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忌み子の翼 ~女盗賊、神様を盗む~  作者: かぼす
第1章:女盗賊、神様を盗む
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第3話:怪しい奴はとりあえず蹴り飛ばせ


 ライラックとロサは現在、山賊を倒したお礼として酒場の店主に宿屋の代わりに使ってもいいというということから、そこを拠点に宿屋街へ一時滞在していた。



 滞在期間中は次の旅先決めと情報収集に勤しんだ。

 情報を集めるのに酒場は都合がよく、ただ短気で能筋なライラックには相性は良くないので、ロサは酒場、ライラックは街中の散策と役割を分担していた。


 そして今日もまたロサは酒場にて情報を集めているところであったが、


「よぉ、姐さん! 美味しい情報もってきたっすよ!」


「断る」


「なんでだよ! ちょっとくらい聞いたっていいじゃないっすか!?」



 酒場に入るや否や、酒にも料理にも目もくれず、男が一人一目散にロサのところへ駆け寄り、声をかけてきた。


 人当たりの良さそうな快活な笑みを向ける青年。一見、下心もなさそうな無害そうな男ではあるが、ロサは舌打ちをしながら彼を睨む。


「というより、ネズミ。アンタはどうやってアタシがここにいるって知った? あいつは知っているのか?」


 男、ネズミはやれやれというかのように肩をすくめて、ロサの隣に座る。


「いーや、旦那にはまだ伝えてない。それにひどいなぁ。『緋色の翼』の情報屋であるオレの実力をもう忘れたんすか、姐さん?」


 ロサにしか聞こえない程度に声を潜め、ネズミは先ほどの爽やかな笑みとは打って変わって影のある笑みを浮かべた。



 『緋色の翼』は親や頼る大人がいなかった幼い子どもたちが生き抜くためにつくった家族のような居場所。

 そして、かつてロサが身を置いていた賊の名前。



 一人でも生き抜く力を身に付けたのと、何より大きくなった『緋色の翼』の在り方に疑問を抱いてしまったロサは反対の声を押し切ってそこから離れた。ロサにとっては家のような居場所だったが、大切だからこその決断だった。


 だが、それを認めていない『緋色の翼』の頭でありネズミのいうところの旦那が度々団員を使ってはロサを連れ戻すように指示している。

 最後に会った場所から随分と離れて、完全に行方をくらませたかと思ったが、どうやらうまくいかなかったらしい。


「はぁ……忘れてねぇよ。んで、あいつに伝えてないってことはアタシになにかさせたいってことだろ?」


「ご名答。ちょっとオレの手に余る情報があってね。旦那には悪いが、今回は見逃す代わりに手を貸してほしいっす。報酬は弾むぜ」


「手に余る情報……。それって『緋色の翼』が動けない内容ってことかい?」


 ロサの問いにネズミはため息をつきながら頷く。


「まあ、な。前回同様に宗教がちょっと絡んでる。『緋色の翼』の名前を出すわけにもいかないんす」


「はー大変だな。大きくなるといろんなところに目をつけられて」


 無宗教でかつ、興味のないロサにとって、それは違う世界の話しのようで、子どもたちだけでつくった集団が世界を導く宗教に目をつけられるほどになるとは随分と遠くへいってしまったものである。


