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忌み子の翼 ~女盗賊、神様を盗む~  作者: かぼす
第2章:女盗賊、聖戦に巻き込まれる
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第8話:女性枢機卿


 サルビア・アウルは現存する天界神教徒で唯一の女性枢機卿であった。

 それは彼女がアウル家の長女で、そして、羽であるからだ。


 同じ羽で、三大公爵家であるが、ルースター家と異なり、アウル家は天界神教、アルストロメリアと密接な関係であり、多くの聖職者を輩出している。

 ルースター家の羽は家を継ぐが、アウル家の羽は天界神教の元、アルストロメリアのお役に立つために聖職者、最終的には枢機卿になるよう代々決まっている。

 それゆえ、アウル家の羽はルースター家の羽以上に主従としての意識も強い。


 サルビアは羽になってからほとんどの時間をアウル家ではなく、アルストロメリアが生活しているペレグリナ大聖堂で、アルストロメリアの隣で過ごしてきた。

 そんな人生の大半の時間をアルストロメリアの隣で過ごしてきた彼女は、今、主から離れ、天界神教にとって敵地の場所に立っている。



 かつての創世神教の主要都市アスプロ。



 サルビアはそんなアスプロへの窓口ともなる港町にいた。

 彼女の目的は天界神教のアスプロへの正式な統治。


 数十年前の聖戦で天界神教はアスプロ、正確に言うとアスプロを統治していたフェネクス家に戦いを挑み、滅ぼした。以降、無秩序な廃都市と化したアスプロを放置していたが、此度、アウル家が管理することに決まった。

 気まぐれなのか、何か思うことがあったのかは分からないが、アルストロメリアが唐突にアスプロを天界神教の支配下におきたいと言い始めたからだ。


「まったく、我が主も困った方です」


 サルビアは今は隣にいない主への愚痴を零した。今回アルストロメリアの発言に大きく振り回されたのは彼女だ。


 黒縁メガネの奥で眩くサファイアの瞳、温かみのある茶色の長い髪。サルビアは人形のような可憐で可愛らしい容姿をして、童顔故に幼く見えるので、騙されてしまう者が多いが、彼女は大人のレディであるし、性格は極寒の如く冷たい。

 主バカではあるが、基本的に正論であれば容赦なく主に異を唱える。冷めた目で淡々と。


 天界神教で一番偉い、大陸で一番力をもった天使に対して到底できる振る舞いではないが、サルビアは構わずやるのである。


 聖堂内にいる周りの枢機卿たちは若い女性であるサルビアが枢機卿という立ち位置にいるのを快く思っていないものもいるが、アルストロメリアの無茶ぶりに意見できる唯一の人物というのもあって口を挟めずにいる。また、アルストロメリアがサルビアをいたく気に入っているのも大きい。


 ではそんなサルビアがなぜ主から離れて、アスプロの統治の指揮を執っているのだろうか。

 アウル家が管理するというのなら、サルビアの父、アウル家当主の方が適切だろう。サルビアはアウル家出身といえど、羽で枢機卿という立場上、所属は天界神教、ペレグリナ大聖堂になる。



 答えは彼女の能力を行使する必要があるからだ。



 サルビアの羽としての能力は二つある。その一つが「眠り」の力で、あらゆる情報、事実を眠らせ、隠すことができる。

 あらためて統治することになると漏れてはいけない情報が明るみに出てしまう。それを誤魔化さないといけない。

 聖戦という名目でフェネクス家を滅ぼした際、天界神教側が犯した罪や、フェネクス家が抱えていた創世神教側への有益な情報……。そういった不都合がアスプロには沢山あり、統治していく最中で、サルビアはそれらを収集、隠蔽していくのだ。


