〜Lv.9〜 天界への強制連行と就職試験③
「つまり、ガッロル君とアルちゃんは同一人物って事なのかい?」
ボクは、今ひとつ信じられないといった顔をしているレファスに対して深く頷いた。
頷きながら、テーブルの上に一枚だけ残されていたクッキーに手を伸ばすと、無意識のうちに口に放り込んでいた。
(あ! コレ美味し……って、そうじゃない!)
感化されている……
アルには喋らないよう言ったので、一見すると何も変わらない様に見えるだろうけど、精神的浸食による違和感がひどい。
早く元?に戻らなければ、と話を促すことにした。
「そういう事ですので、そろそろ仕事の話に移りませんか?」
「う、うん……」
さっきまで、饒舌に喋っていたレファスの口数が急に減ってしまった。
「……あ、いや、その前に確認したいんだけど、分身スキルは分身体の記憶と経験が本体に融合されて1人に戻るよね? となると、今が本来の姿なのかい?」
「一般的にはそうですが、ご覧の様に今ひとつ融合が上手くいっておりません。多少の影響は受けてしまいますが……そうですね……」
(う〜ん、どう言えばいいのかな……はっきり言って、ボク自身も分かっていないことが多いんだよね。なるべく分かりやすく伝えるには……)
どう説明すればいいか悩んでいたら、テーブルの上の飲みかけの紅茶が目についた。
(そうだ、これを使って……)
ボクはティーカップを手に取って、早速説明を始めた。
「たとえば、ボクがこのティーカップに入った紅茶だとします。本来の分身スキルでは、この紅茶を別の器に少し分けてまた戻す様なものですが、ボクの場合は……」
そう言って、ティーカップの上に手をかざした。
紅茶が静かに回り始め次第に色を無くしていき……最後には透明な水になった。
「このように分離された状態になってしまった……んだと思います」
一応、それらしく説明してみたが、これが正解なのかどうかはボク自身も分からない。
だからちょっと自信が持てなくて、弱気な感じが語尾に滲み出てしまった。
それでも、他に思い当たることもないので、この仮説で最後まで説明してしまおう。
「……で、こちらがアルの状態ですね」
カップの上にかざしていた手をギュッと握りこむと、その手をレファスに差し出した。
そっと開いた手のひらの上には、琥珀色をした小さな結晶が転がっている。
これはボクが極限まで凝縮して、もはや宝石と化してしまった紅茶の成分だ。
「元は同じものでしたが、こうして見た目も性質も違うものになった……ということだと思います。で、コレを元に戻そうとしても……」
ボクはその結晶をティーカップの中へ戻した。当然、宝石と化した結晶は溶けることなく、ティーカップの底でコロリと転がっている。
それだけでも良かったが、ボクはダメ押しとばかりにティースプーンでグルグルと、結構な勢いでかき回して見せた。
それでも、渦が落ち着いたティーカップの底には、先ほどと変わらぬ琥珀色の結晶が転がっている。
「この紅茶のように、ボクたちも融合できない状況が続いているんです。まあ、少しずつは融合しているのかもしれませんが」
そう言ってボクは現状説明を締めくくった。
「まあ、二人の状態は分かったよ。だとすると、これから少しずつ融合が進むと2人とは全く違う3人目が現れる可能性もあるよね? だから誓約書だけど、ガッロル君と、アルちゃんと、融合が進んだ状態の時の三人分の署名をしてくれるかな?」
ガッロルの署名が書かれた誓約書の署名欄を指差しながら、レファスがペンを差し出した。
「あ、私のサインも必要なのね? えへへっ、なんか新鮮! 変な感じ〜」
(ゥグッ! また女子っぽい言葉をっ……)
ペンを受け取ると、素早くアルが名前を記入した。
アルの口調で喋る自分に結構なダメージを受けたが、融合時の名前を考えることで気を逸らせることにした。
(融合状態……そんなの考えた事なかった。まぁ、基本的にはボクだからあんまり変わらないだろうけど。……ガッロルは今世限りの名前だし、アルはずっとボクのことをガーラって呼んでるから……ガーラ、アル、……アルガーラ……うん、コレでいいや)
二人の名前を組み合わせて、アルガーラと記入した。
「出来ました。コレでいいですか?」
ボクとアル、コロコロと2人が入れ変わる様子を、何とも言えない顔をして見ていたレファスに書類を差し出した。
「あ、うん。どれどれ……アル……ガー……ラ……?」
今まで、どこか飄々とした空気を纏っていたレファスが“アルガーラ”の名前を見た途端に表情を無くした。
「っ……何かありましたか? 名前が良くなかったですか?」
直ぐに書き直そうとソファーから腰を浮かせた。
「いっ、いや、コレでいいよ。うん、……いいと思う……いい名前だよ……」
手で座るように促されたが、レファスは表情の読めない顔で書類を見つめ続けていた。
「……レファス様?」
