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第21話:ただのライラック


 ライラックが大人しくなった。


 ハシドイは夢でも見ているのではないかと自分を疑った。

 先ほどまで、怒り狂うライラックを止められる者はいないとハシドイは途方に暮れていた。

 結局ライラックを救えず追いつめてしまったこと、コリウスを命の危険にさらしてしまったこと、その全てが己の不甲斐なさで起きてしまったのだと。


 だが、ロサと名乗る一人の女盗賊の登場によって変わったのだ。




「私を連れて行ってくれないか?」



 

 ロサと目が合った瞬間、ライラックがそう呟いたのだ。

 思わず、無意識に出てきた言葉だったようで、ライラックは自分自身の言葉に動揺もしたが、取り消すことはしなかった。


 そんな彼女の言葉を真っ直ぐに受け止め、ロサはライラックの手を取った。

 自分では成しえることができなかったその光景にハシドイは一抹の悲しさを抱えつつも、自分のするべきことを、与えられた役割を思い出す。

 まずはこの盗人だ。


「貴女は緋色の翼の……?」


 このタイミングで現れる盗賊。ハシドイは身に覚えがあった。自身が依頼した義賊、緋色の翼。急な予定変更もあり、現れないと思ったが、彼女がその義賊の一味なのだろうか。

 しかし、ハシドイの問いにロサは嫌そうに顔を歪める。


「は? アタシはちげーよ。一緒にしないでくれるか」


 どうやら違うらしい。ならこれ以上話題にするのはよくないと思い、視線をライラックへと向ける。腹を括る番だ。


「……ライラック、今後レイヴン家を名乗るな。今、この瞬間をもってライラック・レイヴンは死んだ」


 突き放す言い方にはなるが、ライラックをしがらみから解き放つには大事なことだった。


「婚姻が決まり、慌ただしくなり、警備が疎かになっている中、盗賊が現れライラック・レイヴンを殺害、遺体を持ち去る。婚約者を守ろうとしたコリウス・ルースターは重傷を負う」


 口にするのはでたらめなシナリオ。だけど、ハシドイはこれを事実にする覚悟で言う。


「だからここからすぐに立ち去れ」

「何を言って……じゃあ、翼はどうするんだ!?」


 どんなに解き放とうしてもライラックは翼から逃れられない。思わず願いを口にし、ロサの手を取ってしまったが、無理なのをライラックは苦しいほど理解している。

 翼になってからずっと実感してたものだ。ハシドイの嘘のシナリオには限界がある。


「な、ら……ハシドイ、殿が翼にしてしまえばいい」


 だが、その泥舟に乗るものがもう一人いた。ライラックはそんな愚か者の方へ振り向き、ハシドイは彼の名前を呼ぶ。


「コリウス殿……?」


 血だらけのコリウスがふらつきながら立ち上がる。


「翼であるライラック嬢が亡くなったとすれば、次の翼が誕生するだけ。それがハシドイ殿ということにすればいい」


 だが、すでに彼の傷は塞がり、血は止まっていた。


「羽であるオレが証言、する」


 なぜならコリウス・ルースターは羽だからだ。


「ライラック嬢はまだ翼としての力を完全に把握してないようだが、オレはアウル家……もう一人の羽から教えてもらったし、代々教育も受けているから把握している」


 コリウスは目を閉じ、一呼吸する。彼がこれから言うのは口外無用のことだから。アルストロメリアともう一人の羽と一部の一族の者しか知ってはいけないもの。


「オレの能力の一つは『目覚め』の力だ。視てると色々解ってしまうんだ」


 それ故、ルースターの羽は交渉や取引などといった場で重宝される。だが、コリウスはお人好しのせいで、視てしまった分だけ手を差し伸べてしまう。一族から見ると無駄なことを沢山してしまい、役立たずの烙印を押されてしまった。


