〜Lv.8〜 天界への強制連行と就職試験②
応接室に通されてから五分ほどが経過した。
「このクッキー、それなりにいけるわね〜」
お茶請けに出されたクッキーをほぼ一人で食べ切ったアルが、満足そうに服についた食べかすを叩いて落としている。
ボクはその様子を、何の気なしに頬杖をついて横目で眺めていたが、 二人分にしては結構な量が盛り付けられていたクッキーは、最後の一枚だけになってしまっている。
にも関わらず、相変わらずスラリとしたアルの体の一体どこに収まったのかと不思議に思う。
「ほら、ガーラも食べてみてよ」
「……ん、…………後でね……」
心ここに在らず……といった感じでおざなりな返事をしながら体を起こすと、ソファーの背もたれに身を預け、天井に描かれたシャンデリアの光の筋を見るとも無しに眺めた。
「ガーラ、そんなに転生したかったの?」
フワリと肩まで飛んできたアルが心配そうに聞いてきた。
「………………」
しかし、返事を返す気になれず、無言でアルの問いに答えた。
「 ……何とかしてあげよっか?」
抜け殻のように脱力していたボクの耳元で、アルがひっそりと囁いた。
(そりゃ、何とかなるのなら転生したいよ………………何とか……なるの?)
半信半疑にアルを見つめると、アルはどこから取り出したのか黄色いプレートを抱え上げていた。
「ジャーン!! これが何だかわかる〜?」
アルが持っていたのは、転生課に提出したはずの番号札だ。
もし、滞りなく手続き出来ていたとすれば、このプレートに次の転生情報を入力して専用の転移ゲートにセットし、そこを潜ることで転生が終了するはずだった。
「……っ!! これはっ、ア……アル! これ、どうしたんだ!? もしかして、黙って持ってきたんじゃ……」
「そんなことしないわ! ちゃんと職員から手渡してもらったもん」
少し口を尖らせて不満も露わに答えたその様子から、嘘はついていないように見えた。正式に返してもらったものならと安堵した。
「それに、転生情報は入力済みだからすぐ使えるのよ!」
どう? 私、凄いでしょ!……と、言ってアルは胸を張っている。
番号札を見てみると、半透明の黄色い番号札には[No.0005・入力済み]と表示されている。
「い、いつの間に……あっ、転生内容はどうしたんだ? 色々細かく設定しなきゃいけなかったはずだけど……」
「私にはよく分かんなかったから、前回のデータを参考にしてもらったの!」
「そ、そうなんだ……」
ランスが入力してくれたのなら、過去の転生データと照らし合わせてそつなく纏めてくれているだろう。きっと、変な事にはなっていないはずだ。
(て、転生してもいいのかな?…… でも、モリーに『転生は諦めて下さい!』ってキツく言われたばかりだし……でも、専用ゲートにこれをセットして潜るだけ……いや、ダメだ……でも……)
受け取った番号札を見つめては、誘惑に流されそうな感情を理性で止め、また悩むといったことを繰り返した。
ボクは、未だかつてないほど心を揺さぶられている……
考えがまとまらず頭を悩ませていた時……美しい彫刻が施された重厚な扉から軽快なノックの音が聞こえてきた。
ビクゥゥッ!! と、体が跳ねた。
……もちろん、後ろめたいことを考えていたからだけどね。
慌てて『亜空間』を開くと、そこへ番号札を投げ入れるようにして仕舞った。
心臓がバクバクと音を立てている……何だか凄く悪いことをしているような気分だ……
「っ、ゔゔんっ!…………はい、どうぞ」
裏返りそうになった声を咳払いで沈めてから返事をすると、なめらかに開かれた扉から1人の男性が入ってきた。
天界政府の高官が纏う腰丈のマントを翻しながら、足取りも軽やかに歩み寄ると正面のソファーにふわりと腰掛けた。
「やあやあ、お待たせ! よく来てくれたね。急に呼ばれてビックリしただろう?」
「初めましーー」
「 あ〜、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ? 楽にして」
挨拶をしようと立ち上がりかけたが、ニコニコと人好きのする笑顔を向けた人物に被せ気味に声を掛けられ、手で座るように促された。
(えっ、いいのかな?……この人、かなりの高官みたいだけど……)
