第1話:食べ物の恨みは拳で返す
とある宿屋街の酒場にて女が二人、盃を交わしていた。
一人は泡の立った琥珀色の麦の酒を豪快に飲み、目の前に並べられた料理をそれはそれは美味しそうに口にしていた。
向かい合わせに座るもう一人はルージュのような美しさをもつ色をした葡萄の酒を上品に飲み干し、こちらも上品に、しかし異常な速さで淡々と料理を平らげていた。
これだけ見れば少し変わった組み合わせの二人がただ夕食を食べているだけになるだろう。
しかし、だ。彼女たちの周り、酒場内では、酔っぱらった荒くれ者たちが乱闘騒ぎを起こしていた。
だというのに二人は気にせず食事を続ける。もう女子供は逃げ出して避難しているというのに。
「なぁ、ライラック。しれっとした顔でアタシの肉を食べんじゃねぇーよ」
「この世は弱肉強食と私は貴女から教わったんだが、ロサ? 私はそれを実行しているまでだ」
先に声を上げたのは麦の酒を飲んでいた女、ロサだった。内容はこの乱闘騒ぎについてではなく、相方に対するいちゃもんだ。
彼女の一つにまとめられた波打つ黄金の髪は動物の尻尾のように揺れる。肌は北方の国に位置するこの街では珍しい茶褐色。
しかし、それ以上に彼女には人目を惹くものがある。瞳だ。
つり上がった目尻、長いまつげに縁どられたルビーの瞳は思わずため息がでてしまう美しさ。
……だが、この宝石は品がなかった。
椅子にふんぞり返り、獣のような形相で目の前の相手を威嚇する姿はまるで野良猫。
「アタシがそういう意味で言ったんじゃねぇの分かるだろ」
では、ロサが野良猫ならもう一人の、葡萄の酒を何杯も飲む女、ライラックは飼い主だろうか?
首元まで切り揃えられた夜空のような艶やかな紺色の髪。色白なシルクの肌。夕闇を切り取ったアメジストの切長な目。
ロサと同様に珍しい瞳の色を持ちつつ、ライラックは所作一つ一つは高位の貴族と言っても遜色ないほど完璧。
しかし、品はあれど、彼女は飼い主というにはあまりにも社会性が欠けている。
「よぉよぉ、ねーちゃんたち、喧嘩すんなよ。せっかくのべっぴんなお顔がもったいねぇ。どうだ? オレたちと一緒にのまねぇか?」
乱闘の中で特に大暴れしていた筋肉の塊のような大男がロサとライラックに話しかけてきた。気さくな笑顔を向けているが、空いている席に座った時点で断る選択肢を与えてはいない。
だが、ロサはそれに臆することなく大男と会話を始める。
「なんだよ、おっさん。飯代おごってくれるのか?」
「おっさんとはひでぇな。なぁに、オレたちはここの常連。店主にはいつもよくしてもらっているのさ」
大男が厨房に隠れていた店主と思われる男性に笑顔を向けた。店主の怯えた反応を見るに、とてもそうは思えない。
「つーことで、ほら、そっちのねーちゃんもずっと食べてねーで、楽しくおしゃべりしよーじゃねぇか」
そう言って大男は今まさに肉を食べようとしていたライラックからそれを取り上げ、自身の口にいれ、そして、吹っ飛んでいった。
顔面に拳を一発。ためらいもなく、当然とばかりに自然な動作でライラックが殴り飛ばした。
ガッシャーンッ!!
大男は綺麗に放物線を描き、店の端で頭から着地する。
さっきまで騒がしかった店内は一瞬で静まり、視線は気絶した大男へと向けられる。
誰がこの厄介な怪力を仕留めた?
暴れるのに夢中になっていた者たちは店内にいるであろう謎の強者に畏怖し動けないでいる。そんな中、ブーツの音を鳴らしながらライラックはのびた大男の前に仁王立ちし、淡々と話しかけた。
「おい、貴様。いつ、誰が、私の肉を食べていいと言った」
「いや、それ、もとはアタシの肉だし。あと、おっさん気絶してるから聞こえてねぇよ」
大男を吹き飛ばしたのはライラックだ。食べ物の恨みは恐ろしいもので、男に考える余地も、謝罪する余地も与えないままライラックは殴ったのだ。
いったいどこからそんな馬鹿力が出ているのか今だにロサも不思議ではあるが、いちいちライラックの言動に付き合っていたら身が持たないのを学んだので、気にもせず話しを進める。
「おい、ライラック。アンタのせいで色々壊れちまったじゃねーか。食事代に加えて修理費もかかるぞ」
「それは、この男が悪い。私は正当防衛をしたまでだ」
「先に手を出してたのはアンタだろ……」
ロサとライラックは乱闘を起こしていた荒くれ者たち、正確には大男が引き連れてきた下っ端たちに向かって振り返る。
「んで、こいつの連れはいったい誰なんだい?」
その日以降、宿屋街を荒らしていた山賊たちは姿を消した。
追い払ったのは二人の女という噂が流れたが、信じたものはあまりいなかった。
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