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忌み子の翼 ~女盗賊、神様を盗む~  作者: かぼす
第3章:女盗賊、天使と相対する
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第5話:アタシはファリナセア様の下僕のパティでございます!


 ネズミの話だけでもうお腹いっぱいだったのに、知らなくていいことをまた一つ目にしてしまったようで、パティの胃は限界を迎えそうだった。

 原因は今、自分の手の中にある本。


「どうしてリリス様が……?」


 リリウムというタイトルのその本の表紙にはパティが知っている人物が描かれていた。

 パティは以前、リリス教という少女神を祀る教会のシスターをやっていた。その少女神とこの表紙の人物はあまりにも似ている。

 少女神は宗教名と同様リリスという名で、年に一度の降神祭の時にだけ姿を現していた。

 その時だけしか見ることはなかったが、でも確かにパティは神秘的な少女神の姿を覚えている。


「ああ、そっか。アンタにとってはリリス様なんだっけ」

「ネズミさん……? これは一体……?」

「アンタも知ってるっすよね。リリスは神父によって仕立て上げられたただの少女。リリス教が解体されたと同時に盗賊に攫われ姿を消した」


 それはライラックたちに巻き込まれ、その場に居合わせていたから知っている。

 神秘的な存在だとは思っていたけど、ただの少女だったと知らされた。

 ただの少女だったはずだ。


「けど、これ読んでくださいっす」


 ネズミは本のページをめくり、ある一節を指さした。

 震えた声でパティはその一節を読む。


「死から千年の時が経てば天使リリウムは蘇り、本当の意味でこの地の神となる」


 千年。パティはこの数字に聞き覚えがあった。パティが幼い時に千年祭という祭りが開催されていた記憶がある。

 創世神教には創世歴というものがあり、創世神教が誕生してからの年月を指す。その千年祭は創世歴千年の年に祝われたものだ。

 そして創世神教が誕生した年は天使リリウムが亡くなった年だという言い伝えもある。


「ネ、ネズミさん……今って創世歴何年でしたっけ? 千年祭から何年経ったんでしたっけ……?」

「千年祭から十数年経ってるっすね。そういえばリリスも十歳ちょっとくらいの見た目してるっすよね」

「はは……もう回りくどい言い方しないでくださいよ! え、ということはあれですか? リリス様は天使リリウム様の生まれ変わりなんですか?」


 天界の神は真の意味で我らを救うことはできない。

 天使は天界の神の哀れな傀儡に過ぎない。

 真に我らに救済の手を差し伸べることができるのは下界の、我らの地の神、リリス様のみである。

 ふと、パティはリリス教の教えを思い出した。


『死から千年の時が経てば天使リリウムは蘇り、本当の意味でこの地の神となる』


 もし、この本に書いてあることが事実なら、リリス教は正しかったことになる。

 だが、リリス教はもうない。リリスもどうなっているのかパティは知らない。


「オレも羽になって、羽の記憶で知ったんすけどね。……まぁ、そうっすね。リリスってのは天使リリウム様の生まれ変わりで、今はリリィとして、翼と一緒にいるっすよ」


「あら、何だか面白い話をしてるのね」


 後ろからゆったりとした声が響き、パティは思わず背筋が凍る。

 振り返らなくても誰かは分かった。


「アルストロメリア様、盗み聞きとははしたないですよ」

「盗み聞きなんて人聞きが悪いわ。わたしはただあなたが心配になっただけなのに」

「……本当によくそんな心にもないことスラスラと言えますね」


 早々にパティは逃げたい気持ちで一杯になるが、あまりの修羅場に恐怖で声もでない。

 

「そんなに怖がらなくていいのよ。安心して、わたしはあなたを殺さないわ、ファリナセア。だってわたしにとって羽は我が子同然なの。サルビアもコリウスも失って、あなたまでわたしは失いたくない。だから、ね? わたしの羽よ、どうかわたしのもとにいて?」

「……」

「それに、ね? あなたもアウルの羽の記憶からもう気づいているんでしょ? リリウムがもう生まれ変わってること。リリウムは神に……主に反逆する危険な存在だってこと」


 アルストロメリアはネズミに近づき、手を伸ばして彼の頬に触れる。

 その仕草は子どもをなだめる母親のようだが、パティにはどこか冷え切っているようにも見えてしまった。


「わたしの羽よ、どうかお願い。主に危険を及ぼすリリウムを、その翼たちを消してくれる?」


 アルストロメリアは自身の背中からはえた翼を広げ、ネズミを包む。

 本に囲まれた暗い書庫。仄かに灯るランプを手に持った青年と、そんな彼を翼で包み込む白金の天使。

 絵画にもなるようなどこか御伽噺めいた景色。何も知らない人が見たら、その物語の一ページの美しさに息を呑むだろう。

 だけど、パティは目の前の景色が怖くて仕方なかった。それはパティがもう知ってしまったから。


「ふざけるな! それはオマエらの都合だろ!? オマエらのその身勝手な理由なせいで、アッシュは、ロサは、オレの家族たちは沢山のものを失ったんだ!」


 ランプをアルストロメリアの翼に投げつけ、吠えるネズミは普段の彼から考えられないほど感情を露わにしていた。

 投げられた炎は翼に乗り移る。


「哀れだなアルストロメリア。オレに対するその感情も神に対する忠誠心もどうせ神によってつくられた天使としての機能だろ? 神の意思であって、オマエの意思はないんだろ?」