誓約書から顔を上げたレファスは、先程までの表情が何かの見間違いだったかのように、元のにこやかな笑顔を向けてきた。
「さあ、待たせたね。それじゃ仕事に関する詳細を話そうかな。フィオナ、君も一緒に聞いていなさい」
「はい」
壁際にいた不死鳥フィオナが歩み寄り、レファスを守護するようにその背後に控えた。
「さて、君たちに探してもらいたいのは下界に逃げた天界人、名前はギラファス。当時の姿はコレだけど、まあ、今は当てにならないかな」
テーブルの上に差し出された3Dホログラム装置には、冷たい眼差しをした神経質そうな壮年の男性が映し出されている。
背中の中ほどまで伸ばした輝きを放つ紫色の髪をした人物の姿は、下界ではかなり浮いて見えることだろう。
「まだ、天界が王制だった頃に宰相を務めていた男で、罪状は傷害に誘拐だよ。生まれたばかりの王女を攫って下界へ逃げたんだ」
どこかで聞いたことのある話に、体がピクリと反応してしまった。
「幸い、王女を保護することには成功したんだけど、さっきの話にも出たように、下界に大きな影響が出てしまってね。当時、その指揮を取っていた国王が責任を取る形で王を退いて王政の解体を行ったんだ。で、今の政治体制になったんだけど、ギラファスは未だ逃亡中で事件は未解決のままだったんだ」
王女は無事だが、犯人は未だ確保できていない……
ルアト王国と酷似している状況だ。
「ところがつい二日前、突然ルアト王国から天界人特有の神気を検知してね。捜査の結果、そこで神気同士の衝突が起こっていたことが分かったんだ」
レファスはここで一旦話を止めるとカップに手を伸ばした。
紅茶をひと口だけ飲むと、少しだけ表情を硬くして再び話し出した。
「で、君がここに呼ばれた理由に繋がるんだけど、君の亡くなった時間と場所が、神気の衝突現場とほぼ一致するんだよ。更に、君からギラファスの神気の残り香が認められた。……君、ギラファスと接触してるよ? 何か心当たりは無いかな?」
「えっ……?」
(あの時に……接触……?)
あまりの衝撃に思考が停止してしまったが……
「私は、ずっと眠ってたから分からないわ〜(ハッ!?)」
……緊張感の無いアルの言葉で、停止した思考が戻ってきた。
「そうなんだね、アルちゃん。君が怖い目に遭わずに済んでよかったよ。うん、じゃあガッロル君はどうかな?」
「えっ? あ、はい……」
心が騒ついていて思考が追いつきそうもなかったけれど、レファスに問いかけられて、ボクは当時の状況を思い出そうと努力した。
(神気の衝突……って事は、あの時にはもう神気に目覚めていたのかな? でも、何が?どうなって?……っ、いや、いったん落ち着こう)
ボクは一呼吸置くと、順序立てて考えてみることにした。
まずは、事件の概要から……
初め、ボクは砦内で事切れた。ここが神気の衝突現場だ。
衝突っていうからには、せめぎ合う何らかの力があったはず。
(衝突……つまり、力と力のぶつかり合い……考えられる可能性は……)
ボクが思い当たる力は、姫さまにかけたスキル『完全防御』くらいだ。
これを破ろうとしたのか? 姫さまを狙うトルカ教団? いや、ボクが襲撃を受けた現場は、砦からは距離があった。
やはり砦の中で?……まさか!
思い至った犯人像に冷や汗が止まらなくなった。
死の直前に近くにいたのは数名の部下。中でも最も近くにいたのは……
ボクは……救い出した姫さまを危険人物に託してしまったのでは……?
いや違う! アイツはそんな奴じゃない!……しかし……
「ガッロル君のその様子だと心当たりがあるみたいだね」
「い、いや! アイツは違う! きっと他の誰かだ!……っ、と……思います……」
心が騒ついていたせいで、荒れた口調になってしまった。
「うんうん、いいんだよ。それを確かめるために下界に行ってほしいってことなんだし」
レファスは、宥めるような優しい口調で、ボクの無礼な発言をサラリと受け流して許してくれた。
「すみません、取り乱しました。そうですよね、行ってみれば分かることですよね……」
ボクが力無い笑みを浮かべながら答えたその時、……
「ガーラ! 大丈夫よ! 今回は私がついてるわ!……って、アル……いま出てくる?」
……場の空気をぶち破るような満面の笑みでアルが告げた。
客観的に見ると、ボクはさっきから『一人二役』の大いなる独り言を言っている状態だ。
それに、統一性の無いその感情についていけなくて、ボクは右手を額に当ててガクッと項垂れた。
やはり……早めに元(?)に戻った方が良さそうだ。
「アル、誓約書に署名も済んだことだし、そろそろ体から出ておいで」
掌を上に向けて体内から呼び出そうとした……んだけど……
「えっ、もう? そんなのヤダッ! せっかく体に戻ってるのに! ガーラは私のこと追い出したいの? そんなに私が嫌いなの!?」
……アルに激しく拒否されてしまった。
正直、ここまで嫌がるとは思わなかった。
(こんなに体から離れたがらないなんて……もしかして、融合が進んでる……?)
