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忌み子の翼 ~女盗賊、神様を盗む~  作者: かぼす
第2章:女盗賊、聖戦に巻き込まれる
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第6話:痛みと少しの懐かしさと嬉しさ


 陸からの乾いた風と海からのひんやりとした風がリリィ達を歓迎する。

 長い船旅の末、目的地の中間地点ではあるが、大陸の南の港町についたのだ。

 照りつける太陽は思った以上に眩しくて、リリィは目を細めながら周囲を見渡す。


「随分と活気がある港町ですね」

「まー活気があって人が多い分、スリにも気を付けろよな」

「いや、それをあなたが言いますか」

「アタシだから言うんだよ」

「ロサ、リリィ、話しているところすまない。荷物を盗もうとしている少年を捕まえたのだが、彼をどうすればいい?」


 ロサとリリィが振り返ると、少年の腕を掴んだライラックがいた。


「さっそくスリ被害に遭ってるじゃないですか。ちゃんとしてくださいよ、ロサ」

「え? アタシのせいなのか?」

「ロサ、自身を責める必要はない。今回狙われたのは別の者の荷物だ」


 ライラックが指さす方へ目を向ける。そこには持ち主不在の荷物が何点も置いてある。


「あんなん盗んでくださいって言ってるようなもんじゃねーか! それにたぶんあれは貴族のもんだ。きっと他の奴らも狙ってる! だから手ぇ放せよ!」


 ライラックに腕を掴まれている少年は腕を振ろうと暴れる。しかし、ライラックの力に敵うはずもなく、逃れることはできない。


「これは、どうしたもんか……」


 ロサはため息をつきながら、荷物を見る。少年の言い分は分かるから悩ましい。

 そもそもこういった荷物を放置する側の方が不用心なのだ。盗まれても仕方ない。というか間違いなく盗まれる。

 現に少年以外もちらほら狙っているであろう奴らがいるのが分かる。


 他人の荷物をわざわざ気にするライラックの方が稀だ。

 むしろ盗人側からしてみれば本人でもないのにわざわざ人が狙っているものを守るのはあまり褒められた行為ではない。

 いちおうライラックもロサの旅の仲間であるのだから盗賊にはかわりない。というより、こういった盗人のマナーは教えたはずではあるが……。

 同じ盗人同士であるから、邪魔して悪かったと少年の手を離すべきだろう。しかし、この地域の子どもの盗人なら少し話が違う。


「おい、ボウズ。アンタ、緋色の翼の人間か? もしそうだとしたら狙う相手はちがうんじゃねーか?」


 大人は分からないが、この周辺地域の身寄りのない子どもたちは緋色の翼に所属していることがほとんどだ。子どもでもちゃんと生きていけるように教えたり、フォローしたりしている。

 そして緋色の翼は力のある義賊でもある。それゆえ一般市民から一定の支持があり、一部の街は除くが、歓迎されている。


 しかしそれは義賊として狙う相手を選んでいるからである。

 日常茶飯事で盗んだり、力を振りかざすようなことはしない。例外はあったりするが盗む相手やものは精査した上で決めている。


 ばつが悪そうな顔で少年はロサから目を逸らす。どうやら緋色の翼に所属しているらしい少年はロサのその指摘に心当たりがあるようだ。


「分かってるけど……なんでオマエがえらそーに緋色の翼を語るんだよ」

「まあ、アンタからしたらアタシはもう部外者かもしれねーけど、盗む相手を間違えたり、勝手なことをしてると火種に繋がって、大切なもん失っちまうこともあんだよ」


 緋色の翼の前身となる組織ではそれが原因で沢山のものを失った過去がある。

今は緋色の翼から抜けてしまったもののその過去を経験しているロサにとっては見逃せなかったのだ。


「あと、まぁ、緋色の翼にはカッコよくいてほしいっていうアタシのエゴだな」

「……アンタは緋色の翼にいた人間なのか?」

「ちょっと前に世話になっていただけさ。……ってことで、ライラック、そのガキを放してくれねーか。たぶん反省してるし、もうやらねーから」


 ライラックは少年の腕を放す。

 少年は戸惑いつつもロサに頭を下げて人混みの中へと消えていった。


「見逃すなんてお人好しですね。というか、彼、緋色の翼に所属しているみたいですし、いいんですか?」

「ああ。案内とかしてもらわなくてもどこに行けばいいか分かってるから問題ないさ」


 それで、とリリィの質問に答えたロサはライラックの方へ視線を向ける。


「んで、どーしてライラックはこの荷物を守ったんだ?」

「いや、この紋章に見覚えあってな……」


 紋章。荷物には鶏と花が添えられた紋章の刺繍がある。

 どこぞの貴族の家紋かなにかだろうか?


