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07. 興味から好意へ(Sideフェリクス)

僕の予想通り、あれから彼女はあの庭へは来ていないようだった。


王立学園に用事があるたびに立ち寄ったのだが、今までなら十中八九いたのに、姿が見えなかったのだ。


あそこへ行けば僕と遭遇するかもしれないと警戒しているのだろう。


僕と関わり合いたくないという本気の意志が感じられる。


こんなふうに女性から避けられるのは初めての経験でとても新鮮だ。


思わず笑いが込み上げてくる。


「ふふ、どうやら避けられているみたいだ」


「嫌がられているならそっとしておかれてはどうですか?」


「愚問だね。僕がそうすると思う?」


「……いいえ。ただ、身分の高い方から積極的に距離を詰めて来られると気苦労が絶えないでしょうから、アイゼヘルム子爵令嬢には同情いたします」


実体験が脳裏をよぎったのかリオネルの声はやけに気持ちがこもっている。


ただ、同情はしているものの僕の行動を止める気は特になさそうだ。


 ……まあ、長年の付き合いで僕を止められないと分かっているからだろうけど。


昔から僕は一度決めたら自分の意思を貫くところがある。


セイゲル共和国への留学もそうだ。


基本的に放任主義でいつも僕の自由にさせてくれている両親に当初は反対された。


将来の統治に向けて王立学園で同年代の貴族達と交流を深めて欲しいと言われたからだ。


だが、僕としては成人すれば身軽に動けないのが分かりきっていたから、学生のうちに自分の目で他国を見てみたかった。


セイゲル共和国は商業国家として見所があるだけでなく、我が国とは異なる政治体制で運営されている。


国民の選んだ代表者たちが合議で政治を行っているのだ。


将来国王として国家運営を担う予定だからこそ、自国と違う国を知り、視野を広げる必要性を感じた。


その旨を語り、両親を説得して、僕は自身の意思を貫いて留学を実現させたのだった。


もちろんリオネルはこの経緯を知っているわけで、今の僕にその時と同じような匂いを感じ取っているのではないかと思う。


「というわけで、あの庭に行っても彼女に会えそうにないから、直接教室へ訪ねてくる。それなら確実だからね。昼食にでも誘おうと思うから、王族専用の部屋に食事を手配しておいてくれない?」


「それは……きっと騒ぎになりますよ。アイゼヘルム子爵令嬢が気の毒でなりませんね」


そう言いつつもリオネルはさっそく昼食の手配に動き出した。


それからしばらくして僕は宣言通りに彼女のいる教室まで足を運び、彼女を訪ねた。


生徒ではない王族の僕が現れたことで、やはりと言うべきか、その場はちょっとした混乱が起きた。


僕を初めて目にする生徒も多かったらしく、目を見張っている。


だが、そんな彼女達以上に驚いていたのが彼女だ。


目をパチクリさせて僕を食い入るように見つめてくる。


そんな表情も新鮮で、思わず笑顔で手を振ってしまった。


教室の入り口までやって来た彼女を昼食に誘い、そのまま王族専用の部屋に向かって廊下を一緒に歩く。


人目を気にしている彼女は、やたら周囲をキョロキョロ見回して警戒していた。


早く人の目がないところに逃げ込みたいらしく、上品に歩きつつも足速だ。


焦る姿がなんだか可愛らしい。


王族専用の部屋に到着し、ようやく少し落ち着きを取り戻した彼女とともにテーブルを囲む。


昼食の誘いに乗ったのもおそらく本意ではなかったであろう彼女だったが、ひとたび食事を始め出すと、どこか吹っ切れたように無心で目の前の料理を楽しみだした。


なかでもローストビーフのサンドイッチへの食いつきがすごい。


――『あーもうお腹いっぱい! ローストビーフは本当に最高ね。いくらでも食べられるわ!』


以前盗み聞きしたセイゲル語での独り言を思い出す。


目の前の彼女はまさにその独り言通りの状態だ。


そう思うと腹の底から笑いがふつふつと湧き起こってきて、止められない。


「……ふっ、ふふふ」


笑いは必死で噛み殺していたのだが、最終的に口から漏れてしまい、それを聞き付けた彼女は心底不思議そうな顔を僕に向けた。


なぜ僕が笑っているのか理解できないという表情だ。


盗み聞きしていた内容を口にするのは憚られたため、僕は別の話題を彼女に振る。


セイゲル語を勉強しようと思った理由を尋ねてみた。


実はこれは彼女の存在を知った最初の頃から気になっていたことだ。


「……その、たまたまセイゲル語の参考書を手にする機会がありまして。それで特にこれといった理由はないのですが、なんとなく面白そうかなと思い、軽い気持ちで始めました」