アルは、元々スキルの力で作り出したボクの分身体。
分身のスキルは、本来なら全く同じ姿、思考を持っていて融合もスムーズに行われる。
しかし、転生を始めたばかりの頃、初めて『分身』のスキルを使って作ったアルは、性格も性別も全くの真逆で、融合も上手くいかなかった。
以来、霊界では妖精の姿で呼び出し、下界では体内で眠ってもらっている。
もちろんアルの事はとても大事に思っているが、それは自分の家族に向けるような感情であって、自分自身として認識するには抵抗があった。
だから、今までは転生の度に眠ってもらっていたのだ。
「アル、そんなに抵抗しないでよ……アルが嫌いなわけじゃなくて、ただ、その、……ボクの精神状態の問題だから」
「やっと、私のことを受け入れてくれたと思ったのに……私だって……私だって、今まで男の子の体でも受け入れて来たんだから、ガーラも受け入れてくれたっていいじゃない……」
悲しい感情を伝えてきたアルは、そう言ったきり静かになってしまった。
「ごめん、アル。でも、アルだって、今のこの体は嫌だろ? だから……」
そう言いかけた次の瞬間、急激にアルの存在感が弱くなっていくのが分かった。
「?……アル?……アル? えっ、アル!?」
必死の呼びかけにも全く答えない。こんなことは初めてで狼狽えてしまった。
ボクは胸に手を当てて、必死にアルの名前を呼び続けた。
「アル! アルッ! しっかりしろ! 返事しろっ!」
アルが、……アルは、このまま消えてしまうのでは……
そんな嫌な予感が脳裏をよぎる。
状況を把握したレファスが慌ててソファーから立ち上がり、傍らまで駆け寄るとボクの両肩を掴んでアルに呼びかけてくれた。
「えっ、アルちゃんっ!? どうしちゃったんだい!? アルちゃん!? 返事して!」
「わっ……分かったから!! このままでいいから、消えるな! 戻ってこい! そ、そうだ、アル。次の転生は女の子になってやるから! だからっ……」
呼び戻すことに夢中で、深く考えず咄嗟にアルの喜びそうな事を言った。
途端に、アルの意識が浮上してくるのが分かった。
「本当っ!? ガーラ! 今さら辞めたなんて言わないでよねっ!」
さっきまでの喪失感が嘘にようにアルが表に現れた。もしかして……隠れていただけだった?
「アルちゃん、大丈夫かい? 記憶が曖昧だったり、体調に変化は無いかい?」
心配そうに顔を覗き込んでくるレファスに対して、アルは目をパチクリさせると呑気な感じで答えた。
「ん〜、多分大丈夫。心配してくれてありがとう……」
そう言うと、アルは物言いたげに上目使いでじっとレファスを見つめている。
大丈夫そうなアルの様子に安堵したレファスは、穏やかな声でアルに問いかけた。
「ん? どうしたの、何か言いたいことでもあるのかな?」
「えへへ、こんなこと言ったら変かもだけど、なんだか、……お父さんがいたらこんな感じかな〜って思っちゃった」
肩をすくめて小首を傾げ、はにかんだ笑みを浮かべたアルの可愛いポーズが目に浮かぶ。
ただし、それをやっているのが自分だという事実から逃避したくて、ボクはただただ、心を無にして沈黙を貫くことにした。
「ああっ! アルちゃん! いいよ、いいよ、お父さんと呼んで! 今日からボクが君のお父さんだよ!」
レファスが、歓喜の声を上げながらアル(ガッロル)を抱きしめた。
◇◆◇◆◇
——その様子を静かに見守っていたフィオナは気付いていた。
この一連の騒動が、アルの計算の基に行なわれているということに——
(流石だわ……アルちゃんは男を手玉に取る小悪魔系女子ね! しかも、おじさまキラーだわ!)
アルの新たな能力が発覚した瞬間だった。
誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。
((。´・ω・)。´_ _))ペコリン