョブは武器屋だ」
「ジョブ?職業ではなくて?」
ジョブは与えられた才能のようなものでギルド証によって示される。
一方で職業は仕事の内容だ。なろうと思えば何にでもなれる。
武器屋といえば道具屋や宿屋といった選んで行う仕事に含まれるはずだ。
「いい反応だねえ……けど残念ながら、ジョブで合っている」
「ち・な・みに私は……何だと思う?」
ティアがウインクをしてくる。天然の垂らしだろうか?気を抜くと見とれてしまいそうになる。
夜の店にいたら人気が出るだろうな。そうだな、例えば…。
「踊り子……とか?」
「え?なんでわかったの?」
正解だったらしい。じゃあ俺が落とされそうになっているのも自然なことだな……多分。
「まったくお前たちは…はじめての相手にべらべらと……」
文句を言うユエに向かって、ティアのにこにこした目が向けられていた。正直言って怖い。言うことを聞かないと刺されそうだ。
「まったく……ビーストだ」
やっとまともにそれっぽいのが出てきた。獣に変身出来たりするのだろうか?
「私は影だ」
俺を連れてきた男は、ユラユラとシルエットを揺らしながら答えた。
「影って、もしかして全身が?」
「そうだ」
だから可視化を使っても正体が分からなかったのか。それでも不気味なことに変わりはないが。
「さて、アタイたちの正体を晒したところで、アンタも教えてくれないかい?」
期待と疑惑の目が俺に向けられた。果たして言っていいものだろうか?マユミさんには口止めされている。けどあの人もギルドの人か。もう関わることもないかもしれない。
「俺は……」
「ちょっとまってくれ。どうやら我々のマスターが来るようだ」
部屋の外から足音が近づいてきて、また一人、女性がやってきた。
それはなんと、マユミさんだった。