異世界に召喚されました
きっかけはなんでもなんてことないことだった。サイトの端に貼られている広告バナーに、新規リニューアルらしいゲームの宣伝がされていた。黒髪でいかにも清楚っぽい見た目の女の子が真ん中にいて、やたら露出の高い鎧を着た女の子が7人いる。
動画を見ていたはずの指は、無意識に広告をクリックしていて、ゲームが起動した。
出てきたのは、バナーがそのままトップ画面になっているブラウザゲームで、チュートリアルもなく、いきなりキャラ作成だ。
ブラウザゲームならこんなもんか?
疑問を飲み込むと、要求された項目を入力していく。
本名、大田和也…キャラネームは…大和。性別は…男。
自分のプロフィール入力はこれで終わりだった。
次へを押すと、今度はアンケートみたいなのが表示された。
Q.貴方はゲームに何を求めますか?
まだベータ版のゲームなのか?プレイする前に求めることを聞かれても困るな。しかも自由回答と来た。
A.頭を使うと疲れるから脳死でもサクサク進めて詰まないこと。あとは俺最強的な展開だったら最高だな。
我ながらひどい回答だと思った。もうゲームをやるなって言われそうだ。
Q.可愛い女の子は好きですか?
今度はイエス、ノーの二択だった。
答えはもちろんイエス。可愛い子が嫌いだったらバナーに触れてすらいない。
A.イエス。
Q.たくさんの女の子を侍らせたいですか?
俺が?そりゃあ近くにいてくれたら嬉しいけど、多すぎても疲れそうだ。
A.ノー。
Q.性欲は強いほうですか?
なんだこのドがつくほどの直球シモネタは。
マジメに答える気をなくしたが、一応考える。
学生時代、女の子にやたらアタックする同級生を見て奇妙に思ったものだ。
てことで答えはノーだ。
A.ノー。
Q.貴方は現実に大切な人はいますか?
いよいよ喧嘩を売ってきたか?
いねえよ。いたらこんな生活を送ってはいない。
30歳を越えて一人暮らしをし、平日は家と会社の往復。土日はひきこもってひたすらゲーム。
A.ノー
Q.それでは私達の世界にご招待いたします。準備はよろしいですか?
やっとか…とっとと始めてくれ。
俺は何も考えず、イエスを選んだ。その瞬間、世界が歪んだ。
ベッドと机の他にはゴミが転がっていただけの部屋は真っ白になった。
☆☆☆
目が覚めたら、そこは異世界だった。
中世ヨーロッパのようなレンガで作られた建物が立ち並び、大きな通りには馬車が行き来している。
一本通りを入るとテントの店が立ち並び、りんごのような赤い果物や、見たことのない肉が吊るされていた。
さて、これから俺はどうしたらいいのだろうか?
過去にプレイしたネットゲームの世界に来たわけでもなければ、俺を召喚したらしい神様とか女神様とかもいない。
スウェットのまま飛ばされてきたせいで、ポケットの中には金もなければ、携帯とか売れそうなものもない。このままでは野垂れ死ぬしかない。
「君、ちょっといいかい?」
爽やかな笑顔の男が立っていた。髪は茶色で、ちょっと2枚目目な顔立ちだが、真っ直ぐな瞳からは正義感が伝わってきた。
後ろにはガタイのいい男と、眼鏡の女の子もいる。
なにかの勧誘かとも思ったが、胡散臭さを全く感じない。
それよりも気になるのは、いかにもな初期装備をしていることだ。
ボロボロの木の剣にボロボロの盾。女の子の手にはボロボロの杖も見える。
「俺たちは冒険者になったばかりでさ、一緒にクエストを受けてくれる仲間も探しているんだ。君もどうだい?」
冒険者か。どうやらここはただの異世界ではなく、ファンタジーの世界のようだ。
冒険者がいるならば、ドラゴンや魔王なんかもいるのだろうか?
「どうだろうか?」
無言でいると、更にまっすぐ目を向けられた。
背中越しに二人も見つめてきている。
悪いやつらではなさそうだ。
それにこのままでは食べ物どころか、生きる手段を得られるのかも怪しい。
ここはなるようになれだ。
「わかった。俺に出来ることなら手伝うよ」
「助かる。俺の名前はハヤテ。うしろのごついのがタケヤで、女の方がマヤだ。よろしく」
「俺は…」
本名を名乗りかけてとどまった。現実とは遠い世界で『大沢』とか『和也』なんて呼ばれたら違和感バリバリだ。
「ヤマトだ」
「ヤマトか。よろしく頼む」
差し出された手を握り返すと、笑顔が更に眩しくなった。そのうちに太陽バリになって目潰しでもされそうだ。
「それでヤマト、君のジョブを教えてくれ」
「あーそれなんだけど…ぶっちゃけわからん」
「どういうことだ?君は見たところこの町の者ではなさそうだが、旅をしてきたのではないのか?」
ハヤテの目は俺の服に向けられた。
全く気にしていなかったが、スウェットの俺はかなり目立っていた。外に出るべき格好ではないのもあるが、それ以前にこの世界の文化とも違うようだ。
ハヤテはレザーのジャケットにレザーのズボン。いかにも冒険者っぽい格好をしているし、待ちゆく人も、素材は違えど同じようなデザインの服を着ていた。
「実はついさっきここに来たばかりでさ、その…この世界のことを何も知らないんだ?」
「えーっと…つまり?」
「赤ん坊みたいなもんだ」
あからさまに顔をしかめられた。
俺の格好を見て、腕利きとでも思っていたのだろうか?
俺から少し離れると、三人でコソコソと相談を始めた。
こいつはマズイな。もしここで放り出されたら、露頭に迷っちまう。知らない人に話しかけるなんて上等なスキルは、ぼっちだった俺にはない。
「えーっと…」
「よし、冒険者ギルドに行こうか」
話かけようとすると、むしろ向こうから提案された。俺は頷くと、三人に続いて歩き出した。