どう振る舞うのが正解か……一瞬、躊躇ってしまったが、ヒラヒラと手を振り続ける高官職員の好意を無にするわけにもいかない。
ボクがおずおずと腰掛けると、それを待っていたかのように高官職員は軽やかに話し始めた。
「それにしても嬉しいなぁ〜、僕たちはずっと君のような存在が現れるのを待っていたんだからね。あ、自己紹介がまだだったね、僕はレファス。こう見えても天界政府の高官で、Lv. 化の政策を立ち上げた責任者なんだ」
「ボクはーー」
「それで、今日、ここまで来てもらった理由なんだけど、君にひとつ仕事を引き受けてもらいたくってね。え〜っと、どこから話そうかな〜。うん! まずは、Lv.化政策を始める事になったきっかけから!」
翠眼を細めて穏やかな笑みを浮かべた『レファス』と名乗った高官職員の男性が、とても地位のある人とは思えないようなお気楽な口調で、立板に水を流すようにドンドンと話を進め始めた。
「ちょっと昔の話になるんだけど、ある罪を犯した天界人が、天界の守りを破って下界に逃げてしまったことがあるんだ。僕たち天界人が行けばすぐに捕まえることはできるけど、そうすると、どうしてもやり過ぎちゃうんだよね。天界人同士でぶつかり合うと、スキルの衝撃波で下界そのものが無くなっちゃうから」
合いの手を入れることもできないほどの突然のマシンガントーク。
少し呆然としてしまったが、ハッと我に返ると急いでレファスの話に集中した。
何だかよく分からないけど、既に本題の話は始まっている。
情報量が多すぎて、少しでも聞き逃すと話について行けそうにないから、ボクは必死にレファスの話に耳を傾けだ。
「それで、そいつを捕まえようと結構な数の使徒を送り込んだんだけど、やっぱりスキル衝突の衝撃波が出てね。周囲に被害が出た上に、全員返り討ちに会っちゃってさ。その時は、下界の星がいくつかの消えちゃって大変だったんだ」
レファスは、苦笑いを浮かべながら軽く肩をすくめて見せた。
惑星の消滅という天文学的規模の話を、大量の食器を割ってしまった時のようなテンションで語る彼は、やはり天界の住人ということなのだろう。
穏やかそうに見えても、その実力は計り知れない……
「だから、考えたんだ。天界人のスキルとぶつかり合っても、衝撃波が発生しないスキルを持つ下界人を、どうにか鍛え上げられないかなってね! それがこの、Lv. 制度を始めたきっかけなんだ!」
少し誇らしげにLv.化政策の起源について語っていたレファスだが、急に少し困ったような表情になったかと思うと、この話の核心……ボクをここ、天界へ呼び寄せた理由を話し始めた。
「……で、話を戻すけど、逃げた天界人、まだ捕まってないんだよね……もう、分かるでしょ? 君にお願いしたいのはそいつを探し出して欲しいんだ。君がいたル……トア? いや、ルアト?王国だったかな。そこから、天界人の痕跡が発見されたんだ。……あ! 危険なことはしなくていいからね。見つけたら連絡してくれればいいだけの簡単なお仕事だよ?」
色々、ツッコミどころ満載の話ではある。だけどボクは、その中に出てきた“ルアト王国“や”探し出す”というワードに素早く反応した。
「 !! ルアト王国で人探しですかっ!? それは、転生させてもらえるってことですか!?」
「ガーラ、気にする所がズレてるわよ……」
ボクはテーブルに『バンッ!』と激しく両手をついて、前のめりになりながら質問していた。
その振動で、ティーカップが結構大きな音を立てて跳ねたが、そんなこと気にしてなんかいられない!
だって、隠れるように転生の機会を窺わなくてもいいかもしれないんだから!
アルのツッコミに関しては……完全スルーでいいだろう。
「うーん、転生とはちょっと違うけど、まあ、似たようなものかな?」
レファスは顎に手を当て斜め上を見ると、ちょっと考えるような素振りをしてから適当な感じで答えた。
「そ、それじゃ、Lv. は、……経験値は付きますか?」
レファスの軽い返答とは対照的に、ボクは固唾を飲むと、重要な案件であるかのような深刻なテンションで、期待を込めて聞いた。
「ん? 君のLv. は、かなり高いって聞いてるよ。今更Lv. 上げしなくてもいいんじゃない?」
こちらの熱意とは裏腹に、さほど重要ではない事のように軽く流されてしまった。
(ダメだ!! このままじゃいけないっ! 届けっ、ボクの熱い思い!!)