『どうしてサルビアが行くの? アウルの子に頼めばいいじゃない?』


 だというのにサルビアが出発する直前までアルストロメリアはごねていた。

 事の発端だというのにサルビアが自分の元から離れるのがお気に召さなかったらしい。


『アルストロメリア様、駄々をこねるのはやめてください。皆さん困っています。そもそもアルストロメリア様がアスプロ統治をご命令したじゃないですか』

『ええ、したわ。だってリリウムの大切な翼の都市、欲しいもの。だけど、サルビアが行くなんて聞いてないわ』

『それは貴女と先代が派手にやって、後始末もろくにしないからですよ。あそこには色々と面倒なものが残りすぎてます』

『だってぇ、フェネクスを壊せば十分だと思ったんだもの』

『……はぁ、一通りの作業が終われば父に引継ぎをしますので、それまでは大人しく待っていてくださいね』


 わめく主を適当に流して、ペレグリナ大聖堂を後にしたのを思い出す。

 さて、今頃主は不貞腐れながら怠惰な生活をおくっているだろう。

 少しでも早く帰還できるようにアスプロに向かい、業務を遂行しなければならない。


 ……だというのに、待ち合わせを予定していた同僚が来ない。


 コリウス・ルースター。

 アルストロメリアを支えるもう一つの羽で、サルビアの仕事仲間で同僚。


 過ごした時間はアルストロメリアほどとはいかないが、家族以上ではある。

 とはいってもサルビアからすればうるさい鶏という印象しかない。そもそも彼女にとって世界は主であるアルストロメリア中心に回っている。アルストロメリアに比べたら彼はただの他人でしかない。


 そんなコリウスも同行するのはサルビアの盾代わりとしてだ。

 羽の力もあるし、統治するための騎士も多く引き連れてはいるが、万が一のこともある。なにせアスプロは創世神教の元主要都市。天界神教に恨みを覚えている者も少なくはない。

 そういった懸念もあるためか、アルストロメリアは頑丈が取り柄のコリウスをサルビアの守り捨て駒として使わせた。


 だが、コリウスは来る気配もない。いっそのこと置いて行ってしまおうか。

 そんなことを考えていたが、ふと視界に見覚えのあるひどく懐かしいものが目に入った。


 幼い頃は屋敷で見かけたが、いつの間にかいなくなっていたとても不遇な存在。

 思わずサルビアはその影を追いかける。

 気づいた護衛の者が止まるようにと声をかけているのを無視して、人ごみへと入る。

 路地裏へと入るとぼろついたフードを深くかぶった人影は止まり、振り返る。

 温かみのある茶色の髪に、オリーブグリーンの瞳。


「ああ、やっぱり貴方でしたか、ファ――」

「お久しぶりです、サルビア様。失礼を承知の上ですが、その名で呼ぶのはやめていただけませんでしょうか? もうそれは随分と前に捨てたものなので」


 薄汚れた身なりとは正反対で男は指先まで洗礼された動作で一礼し、あまりにも綺麗な笑顔をはっ付けてサルビアを拒絶した。


「……そうなんですね、失礼いたしました。ではなんとお呼びすればいいでしょうか?」

「ネズミです。ただのネズミ。オレはもうアウル家の者じゃないので」


 かつての暗い表情をしていた少年がもうここにはいないのだと、変わったのだと、コリウスほど敏感ではないがサルビアは感じた。

 ネズミを名乗ってから、口調、纏う空気、動作一つさえ彼はサルビアの知る少年の面影を消した。どれが彼の本質かは分からない。

 その変容ぶりにサルビアは動揺する。今回ばかりは感情があまり表にでない自分の仏頂面に感謝した。


「では、ネズミ、貴方はどうしてここに? もし、アスプロに行くようでしたら引き返してください」


 アウル家の者ではもうないと彼は言っている。だからこそもう彼にはこれからアウル家が起こそうとしていることに巻き込むべきではないと、巻き込みたくないとサルビアは思った。


「……どうして、アスプロにオレが行くことを懸念するんすか?」

「それはこれからアウル家が、天界神教が、統治するからです。少なからず争いも起こりますし、醜いものも沢山溢れ出てくるかと思います」

「…………」

「貴方を巻き込みたくない。もう、貴方は居場所を見つけたのでしょう? アウル家とは関わりたくないのでしょう? 大切なものを守るためにもここから離れるのが適切です」


 風が揺れる。路地に生えた木々が波打ち、影を落とす。

 ふと、サルビアは昔を思い出した。屋敷の庭園、誰も見つけてくれなさそうな木々の影に幼いネズミが隠れていたことを。たまたま屋敷の窓から見つけてしまった自分はそれを見なかったことにした。彼の環境や立場、苦しみを見なかったことにした。

 だからせめて今回は――


「ああ、サルビア様! ここにいたのですね! 勝手に行動なさらないでください」


 後ろから声が響き渡った。

 サルビアが後ろを振り返ると、急いで追ってきたであろう護衛の騎士が焦った表情で向かってきていた。


「すみません。以降は慎みます」

「御身がご無事なら問題ありませんが、気を付けてくださいね。……それでここでは何をしていらしたんですか?」

「ああ、ちょうど彼と……あら?」


 アウル家の護衛の騎士だからネズミのことも知っているかもしれない。ネズミ自身は嫌がるかもしれないが、彼が不審がられるよりはマシだ。

 そう思いサルビアが振り返り、ネズミを紹介しようとするが目に映るのは行き止まりの壁。

 そこにはネズミの影もなく、誰もいなかった。




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