ほんの一瞬だけ口籠った彼女が口にした理由はこうだ。


だが、これは嘘ではないもののすべてではないだろうと僕は直感的に感じた。


悪意はなさそうだが、何か誤魔化している節がある。


 ……まあ、避けるくらい嫌ってる相手に本音は話さないか。残念だなぁ。


彼女のことが知りたいのに、壁を作られている感じだ。


「あの、セイゲル共和国は商業国家として有名ですが、やはり珍しいものが多いのですか? 留学されていかがでしたか?」


しょうがないと諦めつつ、セイゲル後について会話を広げれば、今度は珍しく彼女の方から僕へ質問を投げかけてきた。


珍しく、というより、実質初めてではないだろうか。


心が喜びで波打った僕は、留学で見聞きしたセイゲル共和国について語って聞かせた。


すると、なんと彼女がごく自然に微笑んだのだ。


澄んだ水色の瞳が細められ、ふっくらとした唇の口角が上がる。


もともと美しい容貌をした彼女だが、笑った顔はハッと息を呑むほど綺麗だ。


 ……可愛い。彼女の笑った顔をもっと見てみたい。


この瞬間、自分の中で彼女の位置付けが変わったのを感じだ。


面白くて興味がある構いたい対象から、異性として好意がある振り向かせたい対象へ。


食事の後、彼女からは「教室に来ないで欲しい」とお願いをされたが、それに了承しつつ、僕は考える。


それなら今度はどうやって彼女と会う機会を作ろうかと。


明確に彼女への好意を自覚した今、僕と距離を置きたいと望む彼女の意向に従うつもりはハッキリ言ってない。


 ……さて、シェイラとどのようにして距離を縮めようかな。


自分を嫌う相手を振り向かせたいなんて初めてのことだ。


いや、違う。


そもそもこんなふうに一人の女性に興味を持ち、好意を持つこと自体が初めてだ。


これまでの人生、望まずとも女性に囲まれて、勝手にチヤホヤされてきたゆえに、感じ良くあしらうことにしか意識を向けてこなかった。


今から思えば、そんな僕が二年前にあの庭でシェイラに興味を持った時点ですでに異性として彼女に惹かれていたのだろう。



「参考までに聞きたいんだけど、リオネルは好意のある令嬢にはどうやってアプローチしてる?」


「ぶふっ。いきなり何ですか……!」


自分の経験は役に立たなさそうだと悟った僕は、近くにいたリオネルに試しに問いかけてみた。


真面目が服を着て歩いているようなリオネルには唐突な質問だったらしく、激しく動揺させてしまったようだ。


「いやね、どうやら僕、シェイラのことを異性として好意を持ったみたいでさ。初めての経験だから、人から助言をもらおうかなと思って」


「それが私ですか。人選をお間違えですよ。でもまぁ、アプローチといえば贈り物などが一般的なのではありませんか?」


「なるほど。贈り物か」


意外とまともな答えが返ってきて、僕は軽く驚く。


リオネルには婚約者もいなければ、これまで浮いた噂一つなかったからだ。


それにシェイラのことを異性として好きだと打ち明けたのに、リオネルからはそれに対する反応がなく不思議に思う。


「シェイラに好意を持ったと言った部分については何も言わないの?」


「正直なところ、ようやく自覚なさったのですねとは思ってますよ。フェリクス様の言動を拝見していると明らかでしたので」


「え、そう? そんなに分かりやすかった?」


「はい。特に私は普段のフェリクス様をよく知っていますからね。能力が高いゆえになんでも簡単にできてしまわれるフェリクス様は、めったに特定の物事へ興味を持たれませんから。まぁ、その分一度琴線に触れた事柄にはこだわられますけど」


