第7話:歪み
それは突然起こった。
声にならない叫びをあげるロサ。
彼女は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。
つい先ほどまでいつも通りの時間を過ごしていた。
これは風邪や病気ではない。怪我ではない。
前兆なんてものはなく、その変化はオレらの世界を壊し始めた。
ロサは痛みから逃れるように、恐怖から逃れるように、必死で地べたを這いずり、何かを吐き出すように叫ぶ。
そんな緊急事態だというのにオレも含め誰もロサに手を差し伸べなかった。心配で駆けよらなかった。いや、できなかった。
オレたちは家族が苦しんでいるのに何もしない薄情者でも、臆病者でもない。
今この瞬間、ロサに触れては、ロサの邪魔をしてはいけないと身体が、本能が許してくれなかったんだ。
オレはこの現象を知っている。この現象を見たことがある。
ロサは生まれ変わっているのだ。
人ではない別の何かになっているのだ。
部外者であるオレたちは彼女の誕生を邪魔するなんて愚かなことはしてはいけない。
ああ、なんでロサなんだ。なんでオレの家族なんだ。
沸々と怒りが湧き上がってくる。
ロサは選ばれたのだ。
栄誉あるものに、人柱に、選ばれたのだ。
『ハ、ハハッ、ああそうか。そうなのか』
そんなロサをみて嗤っている者が一人いた。
自暴自棄な嗤い声だった。
ロサの身に何が起きているのか分からない者がほとんどな中、そいつはオレと同じように知っているようだった。
『ああ、なんでロサ、オマエなんだ』
アッシュもオレと同じようなことを呟いた。
なんで、どうして、と。
受け入れがたい事実で、でも、受け入れるしかなくて。
行き場のない気持ちを持て余している。
別の何かに変わり果て、気絶したロサ。
みんなが戸惑う中、アッシュだけは迷うことなく彼女に近づき抱きかかえた。
ロサは、オレたちの妹は、人間ではない別の何かに、翼になってしまった。
フェネクス家の消えたはずの片翼になってしまった。
そして、ロサを中心にアッシュも、緋色の翼も歪み、変わり始めたのだ。




