第16話:◇崩れていく。崩れていく。◇
私は奇跡を手に入れた。力を手に入れた。
あのいかれた村を変えることができる。
兄を守ることができる。
温かいあの場所に戻ることができる。
そう思えるだけで、今まで、我慢することができた。苦しみを乗り越えることができた。
私は私を失ってしまったけれど、大丈夫だった。うん、何もおかしくなってはいない。
馬車から降り立ち、久しぶりに故郷へと足を踏み入れる。
異物を拒む視線、どこからか聞こえてくる陰口、相変わらずの光景にため息が出る。
権威を示す天界神教の上位神職者を示すローブと護衛のために雇い手なずけた兵士がいるおかげか、手出しはされなかったが良い気はしない。
だけど、そんなことより、たった一人の家族に会える事実の方が大きくてどうでもよかった。
兄はどう思うだろうか?
一生戻ってこないと思っていた肉親が帰ってくるのだ。
驚くだろうか?
喜ぶだろうか?
……それとも、悲しむだろうか?
そうだ。私は兄と一緒に時間を過ごした私ではない。別の何かになっている。
私自身は何も変わっていないと思っているが、兄は何か感じてしまうかもしれない。
こいつは自分の弟ではないと。
そんなことを兄に言われてしまったら自分はどうなってしまうのだろうか?
今まで感じたことのない恐れだった。
兄にまで拒絶されてしまったら、私はどうなってしまうのだろうか?
いや、仮にそう感じてしまったとしても、兄は私を受け入れてくれるはずだ。
一瞬浮かび上がった気の迷いを振り切って、私は兄がいるであろう我が家へと向かう。
兄と過ごした大切な場所。
私の帰る場所。
どんなに村の人に罵られようともここだけは私の安らぎであった。
ドアノブに手をかけ、扉を開ける。
待っているのは少し驚いた表情をするであろう兄――のはずだった。
「……え?」
目の前に広がるのは壊され、使い物にならなくなったうす暗い廃屋。
「神父様、お待たせして申し訳ありません。この村の村長です」
私の中に残っていた思い出たちが音をたてて崩れていく。
「もしかして悪魔狩りでここを訪れたのですかね? たしかにかつてここには悪魔が暮らし、こともあろうかそいつを匿う輩もいました」
崩れていく。崩れていく。
「ですが、ご安心ください。我々が責任をもってそやつらを始末しました」
大切な何かが崩れていく。




