第20話:◇もう、戻ることは赦されない◇
『君が■■■なのかい?』
村から離れた森の奥、独りの悪魔がそこにいた。
いや、これは悪魔でも、人でもない。
泥で薄汚れても、その輝きを失わない白銀の髪と瞳。
他の人とは違う特異な色。
ああ、確かに普通の色しか持たない、普通の色しか知らないこの村で、その色は毒であっただろう。
しかし、村はこの色を、これを悪魔と呼ぶべきではなかった。
私はこの色を知っている。
この色を持っていた唯一の存在を知っている。
始まりの天使リリウム。
ペレグリナ大聖堂図書館に埋もれていた禁書に記載されていた天使の容姿。
それと一致していた。
では彼女は天使……いや、始まりの天使リリウムなのだろうか?
しかし、村の者たちが言っていた。白い悪魔は兄の子であると。
本当なのだろうか?
兄もそうであるが、聞いたところ、兄の妻となった人も普通の色だったらしい。
私の問いに無言で頷く白いそれに、問いを続ける。
『お父さんとお母さんは?』
事前に聞いて分かり切っていることではあるが、直接確認してみたかった。
だけど、返ってきたものは答えではなかった。
『ぅ……ぁ、あ』
言葉にすらならない鳴き声をそれはあげる。どうやら話すことすらできないらしい。
私の言葉を理解はしているようだが、会話は成立しない。
成立しないが、見れば見るほど分かってしまう。
仕草、容姿は、兄の面影を感じてしまう。
色、纏う雰囲気は、天使リリウムと重ねてしまう。
かつては世界を導いた大天使のはずなのになんて哀れなのだろうか。
同時に仕方ないことだと思ってしまう。
なぜなら彼女は兄を死へと導いた要因の一つだから。
『……そう、か』
私は思いつく、思いついてしまう。
目の前の彼女は、私と同じで悪魔と呼ばれ嫌われた存在。
目の前の彼女は、天使リリウムの生まれ変わりと思われる敬うべき存在。
目の前の彼女は、兄を殺した私の忌むべき存在。
殺してはいけない。それなら苦しみ続けてほしい。
のっぺりとした笑顔を貼り付けて、手を差し出した。
『弱い自分が憎い。村の人が憎い。……全てが憎い。もし全てを変えるだけの力があったら君はどうする?』
これは私の言葉だろうか? 彼女への言葉だろうか?
もう誰の、誰へのか分からない言葉が勝手に出てくる。
『私だったら何をしてでも手に入れる。これは戦いだ。大丈夫、正義は我々にある。聖戦だ』
熱風で首に下げられたロザリアが揺れた。タイミング良くムシの使役が消えた。ああ、村ではきっとお互いを燃やし始めたのだろう。
『さぁ、一緒にいこう』
そして、彼女は私の手を握ってしまった。
『契約成立だ。■■■、君は今、この瞬間死に、新しく生まれ変わる』
存在を奪う。殺す。利用する。
離すものか。離すものか。離すものか。
『ああ! なんて、めでたい! 今、この瞬間、嫌われ者は死に、人々を導き、好かれ、敬われる尊き存在が生まれた! 門出だ! ―だから、この村を焼き払ってしまおう』
憎い存在はこれで、これで、全部いなくなる。
あとは世界へ復讐するだけだ。
『そうだ……貴女様には新しい名前が必要ですね』
まずは人柱だ。
最大の障害は生きた天使だ。
大丈夫、こちらにも天使はいる。
……ううん。それよりももっと尊い存在だ。
天界の天使ではない。下界に生まれた、我々の聖なる存在だ。
『名前は……うん、リリス。リリスだ』
その存在に名前を付ける。
名前が付いて別の何かが今この瞬間できあがる。
『さあ、リリス様、この間違いだらけの世界をあるべき姿に正していきましょう!』
もう、戻ることは赦されない。