どうやらリオネルにはかなり正確に僕という人間を把握されてしまっているらしい。


さすが腹心の側近だ。


「さすがリオネル。僕以上に僕を分かってるね。じゃあ今、次に僕がしようと思ってることも察してたりする?」


「ええ。……マクシム男爵をお呼びになりたいのではありませんか?」


「正解! すごいね」


まさかズバリ当てられるとは驚いた。


さっそくと言わんばかりにそのままリオネルはマクシム男爵との面会の手配に動いてくれる。


おかげてそれから数日後、王城の王太子専用の応接室で僕はマクシム男爵と顔を合わせていた。


◇◇◇


「フェリクス殿下、お久しぶりでございます。お元気そうで何よりです」


眼鏡をかけた知的で落ち着いた壮年の男が、目の前で僕に恭しく一礼する。


彼に席を勧め、僕たちはソファーに向かい合わせで腰掛けた。


「マクシム男爵も元気そうで良かった。商売も順調そのものだと耳にしてるよ」


「はい、おかげさまで好調です」


彼――マクシム男爵は、エーデワルド王国随一のマクシム商会を率いるやり手の商会長だ。


もともとは平民の富豪だったのだが、近年商会の成長が著しく今や不動の存在となっており、その功績を持って男爵へ叙爵となった。



「本日はセイゲル共和国の珍しい品をご所望ということでお持ちしました。こちらでございます」


マクシム男爵はテーブルの上に持参した商品を丁寧な手つきで並べていく。


そう、これらこそがマクシム商会が飛躍した理由だ。


彼は数年前にセイゲル共和国からの仕入れルートを確立し、エーデワルド王国内で「セイゲルの品物を買うならマクシム商会」という地位を築き販路を独占しているのだった。


ちなみに僕はセイゲル共和国への留学中にマクシム男爵と現地で顔見知りになり、こうして今も直接会うくらいには親しくしている。


「贈り物とのことでしたので、ガラス細工を中心に見繕いました。こちら右側からグラス、花瓶、キャンドルホルダー、サンキャッチャーです。どれもなかなか手に入りにくい珍しい品々となっております」


マクシム男爵の紹介に合わせて、それぞれの物に順番に視線を向ける。


その中で最後のサンキャッチャーに対して直感的にコレだと感じた。


「このサンキャッチャーを購入するよ。僕が留学していた時には目にしたことがない品だけど、ここ最近の新商品?」


「おっしゃる通りです。近頃発売されたばかりのものでして、あちらの国で貴族令嬢に人気となっています。特にこれからの夏の季節に最適です。窓辺に吊るせば太陽光を受けて美しく輝きますから目を楽しませてくれます」


「なるほど。確かに季節的にもぴったりだね。それにしてもセイゲル共和国は次々に新しいものを生み出してるなぁ」


「フェリクス殿下が留学されていたのは2〜3年前ですからね。それ以降行かれておられないと存じますが、訪問のご予定はないのですか?」


「視察に行きたいとは思ってるんだけど、残念ながらなかなか都合がつかなくてね」


マクシム男爵のようにそう頻繁に外国へ足を運べない身のため、彼を羨ましく思う。


また何か面白い話があれば教えて欲しい旨を伝え、本日の目的を果たした僕はマクシム男爵との面会を終えた。


この手に入れたサンキャッチャーをどうするかといえば、もちろんシェイラに贈るつもりだ。


なにしろシェイラはこの前の会話の際、唯一セイゲル共和国の珍しい品について反応し、興味を持っていた様子だったからだ。


 ……物で釣るのはいささか不本意だけど。嫌われている立場だから手段は問えないしね。また笑顔を見せてくれたら嬉しいんだけどな。


そう期待しながら、次にシェイラに会う算段をつける。


僕が教室へ行かないという約束があるため、代わりにリオネルに呼びに行かせた。


するとリオネルに連れられて王族専用の部屋へやって来たシェイラは、その美しい顔に隠しきれない不満を滲ませていた。


珍しくやや感情的で、丁寧な口調を維持しながらもチクチクと抗議を入れてくる。


文句を言われているというのに、それすら嬉しくて自然と唇の端が上がってしまう。


いつもの画一点の態度とは異なり、感情を発露させているシェイラの姿を見ることができたからだ。


贈り物に対しては不思議そうな顔をしただけで思ったほど喜んではくれなかったが、それも問題ない。


色んな表情のシェイラを目にでき、僕は満足していたのだから。


シェイラと関わるようになって本当に日々が楽しくてしょうがない。


だから僕はすっかり忘れていた。


この学園には僕にとって厄介な存在がいることを――。


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