「わたしの意思……?」


 アルストロメリアがネズミへ向ける優しい言葉は本当かどうか分からないが、仮に本当だとしてもきっと彼女の本心からの言葉とはちょっと違う。

 ネズミ自身、羽になったことで能力といった身体の変化だけでなく、感情といった心の変化が起きていることも感じていた。自分を捨て駒のように扱ったアルストロメリアに対して強く憎しみを抱いていたのに、日が経つごとにその感情が減っている。まるで意図的にそうされている感覚。


「ぐあぁっ」


 突如ネズミの全身に耐えがたい熱が駆け回り、崩れ落ちた。反対にアルストロメリアの翼に纏わっていた炎が収束する。


「……ああ、ほんと、サルビアと違ってあなたはいけない子ね」


 悲し気な表情に呆れた声。熱が全身に巡るたび、アルストロメリアの挙動一つ一つに動揺し、胸が締め付けられる自分自身にファリナセアは絶望する。


「あ、ご、ごめんな、さい」


 気づけば勝手に口が動いていた。また捨てられたくなくてファリナセアは許しを請う。

 そんな彼を見て、アルストロメリアは満足そうに微笑み、手を伸ばそうとする。

 しかし、だ。


「申し訳ございませんー!!」


 まさにアルストロメリアの指がファリナセアに触れようとした直前、パティがスライディング土下座で滑り込んできた。


「じっ、じじじ実を申しますと、あたし、ふかーい事情がありまして、ネズ……ファリナセア様を石で殴って気絶させたことがありまして……しかもその後に羽に覚醒しちゃったもんだからもしかしたらそのせいでちょっとファリナセア様、頭がおかしくなってるんだと思います」

「ふぅん……どうして、わたしの羽を殴ったの?」

「ヒュッ……え、えとファリナセア様の前にライラ……翼が現れたからです!」

「へぇ、翼」

「翼はとても強い力を持っていて戦いになったらファリナセア様が死んでしまうと思いました。だから戦いが始まってしまう前に急いで気絶させました!」


 嘘は言っていない。ちょっと誤解のある言い方だが、嘘は言っていない。たぶん。


「へぇ、そう。ところで、あなたはファリナセアの何なの?」

「あ、はい! アタシはファリナセア様の下僕のパティでございます!」

「ふふっ、下僕って。ファリナセア、ほんと、あなた面白い子を連れてきたのね」


 しかし、パティの決死の説得が伝わったのか、アルストロメリアの気まぐれで心境が変わったのか、先ほどとは違う笑みをアルストロメリアは浮かべる。


「今日のところは分かったわ。あなたたちもこんな暗い場所でこそこそしてないで上に戻りなさい。これから羽への天界神教による教育が始まると思うから準備しておいてね」


 そう言ってアルストロメリアはランプの炎を戻し、パティに渡して書庫から出ていった。

 取り残されたのはネズミとパティ。


「……どうして、オレを助けた?」


 落ち着いてきたであろうネズミはまだふらついた足取りで起き上がり、パティに尋ねた。

 なぜわざわざアルストロメリアの行動を遮るようなことをしたのか。下手したらあの瞬間に命を奪われていたかもしれない。

 そんな正義感が彼女にはあったのだろうか?


「え、いや、だって今ネズミさんを失ったら、絶対無事に帰れないじゃないですか。ただでさえ今の状況でも絶望的なのに。あと、それになんかネズミさんを失って帰ってきたらライラックお嬢様にボコられる気がしたんで」


 ライラックのことを想像したのか身を震わせながらパティは説明する。言い訳にライラックを使ったのは別に怖くないのだろうか?と、疑問に思ったがそうではないらしい。


「ほらぁ、なんかネズミさんってロサさんと仲良いじゃないですか。で、ロサさんはライラックお嬢様と仲が良いですし。なんで助けなかったんだーとかお嬢様に怒られちゃいますよ」


 ぶつぶつ呟くパティを羽の能力で視ても嘘をついてはいなかった。

 本心からパティ自身の生存を考えた結果の言動なのだと分かってネズミは呆れる。


「なんだそりゃ。本当に自分のことしか考えてないっすね」

「当たり前じゃないですか。我が身が一番ですよ!」


 呆れるが、変に偽善をみせられるよりずっと信頼できるとネズミは思ってしまった。


「まぁ、そうっすね。お互い生き残るためにお互い利用してなんとか抜け出しましょうっすね」

「もちろんです!」


 お互い握手をし、二人は書庫を後にした。

 しかし、地上にでると神殿内はどこか騒然としていた。

 ふと玄関口にあるモニュメントを見ると破壊されている。


「なぁ、あれ壊れているが何があったんだ?」

「ファリナセア様、それが……アルストロメリア様が怒りで壊してしまって」


 近くにいた神官に声をかけたが、その返答に思わずネズミとパティは顔を合わせる。

 もしかして、先ほどのネズミたちのやりとりにまだ怒りが残っていたのだろうか?


「原因は先ほどモヌメントゥム独立王国から一報が届いたことで、その――」


 しかし、実際は違った。


「無翼の天使リリウム様の生まれ変わりを見つけたとのことです」


 ネズミやパティたちの意思に関係なく、今まさに大きな出来事が動き始めた。








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