第4話:生まれ変わり
リリィたちは現在、王宮を訪れていた。
出会って早々にこの国の王、オリバー・フォン・モヌメントゥムに王宮へ来るように招待されたのだ。
いくら神様をやっていたリリィでも、緊張はした。今まで足を運んだ街の中でも規模が遥かに大きい都市、そんなところを統治している王に招待されているのだ。
王宮だって今までリリィが訪れたどの建物よりも広大で、壮麗だった。
白亜の大理石と金の装飾を基調としつつ、大きな縦長の立ち並んでいる窓からは光が差し込み明るく照らす。上を見上げると芸術家たちが腕を振るったのであろう美しい翼をもった天使たちが描かれている。
しかし、どの天使もリリィが城下町の教会で見かけたアルストロメリアの姿とは異なる。
「ここに描かれている天使は天界の天使たちだ」
そんなリリィの心境に気づいたのか、前方を歩いていたオリバーは足を止め、振り返り、説明する。本来なら王本人ではなく別の者が王宮を案内するようだが、今回は王自らその役割を買って出た。
「モヌメントゥム王国は……とりわけこの王都では、各宗教の教えに背くもの以外は基本的にあらゆる芸術作品を創造することを許容している」
出会った直後のときは打って変わって、オリバーは実に丁寧にリリィたちに語り掛ける。
「ここは歴史と芸術の都。宗教の違いによって歴史を、芸術を否定することはあってはならない」
「じゃあ、この天井に描かれた天使も歴史上の何かなのか……ですか?」
盗人であるのに真正面から王宮に招かれているからだろうか。そもそも格式高いところに緊張しているのか、居心地悪そうにしながらもロサは疑問を口にする。
「無論。ここの天界の天使は暗黒時代前……天使リリウム様が世界を救うずっと前の時代を描いたものだ」
創世神教も天界神教も誕生する前の話。
神がいて、神が魔獣を創り、人を創り、天使を創った時代の話。
「王宮にある絵画は芸術品は宗教ができるずっと前の神の時代……神話のものをおいている。宗教に寛容でいるためには、王は人々の前では宗教に対して中立であらねばならない。……あらねばならないのだが、同時に王は歴史を芸術を守る上で時に例外の行動もとる必要がある」
オリバーは真剣な瞳でリリィを見つめ、跪いた。
「……その例外がわたしなんですね?」
「そうです。リリウム様……いや、今はリリィ様とお呼びした方がいいでしょうか?」
「……というより、実感が湧きません。あなたからの態度もどう反応していいか……」
天使リリウム様。
オリバーはリリィをそう呼んだ。貴女は偉大な天使リリウムなのだと言った。
嘘をついているようには思えない。だが同時に、信じることができなかった。
リリィは神として人の前に立ち、導いたことがある。
だけど、あの頃はただそれしか選択肢がなくて、それだけが正しいのだと思って、何一つ疑うことなく神父が用意した小さな箱庭で生きていた。
今は違う。
箱庭から飛び出して、世界に触れた。他者を知った。
無垢な神様だったあの頃のリリィはもういない。
だからこそリリィは今自分の身に起きていることがどれほど責任が重く、どれほど大きな出来事か、昔よりは分かるようになったから、素直にはいそうですかと頷くことができなかった。
目の前にいるこの男の存在だってそうだ。
一国の王が、強い意志をもった壮齢の男が、畏怖の眼差しを向けながら恭しく接している事実を呑み込めないでいる。
翼であるライラックでもロサでもない。羽であるコリウスやサルビアでもない。
ただの少女になった自分に、だ。
「それもそうでしょうな。……ふむ、貴殿が自覚するために見せたいものがあります」
オリバーはついてくるようにと言わんばかりに再び歩を進める。
「先ほど説明したようにこの国は原則、各宗教の教えに背く芸術は許していない。創世神教の場合、天使リリウム様の望みに従っている。そのため彼女の絵画を描く者はいない。街のどこにも彼女の容姿を描いたものはない。それが彼女の望みだったから」
創世神教と天界神教の芸術の違いがあるとするなら偶像崇拝が許されているかどうかである。
彼が言うように芸術溢れた王都を見て回っていた時も、創世神教の教会はあれどその中には天使リリウムと思われるものも、人の形をしている翼もなかった。
創世神教では天使リリウムや人としての翼の容姿を描くことは許されていない。
それは天使リリウムがそれを望んでいたからである。
「天使リリウム様はこの世界を救うことは望んでいたが、讃えられることは望んでいなかった」
しかし、いくら姿かたちは残っていなくても、人々の目に触れることはなくても、天使リリウムが成したことはあまりにも大きすぎた。
「もうこの世にはいなくても、手を差し伸べることができなくても、自身の偶像があればきっと人々は忘れることなく架空の自分に縋ってしまう。それを懸念していた」
今でも人々は創世神教を通してリリウムに縋っている。心の拠り所にしている。
「……だけど、私の祖先、初代王は天使リリウム様の望みを一度だけ断った」
オリバーはいくつもの錠のついた扉を開け、上の階へと昇っていく。階段は螺旋状となっており、随分と続いている。
「初代王は天使リリウム様と救世の旅を共にしていた過去がある」
彼が階段を昇る中、口にしたのはある男の昔話だった。
「神から翼を奪われ、地上に堕とされた血だらけのリリウム様を見つけ、共に翼を探し、共に全ての魔獣たちを滅する時間を隣で過ごしていたらしい」
それは人々が知る天使リリウムの知らない話。
もしかしたら、天使リリウムには相応しくないと判断され消された過去なのだろうか。
オリバーのこの一言でまとめられた事実に一体どれだけの時間が、想いが本来込められていたのだろうか。
でも、きっと今を生きるリリィには知りえないこと。
階段を昇り終え、大きな扉の前にリリィたちは立っていた。
「この先の部屋は天使リリウムの友として初代王が残した最後の我儘だ」
苦楽を共にした友が、世界を救うために己を犠牲にしたあの子が、誰にも覚えられることなくこの世を去ってしまうのはあんまりだ。そんな男がただの自己満足で、エゴで残したもの。
「本来、この国の王しか立ち入ることは許されない場所。でも、貴殿らは別だ。いいや、見るべきだ」
気づけばリリィの手には温もりがあった。ラーレがリリィの手を握っていたのだ。
いつの間にか冷えていたリリィの手をラーレは優しく包む。
「リリィ」
ラーレはリリィの名前を呼ぶ。
どんな考えがあってラーレがそうしたのかは分からない。
けれど、名前を呼んでもらった。それだけで十分だった。
浮足立っていたリリィは地に足ついて、自分の意志で扉を開ける。
扉の先にあったのはこの世で最も美しく、この世で最も切ない絵画。
色褪せることはなく、窓からの降り注がれる光さえも芸術の一つになっていて息を呑む。
でも息を呑んだのはその絵画の美しさだけではない。
澱み一つない月明りの光を掬い取ったかのような長い白銀の髪と瞳。
少女の体躯とは裏腹にあまりにも慈愛に満ちた眼差し。
どこか浮世離れしたその絵画の人物は知らないはずなのに、酷く見覚えのある存在だった。
それもそのはず。
「この絵画の題名は天使リリウムだ」
絵画の中の天使リリウムはあまりにもリリィと同じだった。
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