花と私と 僕と蛙の女の人
私は目を覚ましそれを眺めた。
一輪の花が朝の木漏れ日に頭を垂れるさまを。
雨滴を振り払い太陽を見上げる。
やがて花は天に花弁を広げる。
腕を拡げるように。踊るように。
見渡せば辺りには同じように空を目指し花たちが舞う。
色とりどりの花たちが辺りを埋めていく。
虫、鳥、獣を取り込み苗床とする。
世界の一部になる。その中心に私はいる。
私がやっている。
花で作った大きな蕾。
枝の触覚がすべて知覚できる。
実に栄養をあげよう。
夕沈みまでに。森の全てを掌握する。
美しき花。花弁は開花しかけ。
西側の枝木が悲鳴を上げた。
針で刺されたような痛み。
「1匹、2匹か」
塵芥を排除する。
毒の荊棘で虫を排除する。
飛び回って命中しない。
イライラする。
今や森のすべてが私。私となった。
この花を開花させたい。
私は他に何も望まない。
森に生きとし生ける全ての生命を栄養にして。
2匹の虫が核に近づいてくる。
何をするつもりだ。
害虫が。殺してやる。
殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す。
肥大化させた猛毒の荊棘を鞭のように撓らせる。
害虫2匹を押し潰す。
毒の穴に落とし溶かす。
漸くくたばったか。クズが。
人間の死体は栄養が豊富…だがいらない。
遠く海に投げ捨てる。
日が沈む。黄昏の空に、鳴動する新たなる生命の鼓動。
刻一刻。整った。
満月が祝福する。
桜色に夜を照らす巨大な花弁。膨大な光の渦。
花びらが発光しながら空に渦を巻く。
地に落ちて尚、光り輝く。
宵闇に沈まぬ森。
空を照らすは膨大で美しき花。
世界樹ができた。
森の血肉を贄として。
だが安心するが良い。
その魂は久遠に残る。
花びらの明滅は魂の躍動。
彼らは生きている。
そしてやがて新たな生命がこの森にやって来る。
生命の楽園となるのだ。
私は満足し、欠伸をした。
「………」
目の前に一輪の花があった。
「何を見た?」
振り向くと牛頭の蛙のような女がいた。
夕明りが目に染みる。
「お前は何をした?」
今見たことを、今感じたことを。私が、私が
「僕が、世界を変えた」
自分の手のひらを見る。
少年の手。小さな手のひら。
僕は…。
牛頭の仮面と蛙の皮を被った女が、花を根本から摘み取った。
「ああ……」
喪失感を抱く。
「よくやった」
蛙が僕を抱きしめてくれた。
ぬめぬめと湿っている。
胸が暖かくなる。
「帰ろう」
摘み取った花を黒箱に入れ、歩き出す。
隣で歩く牛頭の蛙を着た女を見る。
顔が見えない。だけど声音から。敵意はないとわかる。
森には虫の音と梟の鳴き声が響き渡っていた。
その音と、夜の冷たさ。暗さ。喪失感。不安。
そして隣の女の人。
ここが現実だとわかる。
さっきの情景が夢であったと、示すように。
「ほら」
牛頭の蛙を着た女が手を差し出してくれた。
僕はその手を握る。
安心する。
すごく暖かく湿っている。
でも…。
この人は誰だ?