 思想に力がつけばどんなに若手の集団であろうとも、宗教にとっては危険因子なのだろうか。

 だから個人で動いているロサがちょうどいいのだ。


「とは言っても、噂で聞いた感じ、姐さんも相棒をみつけたようだし。これを受けるかどうかは相棒と相談してからでいいっすよ」


「相棒?」


 ネズミの言葉に一瞬疑問を浮かべるがすぐにロサは理解する。

 ロサにとって相棒はそれこそ『緋色の翼』の頭である男だった。幼い頃から苦楽を共にして戦ってきた存在。しかし、今はそうか、ライラックが相棒の席に座っているのか。



 ……いや、やはりしっくりとこない。



 出会った時は運命的なものを感じたが、ライラックはロサの思う相棒像とはどこか違う。


「いやーそれにしても姐さんが旦那以外に相棒をつくるとは思ってなかったっす。もし、これを知ったら姐さんが死んだと報告を受けた時みたいに発狂しそうっすね」


「……え? アタシ、死んだことになってんの?」


 初耳である。


 ロサの驚きにネズミは「やべ」と口を抑えて明後日の方を向く。


「おいおい、アタシが死んでるってどういうことだ? ネズミ、詳しく聞かせてくれないか?」


 ロサはにらみを利かせながら詰め寄る。強面の男ほどではないが、眉間に皺を寄せて圧をかけると強気な女性ならではの迫力がでて、思わずネズミは「ヒェ」と鳴き声をあげる。


「えっと……前回のレイヴン公爵家の一件で姐さんが消息不明になったから、てっきりあの連中に殺られたものと思われてたんすよ」


 前回……といっても、随分前にはなるが、ロサはネズミ経由の依頼で、ある貴族の宝を盗むことになっていた。

 ロサは学もなく、歴史も貴族のことも知らないが、どうやら忍び込んだところは由緒正しき名家だったようだ。

 どうりで忍び込むのにも手こずったわけだとロサは納得する。


「賊が侵入したが、排除した……って、公爵家は言ってたみたいっすが、結局は嘘だったってわけっすね」


 一人の少女に家の秘宝を盗まれた。確かにこの事実をそのまま流すのは問題だ。名家として、面目丸つぶれは避けたかったのだろう。



「というか、ネズミ。そもそもさっき言ってた相棒がそのレイヴン家だっけか?の宝だぞ」



「……え?」



 ネズミが固まる。まるで時が止まったのではないかというくらい。


 ロサはその反応を見て少し優越感に浸る。『緋色の翼』に所属していたころからネズミはロサの知らないことを沢山知っていて、ロサに散々自慢した過去がある。ネズミが知らない情報を先にロサが言ったのは初めてではないだろうか?


 と、ロサがニヤニヤしながら見ていたが、それも一瞬。ネズミは顔を青くし、手ですぐさまロサの口を塞ぎ、耳元で小さな声で囁く。


「それ以上この話をここでするのはやめたほうがいいっす。誰かに聞かれでもしたら……姐さん、別室に移動、」


 これはまずい。ロサは焦る。心配するのは自分ではなく、ネズミだ。

 ロサの発言で動転しているのか、ネズミは普段一定間隔を保っている距離を無視して密接するようにロサの口を手で塞いでいる。


 傍から見れば恋人たちとの戯れにも見えるが、中途半端にロサを知る者からするとどう見えるだろうか? ロサが口説かれているか、下手をすると襲われているようにも見えてしまう。


 それこそ、もし、彼女が見たら―


「あぶねっ!」


 遅かった。ロサとネズミの間をしなやかな脚が横切る。あまりの早さで、ロサの前髪はぶわっと舞い上がる。しかし、前髪だけで他のものは飛んでいない。流石はネズミ。ただのごろつきと違って、危険を察知して身体をのけぞり、突然の攻撃をかわした。


 だが、


「甘い」


 襲撃者は器用にも体を回転し、そのままの勢いで踵からネズミの胸ごと地面へ叩き潰す。


「ぐふぉぁっ!?」


 ロサの目の前からネズミが消える。見事に地べたに激突することになったネズミだが、これだけでは終わらない。



 ガッシャーンッ!!



 この光景この前も見たな……と、ロサは放物線を描いて店の壁にキスするネズミを眺めながら思う。今回ばかりは店主に迷惑ばかりかけている気がするので申し訳なく思う。



「さて、厄介そうな奴も殴ったことだし……ご飯食べるぞ、ロサ!」



 いや、ご飯食べるぞ……って。ロサはため息をつく。


 レイヴン家の秘宝であり、ロサの現相棒であるライラックは、蹴り飛ばしたネズミのことなど気にせずに微笑んだ。







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