第8話:◆神様は詠い続ける◆
神父様はリリスを守ってくれた。
神父様はリリスを助けてくれた。
神父様はリリスに居場所を、生きる理由を与えてくれた。
「さあ、リリス様、皆さんにその麗しいご尊顔を見せてあげてください」
だから、わたしは、リリスは、詠う。
こんなわたしでも、少しでも多く、誰かを救えるように。
願いを言葉にして、音に乗せて、救済をさえずる。
今日は降神祭。
わたしがリリスになった日。
リリスがこの世に降り立った日。
そして、リリスが人に救いの手を差し伸べる日。
主聖堂、祭壇にて、リリスは聖歌を口にする。
この歌は神父様が初めて教えてくれたもの。
年を重ねる毎にこれを聞きに来る人が増えてくる。
何かから解放されたように安らかに涙を零す人が増えてくる。
それを見て、わたしは思うのだ。
ああ、今年も一人でも多く救えることができたのだと。
悪魔と言われていたこともあったのに、笑っちゃうよね。
鐘の音がどこかで鳴り響く。
誰が鳴らしているのかも分からない、いつもの鐘の音とは違う特別な音。
この音を聞くたび、今年も降神祭が終わったのだとわたしは自覚する。
「リリス様、貴女は人々を導く神様です。リリウム様やアルストロメリア様とは違います。天界に依存する天使ではありません。リリス様は、紛れもなく、下界の……この地の神様です」
鐘の音が鳴り響いた後に神父様は言った。
リリスは神であると。
どこか遠い昔、奇跡を起こし、その身を犠牲にして人々を幸せにした無翼の天使様がいたらしい。
どこか遠い地、正義を掲げ、愚者を断罪し聖者に奇跡を施す有翼の天使様がいるらしい。
二人とも世界の人々を導く宗教の始まりにもなった尊い存在。
でも、リリスはそんな天使様たちよりも尊い存在なんだって。
本当かな? 本当かわたしには分からないけど、リリスは信じて神様でいなくちゃいけない。
人々が去った空っぽの主聖堂。わたしと神父様は今日を噛み締める。
月の静寂な光がステンドグラスに優しく色を灯す。
夜風が木々の香りを運んでくる。
ああ、わたしの今年のお役目が終わった。
また次の年に向けて、わたしは耐え忍ぶのだ。
「はい、神父様。来たる日まで、わたしは詠い続けます」
だから、わたしは、リリスはこれからも神様であり続けると、神父様に誓うのだ。