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09. 学園からの協力依頼

「では、シェイラ様、あとはお願いいたしますね。会長はお一人だと無理をされるので」


「分かりました」


コソッと耳打ちされた言葉に私が了承を示して軽く頷くと、生徒会の面々はホッとした顔をして生徒会長室を出て行く。


その場に残されたのは、私、マルグリット様、マルグリット様の専属メイドであるキャシーだ。


キャシーは素早く紅茶を淹れ始め、私に目配せしてくる。


それを受けて私はマルグリット様に声を掛けた。


「マルグリット様、少し休憩しませんか? キャシーが珍しい紅茶を淹れてくれたみたいです。マルグリット様のお好きなフィナンシェもありますよ」


「でも、わたくし今の会議の内容を報告書としてまとめてしまいたいのよ。明後日は学園会議の日だもの。準備万端で挑みたいわ」


「根を詰め過ぎるのはお身体の毒になります。肝心の会議の日に体調を崩されたら台無しになりますから、少し休憩いたしましょう?」


「そう、ね」


ようやくマルグリット様は資料から手を離し、渋々とティーセットの並ぶテーブルの前に腰を掛けてくれた。


私とキャシーは再び視線を合わせ、お互いの健闘を讃えあうように笑顔を浮かべる。


ここ最近、毎日こんな感じだ。


なぜかというと、あのマルグリット様に突然呼び出され成り行きでお友達となった日から、私は生徒会へ引き摺り込まれてしまったからだ。


正確に言えば私は生徒会の正規メンバーではない。


生徒会は役割や人数、任期がすでに決まっていて、後から介在する余地がない。


そんな中、私の立ち位置はというと、マルグリット様の秘書という名のお話し相手である。


主従の関係であるメイドでは難しいことを、お友達の私が担っているのだ。


具体的には、マルグリット様の働き過ぎを諌めるというものである。


これは私もマルグリット様の近くで過ごすようになって初めて知ったのだが、彼女は公爵令嬢という高貴な身分でありながら非常に働き者なのだ。


学園をより良く導くべくため生徒会長として尽力していて、容姿の美しさのみならず、志まで誇り高く美しい。


フェリクス殿下を簡単にあしらう手腕の素晴らしさに感激していた私だったが、ますますマルグリット様という方に尊敬の念を抱いた。


「明後日の学園会議は、学園長と生徒会、そして王族が出席されるのですよね?」


「そうよ。リオネルにも会えるのよ」


「リオネル様もご出席される会議だからこそ、いつも以上に準備に精を出されているのですよね?」


「……もう! シェイラったらなんでもお見通しなのね」


フィナンシェを上品に食べながら、マルグリット様は頬をうっすら赤く染める。


 ……女神のようなお姿ね。眼福だわ。


キャシーによると、マルグリット様のこの秘めた恋心を知っているのはごく限られた人のみだそうだ。


ちなみにリオネル様ご本人は全く気付いていないらしい。


こんな分かりやすいのに?と思ったが、リオネル様を前にした時のマルグリット様は、上級貴族として鍛え上げられた感情制御の技術が遺憾無く発揮されてしまうという。


 ……こんなお綺麗かつお可愛らしい姿を目にしたらリオネル様だってイチコロになるに違いないわ。心まで気高く美しい方なのだから。


「そうそう。分かっているとは思うけど、会議にはもちろんあの男も来るわよ?」


「……フェリクス殿下、ですよね?」


「ええ。あの男はあれでも学園の管理者を王族として担当しているのですもの」


リオネル様が来るということは、当然だがその(あるじ)であるフェリクス殿下も参上することは分かっていた。


それでいて気にしないように目を逸らしていた私である。


 ……これを現実逃避というのかしら。


マルグリット様のお友達になり、生徒会へ引き摺り込まれてからというものの、実は私の毎日はあらゆる意味で平穏が訪れている。


まず以前のようなフェリクス殿下からの接触が止まった。


余程マルグリット様が苦手で避けているのか、はたまたただ忙しいだけなのか、もしくは私にもう興味をなくしてくれたのか、その理由は不明だが。


どういう理由であれ、避けたい人が近寄って来ないというのは非常に助かる。


さらに、マルグリット様と親交を得たことで、なんとクラスでの陰口も収まるという変化が起こった。


学園で一番身分の高い公爵令嬢かつ生徒会長を味方につけた私に表立って悪口を言いづらくなったようだ。


マルグリット様とお友達になったのは、特にこれを意図したものではなかったため、嬉しい誤算だった。


「会議の後にきっとあの男はシェイラに近付いてくるでしょうけど、安心していいわよ。わたくしが同席してあげるわ」


「マルグリット様……!!」


 ……なんて心強い味方! いくら好意を向けられようとも二人きりにならなければ安心だものね。


懸念が解消されて私はホッと息を吐き出す。


フェリクス殿下、マルグリット様、どちらも遥か上の身分の方々だが、両者に対する私の心証は全くの真逆となっていた。