「アンタが貴族の時に知り合った奴とかのか?」

「たぶんそうだと思うな」

「でも、貴族のライラックって、表向きでは亡くなっていることになっているんですよね。なら、この持ち主に会う前にここから離れた方がいいんじゃないですか?」


 リリィの言い分ももっともだ。いくらライラックが貴族時代から見た目も変わり、顔を忘れられる性質であろうとも、万が一のことがある。

 だが、それも時すでに遅し。

 元気のいい青年の声が響いた。


「すみません……! その荷物、オレのです! って、あれ、貴女は……っ!」


 栗色の短い髪に朝焼け色の三白眼。中肉中背の美形でもない、比較的普通のなぜだか親近感を覚える容姿。

 目が合ったライラックは再会を喜び微笑む。


「久しぶりだな、コリウス」


 コリウス・ルースター。

 お人好しな愚か者。しぶとい鶏。ルースター家の失敗作。彼をたらしめる言葉はいくつもあるが、結局のところ人々は彼の存在をこう呼ぶ。


 有翼の天使アルストロメリアの羽。


「まさかこんなところで再会するとは。ライラック嬢、元気そうで良かった」

「それはこちらの台詞だ。よく生きてたな」

「貴女に殺されかけた時は死ぬかとは思ったが、あいにくこの身体は頑丈なものなんでね」


 かつてのライラックの婚約者であり、友人であり、殺しかけた相手。

 創世神教を信仰するライラックにとって、天界神教側のコリウスは敵対するべき相手ではあるが、協力し合う関係になったりと色々あったため不思議な絆がうまれていた。

 だから、会話は若干物騒ではあるが二人はそれなりに再会を喜び合っていた。


「たしか貴女は、」

「アタシはロサ。あの時の盗人さ」

「……うん。あの時は感謝している。オレはコリウス。ライラックと同様にただのコリウスとして接してくれると助かる」

「アタシも貴族様相手にちゃんとした態度はとれねーからそうさせてもらうわ。よろしくな、コリウス」


 コリウスはロサの差し出された手を握り握手を交わす。そして、ロサの後ろに警戒するように隠れていたリリィに気づき、驚きの表情を浮かべる。


「この子はいったい」

「ライラック、ロサ、誰ですかこの人。なんか、じろじろ視線がいやらしいです」

「え、」

「コリウス、貴方、リリィまで手を出そうとしているのか?」

「え?」

「ほー、リリィまでってことは他にも色々やらかしてたってことだよな?」

「そうだな。そもそも彼は好いている女性がいると言っているのに、私と婚約したり、あと妹が女性関係はろくでもない奴だと言っていた」


 コリウスは冷や汗が止まらなくなる。

 本当にコリウスにとってはただの濡れ衣である。


 リリィの言う視線は『目覚め』の力によるものだ。コリウスがもつ羽の特殊な力で、視てると色々なことが解る。彼は初対面相手には無意識にそれを使ってしまう。

 基本的に視られる側も何か感じることはないはずだが、リリィが異常なまでに鋭かったのだろう、不快なものとして感じ取ってしまった。


 あと、女性関係がろくでもない奴というのは、ライラックを慕っている妹のメイエリが当時お見合い中だったコリウスを追い出すために使った嘘である。こちらに関してはコリウスも完全に身に覚えのない風評被害でたまったもんじゃない。


「いや、待て待て待て! それは誤解だ!」

「見苦しいぞ、コリウス。甘んじて私の拳を受け入れろ」

「受け入れろって、だからオレはなにもグホェッ」


 弁明も空しく、拳をくらうコリウス。

 蔑んだリリィの視線と、ドン引きしているロサ。あらぬ誤解を与えてしまったが、それはそれと別として、以前と変わらぬライラックの拳の力強さに痛みと少しの懐かしさと嬉しさをコリウスは覚えてしまっていた。





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