第11話:本当にオレたちは結婚するべきなのですか?
『一か月やる。それであれに追い出されなかったら婚姻の儀を進めよう』
胸糞悪い時間だった。
コリウスは黒いどろどろとした感情を渦巻くのを感じながらライラックがいるレイヴン家の別邸の廊下を歩いていた。
ライラックやハシドイの父にあたり、レイヴン家現当主。ジェイ・レイヴン。つい先ほどまでコリウスは帰ってきたジェイに呼ばれ、挨拶をし、ライラックとの顔合わせのことを報告していた。
『ただあれには何も言うな。面倒なことになる。何安心しろ、婚姻しさえすればあれはお前のものだ。好きに使っても構わない』
彼の言葉は娘を送り出す父の言葉ではない。まるで道具のようにしかライラックを見ていないようだった。
ライラックやコリウスたちのような「翼」と「羽」を受け継ぐ者たちは特別で、一家総出で支えるものだとコリウスは今まで思っていた。だけど、ライラックの場合は違う。むしろ他の兄妹よりも扱いが酷い。
なぜ、翼であるライラックが軟禁に近い形で、しかも、レイヴン家から追い出すようなことをするのだろうか? 元々レイヴン家は翼の継承者が当主になると聞いていた。
ジェイ・レイヴンは翼ではない。数年前に前当主であり、翼を継承している者が重い病気で伏せていると発表され、息子であるジェイが代わりに当主を引き継いだ。
だけど、羽であるコリウスだから分かる。レイヴン家の翼はライラックだ。では、病気に伏せているはずの前当主は亡くなっていることになる。
本来当主になるべきものが誕生しているのにどうして隠す? そこまでして当主の座がほしいのか? だが、ジェイ・レイヴンの政治手腕はいいものではない。ハシドイの方がよっぽど相応しい。それはジェイ本人も耳に届いているのではないか?
「……まさか」
コリウスは足を止め、呆然と呟く。
「ジェイ・レイヴンはわざとレイヴン家と創世神教の衰退を狙っているのか……?」
わけがわからない。本当に当主がすることなのか? だが、ジェイの行いはそういう風にしか感じられない。あの冷え切った目には自身の家や、宗教、家族さえも映っていない。
とはいえ、天界神教側であるコリウスにとっては嬉しい出来事のはずだ。対立する宗教を支える柱が勝手に弱っていくのだから。主であるアルストロメリアを喜ぶだろう。
「本当にそれでいいのか?」
しかし、コリウス自身には迷いがあった。コリウスがこれからするのはとどめを刺すようなことだ。レイヴン家から創世神教にとって大事な翼を奪う。天界神教側として栄誉ある行いになるであろう。だが、正しい行いにも思えなかった。
「そこの鶏、廊下のど真ん中に立っていては邪魔ですので、どいてくださる?」
ライラックに似た、だが、少し高めの声、棘のある言葉。コリウスが声のした方へと振り返るとそこには貼り付けたかのようなどこか胡散臭い笑みを浮かべている少女がいた。
「えっと……貴女は?」
「あら、女性に名を聞くのは自分の名を名乗ってからではなくて?」
「……失礼いたしました。自分はコリウス・ルースターです。貴女のお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「仕方ありませんわ。わたくしはレイヴン家の次女、メイエリ・レイヴン。以後お見知りおきを」
メイエリ・レイヴン。姉であるライラック・レイヴンと違い、綺麗よりも可愛さがある容姿。ベクトルは違えど、やはりレイヴン家の者なだけあって目が惹かれる美貌だ。
とはいえ、いくら容姿が良くても、己に攻撃的な姿勢をみせる相手は喜ばしくない。
「そうだ、メイエリ嬢。自分はこれからライラック嬢のところへと行きたいのですが、如何せん行き方が分からず……彼女のところへ案内してくれませんか?」
「お姉様のところへ? わたくしでさえ、お姉様に会うのを制限されてますのに、来たばかりの貴方が毎日会おうだなんておこがましくはありませんこと?」
「……はぁ、って言われても、オレは自分の主と、君らのお父様に言われてやってんだ。私情関係なく、オレはライラック嬢と結婚する必要がある」
どんなに丁寧な態度をとっても敵視され、嫌味を言われる。わざわざ取り繕っても難癖付けられるのだから、どうでもよくなり、普段の彼で接することにした。
あと、年下であるメイエリにまでバカにされたのが癇に障ったのもある。
だが、メイエリの攻撃は止まらない。
「やはりお姉様への愛はなく、お姉様の体が目的ですのね!」
「いや、まてまてまて! その言い方は語弊があるだろう!」
「確かにお姉様は聡明で優しく、美しいですわ。魅力的なのも十分理解できますわ。ですが、鶏程度の貴方がお姉様に手を出すなんて不釣り合いですわ!」
「美しいのは事実だが、聡明さも優しさも感じなかったぞ!?」
「では、やはり体しか興味ないと!」
「だからなんでそうなる!?」
コリウスは頭を抱える。会話が成り立たない。レイヴン家の者たちは皆、揃いも揃って話を聞かない一族なのだろうか? いや、まだ、辛うじてハシドイは会話が成り立つ。理不尽な怒りを向けてくるが。
でも、同時にコリウスは思う。ハシドイやメイエリのコリウスに対する反応はむしろ正常だとも言える。レイヴン家の血が流れる者たちはそういう風にできている。
創世神教を守るために、天使リリウムの遺志を継ぐために、『リリウムの翼』を支えるために。彼ら彼女らはそうやって現在に至るまで創世神教を創り上げてきた。
だから、創世神教を乗っ取ろうとする天界神教が、天界神教の一柱であるルースター家が、憎いのだろう。
コリウスの存在は彼ら彼女らにとって敵だ。敵意を向けてこないジェイ・レイヴンの方が異常なのだ。
「……それに、今はお兄様とお姉様がお会いになっているはずですわ。本当に仮に、貴方がお姉様に会いに行くのを許されているのでしたら、お兄様の後に行ってくださいませ」
メイエリは視線を窓の外へと移す。コリウスもつられるようにメイエリと同じ方へと視線を向けたら、
「ああ、ライラック! 我が愛しの妹! 今日この時間をどれほど待ち侘びたことか!」
庭園で妹に抱擁を求めるハシドイの姿があった。
会話の節々からライラックへの妹愛が強いだろうなと思っていたが、予想を上回る勢いでついコリウスは顔が引き攣ってしまった。
「ハシドイ・レイヴン、あれはオレが知ってる彼とは別人過ぎやしないか?」
「わたくしたちの前ではあれが通常運転ですの」
困り笑顔を浮かべながらメイエリはため息をつく。困ると言いつつも、まんざらではないようで、コリウスは微笑んだ。
「なるほど、本当に貴女方は仲が良いんだな」
本心だった。父親は無関心のようであるが、その子どもたちは違う。
仲が良いからこそ、ライラックを連れて行こうとするコリウスに対する当たりが強くなってしまうのだが、それでも構わないとコリウスは思ってしまった。
時に便利な道具として見られてしまう翼や羽にとって、真っ直ぐに愛情や温もりをくれる存在は必要で、大切だ。
だからやはり思ってしまう。
「我が主人よ、本当にオレたちは結婚するべきなのですか? 何か別の方法があるのではないのですか?」
ここにはいない自身の主人にコリウスは問いかけた。