「他の羽や翼は感覚的に同類と認識するみたいだが、オレの場合は明確に解る」


 今回もこんな機密事項を話してしまっているのも、これからやろうとしているのも、そんなお人好しでお節介ゆえのことだ。

 おもむろにコリウスは視線をロサに向けた。自分には関係ないと話を聞いていなかったロサは、コリウスと目が合い慌てて頷く。

 その反応で満足したのか、はたまた何か視えていたのか、コリウスは微笑み、視線をハシドイへと向ける。


「だから、うん。ハシドイ殿、貴方を翼として仕立て上げることができる」

「俺にピエロになれと言うのか?」

「翼になれば正式にレイヴン家当主になれる。それに当主になった貴方が、父親のしてきたことを公言すれば血を流さずとも黙らせることができるだろう?」


 だが……と、コリウスは真っ直ぐな瞳でハシドイを見つめる。


「羽と同様、翼であることは沢山のものを背負うことになる。沢山のものに縛られることになる。しかも貴方は偽物だが本物でなくてはいけない。その覚悟があるのか?」

「覚悟はある」


 迷いのない声だった。


「翼になる覚悟はもうずっと前からあった。面倒事が多少増えただけだ。問題ない」


 誰よりも誇り高く、堂々とハシドイはピエロであることを望んだ。

 それが彼なりのやり方だった。


「だから、ライラック。好きなところへ羽ばたいていけ」


 ハシドイはライラックに向かって微笑む。

 その様子を黙っていたロサが頭を掻きながら話しに入る。


「何かよく分からねーけど、いい感じに話がまとまったし。アタシはライラックをこのまま盗んで問題ないってことだな!」

「ロサ、でしたっけ? 貴女に関してもうまく情報を操作しておくので、まあ、気にせずライラックを連れて行ってください」


 ロサは翼を殺めた大罪人という設定で進められることになるが、ただの盗人には配慮しなくて大丈夫だろう。後を追ってきた兵士に殺された……とかにするのもいい。


「そりゃどーも。じゃあ、ライラック、行くぞ」

「……分かった。その前に、ロサ、貴女が身に着けているそのナイフを貸してもらってもいいか?」

「別にいいけど、変なことに使うなよ?」

「貴女が危惧しているようなことはしないから安心してほしい」


 ロサから受け取ったナイフを手に持ちながら、ライラックはコリウスに顔を向ける。


「コリウス、先ほどはすまなかった。やはり私は貴方との結婚は嫌なようだ。とはいえ、貴方がライラック・レイヴンの友になってくれて良かった。ありがとう」

「ナイフ持ってその言葉は説得力なくて怖いぞ。あと仕方ないとはいえ、オレだって嫌だ。……まあ、友人としては良かったよ」


 そして、ライラックはハシドイへ向かう。彼と、ここにはいない妹へ言葉を伝える。


「……貴方たちがライラック・レイヴンの家族になってくれて良かった。ありがとう」


 ハシドイは一瞬、顔を歪ませたが目を閉じ微笑みながら頷いた。

 うん。伝えるべきことは伝えた。

 ライラックは結んでいた髪を振りほどき、ナイフを当てる。



 美しい夜が舞う。髪が散る。

 ライラックは長く伸びた艶やかな夜の髪を切ったのだ。






「ライラック・レイヴンは死んだ。私はただのライラックだ」






 どこまでも無邪気にライラックは微笑んだ。

 今、自分の手で自分を殺したというのにあまりにも嬉しそうに笑うのだからロサもつられて笑ってしまう。

 同時に舞い散る髪を見てもう一つ大切なことを思い出し、あるものを取り出す。


「あぶねぇ、忘れるところだった」


 メイエリのリボンだ。机に置いておけば、もしかしたら、メイエリの手に渡るかもしれない。


「それは……」


 しかし、この場においてリボンの存在に反応する者が一人。


「なんだ、ライラック、これが気に入ったのか? 本当の持ち主に届くかわからねぇし、それまでアンタが預かっておくか?」


 結局、メイエリには会えなかった。確実に彼女の手に渡るとは限らない。雑なロサよりも会うまではライラックが持っているのもいいかもしれない。そんな考えでロサは提案する。


「いや、やめとく。ここに残しておくといい」


 ライラックは切った自分の髪を触りながら誇らしげに笑う。


「それに、髪が短い私には似合わないんだ」

「そっか、ならいっか」


 あらためて、ロサはライラックの前に立ち、手を差し伸べた。

 もう、旅の準備は、飛ぶ準備はできている。







「準備はできたか、ライラック?」

「ああ、もちろん!」







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