第15話:さあ、約束を守りに行こう
自分でもバカなことをしている。ロサは思う。
ロサは現在無一文になっていた。
原因はこれ。
ロサは手の中にある刺繍が施されたリボンを見る。
メイエリの大切な宝物。
昨日、メイエリが子どもに盗られてしまったもの。
どうにかロサは見つけることができたが、それは路地裏にある買取屋に引き取られ、商品として陳列されていた。
もともとそういった奴らのためにある買取屋。並んでいるのは全て盗まれたものたちで、これは盗まれたものだからと騒ぎ立ててはいけないのが暗黙の了解。同時にどんなものでも金さえ払えば文句は言われない。
できれば早々に盗んだ相手を見つけて取り返すのが手っ取り早いが、しばらくたった後だと売られているのがほとんどだ。取り返すのが目的ならわざわざ盗んだ相手を見つけてやり返すことはしない。探し物を探すことに専念するのが先だ。
ロサも同じ盗人で幼少期はそれでなんとか生きていたから、盗んだ子どもたちに仕返しをしようとは考えなかった。
その結果が無一文。
繊細で珍しい刺繍は貴族にウケがいいらしく、リボンにしては高めの値段に設定。貴族にとっては何でもない額でも、ロサにとってその値段はここ何日もかけて稼いだ金をはたいても足りない。
普段ならお金の方が大事なので早々に諦めるが、約束をしたから投げ出さなかった。
交渉して粘って粘って粘った末にロサは所持金を全て手放して手に入れた。
「はぁ……アタシはほんと何をやってんだか」
思わず愚痴が零れる。自分の馬鹿さ加減に呆れてしまう。
ロサはいつもメイエリと合流するところで待っていた。早く、本人にこの宝物を返してあげたかった。
だけど、メイエリは姿を見せない。
『ロサ、お別れしましょう。この街で会ったメイエリという人間のことを忘れてください。誰にも言わないでください』
うん、分かっている。メイエリがもう来ないことは。
分かってはいても大切な物を受け取りにまた来てほしかった。
『ええ、ロサなら取り戻せるってわたくしも信じています。だけど、うん。貴女にしばらく預けますわ』
大切なものを預けるなんてしないでほしかった。さよならなんてしないでほしかった。
ロサは今まで沢山の仲間が、友が、消えていくのを見てきた。
この街よりももっとずっと治安が悪い場所で、子供だけで身を寄せ合って生きていくのは限界があった。ロサは運が良かっただけ。出会ってきた大半はロサたちに大切なものを託してこの世を去った。
『それでは、ロサ、さようなら』
あの時とは状況が違う。メイエリはたぶん死ぬわけではない。
でも、どうしてもロサは結びつけてしまう。
「生きてんだからちゃんと取りに来いよ……」
ロサは山の上に佇んでいる大きな屋敷を睨む。
レイヴン邸。
ロサが盗もうとしているレイヴン家の秘宝がある場所。そして、メイエリがいると思われる場所。
『わたくしといつも合流している場所の近くの空き家。あそこはレイヴン家に繋がる通路がありますわ』
街で聞いた情報では、レイヴン家の者で、表に現れたことがあるのは前当主と現当主、そして現当主の息子であるハシドイという青年のみだった。メイエリはいない。
『通路は途中二つに分かれます。本邸と別邸。秘宝は別邸の一番高い部屋』
だけど、メイエリはきっとその屋敷にいる。
結局メイエリは自分が何者なのかは詳しく話さなかったし、ロサも詮索はしなかった。
だからメイエリは屋敷でどういう扱いを受けているのか、どういった立場なのかも分からない。
ロサも人のことは言えないかもしれないが、メイエリについて知らないことだらけだ。
『ロサ、お別れしましょう。この街で会ったメイエリという人間のことを忘れてください。誰にも言わないでください』
たぶん友人として振る舞うことも許されない。盗人のロサが、レイヴン家の秘宝を狙っているロサが友と分かればメイエリに危害が加わりかねない。
だが、メイエリはロサが秘宝を盗むことを応援してくれた。望んでいた。理由は分からない。
「なら、もう、盗みに行くしかないよな」
もしかしたら、メイエリの嘘かもしれない。
もしかしたら、ロサを捕まえる罠かもしれない。
どうみても怪しい。危険だ。
『なら、ロサ、約束して。その秘宝は誰にも奪われないでください。貴女がこれから盗もうとしているのはそれこそ替えのきかないもの。だから、大切にしてほしいのです』
でも、約束したのだ。信じるのだ。
ロサはメイエリのことをよく知らない。知らないがロサの中で友である事実は変わらない。
手の中にあるリボンを強く握る。
メイエリの友としてではだめ。ただの盗人としてこのリボンを屋敷に置き忘れるくらいなら許されるだろう。
さあ、返しに行こう。
さあ、盗みに行こう。
さあ、約束を守りに行こう。
盗人ロサは不敵に微笑んだ。