◇◇◇


「それでは会議を始めます。本日の議題は、来期の生徒会選挙の概要報告および生徒から上がっている陳述の検討となります。皆様、よろしくお願いいたします」


迎えた会議の日。


私はマルグリット様や生徒会メンバーとともに、学園長室に隣接する会議室にいた。


正規のメンバーではないため、みんなが囲む長テーブルから離れた場所に控えている。


目の前では、主に学園長と生徒会メンバーが積極的な議論を交わしていた。


フェリクス殿下は一番上座の席に座り、基本的な口を挟まずに議論に耳を傾け、時折的確に質問や結論を述べている。


その表情は思いのほか真剣で、初めて目にする表情だった。


 ……にこやかに笑いながら、人を食ったような態度のフェリクス殿下しか見たことなかったけれど、こうして政務に取り組むお姿を間近で見るとやっぱり「無敵王子」と呼ばれるだけの能力なのがよく分かるわ。


さすがだとフェリクス殿下を見直していた私だったが、その時ふいに気になる議題が耳に飛び込んできた。


「――最後に最近増えている生徒からの陳述についてです。セイゲル語を教える授業を加えて欲しいとの要望が増えています」


「わたくしから補足させて頂くと、この要望の背景には昨今のセイゲル共和国の顕著な繁栄があると思われますわ。王都にあるマクシム商会の店舗でもセイゲルの珍しい品を取り扱っていて、それらが人気であることも一因のようです。加えて、殿下が学生時代に留学されていたという点からも、セイゲル語ができる者が将来的に王城で要職に就ける可能性があると考える男子生徒が多いようですわね」


生徒会メンバーの一人からの報告に、マルグリット様がさらに詳しい説明を加える。


セイゲルの話題とあって私も興味を引かれる内容だ。


それにしても授業が望まれるほどセイゲル語への関心が高まっているとは初耳だった。


説明を終えたマルグリット様は、名前を挙げたフェリクス殿下の方へ視線を向ける。


「セイゲル語か……」


その視線を受け止め、フェリクス殿下は顎に手を当て何か考えを巡らせる素振りをしながらポツリつぶやいた。


続いて何を思ったのか、わずかに唇の端を持ち上げるとなぜか私に視線を動かす。


楽しげな光を宿したコバルトブルーの瞳と一瞬視線が絡み、嫌な予感が背筋を冷たく流れる。


そしてそれは残念なことに的中してしまった。


「それならその要望に応えるために、そちらにいるシェイラ嬢に協力を願うのが良いんじゃないかな?」


突然フェリクス殿下の口から爆弾発言が投下されたのだ。


その場にいた学園長や生徒会長メンバーの目が一斉に私に集まる。


「シェイラの協力、ですって……?」


予想外の展開だったらしくマルグリット様も疑問を口にしながら珍しく感情を露わに目を丸くしていた。


 ……また変なことに巻き込まれそうだわ。先程さすがだとフェリクス殿下のことを見直したのは早計だったわね……。


「シェイラ嬢はセイゲル語がとても流暢なんだよ。しかも独学で学んだらしくて。それであれば経験に基づく知見もあるだろうから、授業の開講に先駆けて授業内容を考えてもらうのはどうかな?」


「シェイラ、殿下のおっしゃることは本当なの? あなたセイゲル語が話せるの?」


私の内心などお構いなしにフェリクス殿下が自身の発言に対する理由を述べ、それを聞きマルグリット様が驚いたように私に問いかける。


セイゲル語を話せる事実は特に誰かに言ったことはないから意外そうな顔をされるのは無理からぬことだ。


「……はい、本当です。日常会話程度でしたら話せます」


「日常会話どころか仕事でも十分使えるレベルだと思うけどね? ……ということで、せっかくセイゲル語を実際に習得した彼女がここにいるのだから協力を得ない手はないと思うんだ。彼女も今年で卒業だから、今年中に授業内容を検討して教師を決め、来年から学園で授業を提供できるように進めるのがいいと僕は考えるんだけど、みんなはどう思う?」


私が事実を認めると、満足そうに頷いたフェリクス殿下は、その有能さを発揮して、さっさと結論をまとめ始めた。


フェリクス殿下の説得力と人を惹きつける力を前にして、その場にいるみんなは諸手を挙げて賛成を口にする。


唯一マルグリット様だけは困ったように眉を下げ私を見ていた。


「ではみんなの賛同も得たことだし、この件はこれで可決で。シェイラ嬢、よろしく。……ああ、もちろん僕も手伝うから。先程マルグリット嬢が述べた通り、僕も留学経験があるし役に立てると思うよ」


なす術もないとはまさにこのことだ。


にこりと笑って最後に付け加えられた一言――これは学園からの正式な協力依頼の一貫でフェリクス殿下と今後も顔を合わせざるを得ないという意味だ。


逃げようと思えば逃げられた今までの非公式な邂逅とは違う。


 ……フェリクス殿下と関わらざるを得ない理由ができてしまったわ……。せっかくしばらくは心安らかな落ち着いた日々を送れていたというのに……。



私の望む平穏はまた遠ざかっていくのであった。

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