「このLv.制度が出来てから、ボクはずっと経験値を意識して稼いできました。経験値はボクにとっての唯一の趣味であり、そして生きがいなんです! この制度があったからこそ、長い転生人生を今まで頑張って来られました。そんなボクの最終目標は、Lv. MAXです。……あと少しなんです。ずっと、それだけを目標にしてきたんです!」
思わず、就職面接の自己PRのように熱く語ってしまった。
レファスは初め、キョトンとした顔をしていたが、話を聞いているうちに瞳をキラキラと輝かせ始めた。
「……僕、ちょっと感動しちゃったよ。こんなにも、Lv. ポイントを愛してくれているファンがいるなんて……」
今まで軽い感じで聞いていたレファスも、ジーンとくるものがあったのか、その目を閉じて感動に浸っている。
「ガーラのは、ファンなんて軽いものじゃなーー」
「アル〜、ちょっと静かにしてようか?」
……アルが何か言い出した。
せっかくいい感じなのに、ここで悪い印象を与える訳にはいかない。
アルに口を閉じるよういいながら、ボクは少し影のある笑みを向けてみた。
「ガ、ガーラが怖いっ!!」
アルが自身の体を掻き抱いて大袈裟に怯えて見せている……
芝居がかった態度から、ふざけていることは間違いない。
態度を改める気は無さそうだけど、まぁ、可愛いからいいか。
「それで、どうなんでしょう」
ボクは、面接の場のような緊張感を漂わせながら聞いた。
「あ、うん、いいよ。仕事引き受けてくれるだけで加算対象だよ。それじゃ早速だけど、この誓約書にサインしてね? 今から話すことは絶対に他言無用だから」
(やった! 無事に就職することができて何より…… って、あれ?)
いつの間にか就職試験と化していたことに、なんだか釈然としない……
なぜ、こうなったのか今ひとつわからないが、経験値を手に入れられるからまあ、いいか! と深く考えることをやめた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「書けました、これでいいですか?」
渡された書類は、『仕事内容、及び仕事に関して得た情報の一切を他言しないこと』という一文だけが記載された簡素なものだった。
素早く署名するとレファスへ誓約書を手渡した。
「うん、OKだ。それじゃ、すまないけど使徒のアルちゃんは席を外してくれるかな?」
レファスが指を鳴らすと応接室の扉が開かれ、燃えるような赤い髪をした女性が入ってきた。
いや、髪が燃えている。どうやら人化したフェニックスのようだ。
「彼女は僕の使徒のフィオナ。さあ、フィオナ。アルちゃんを別室に連れて行ってあげて」
「はい。では、こちらへどうぞ」
彼女は軽く頷くと、アルに歩み寄り微笑むと扉に誘おうとした。
「えっ、なんで!? 私だけ仲間はずれなの?」
「え、……アルと一緒ではダメなのですか?」
連れて行かれそうになったアルが、慌ててボクの襟にしがみ付いてきた。
そんなアルを庇うように手を添えると、ボクはレファスに疑問を投げかけた。
「ん? 契約書にも書いてあったけど、仕事内容は他言無用なんだ。たとえ、君の使徒でもね?」
「私とガーラは一心同体よ!」
レファスが申し訳なさそうに告げた言葉にアルが反論する。
レファスの告げた他言無用、他人に話してはいけないということだから……
「アルちゃんの気持ちは分かるけど、ここは聞き分けてくれないかな? それに、ボクたちの送り出した使徒が全員返り討ちに遭った話は聞いていたよね。これは、意地悪じゃなくて君のために言ってるんだよ?」
「うーーー!」
小さな子供を宥めるように言い聞かせられたアルが、反論できずに唸り声を上げている。
怒ってても可愛いな……じゃなくて、このままだと本当に引き離されてしまいそうだ。
……ここは、覚悟を決めよう。
「……アル。いいよ、おいで」
「え、……いいの?」
親指で自身の胸元を指差しながらアルを呼んだ。
アルが、信じられないと言った表情でこちらを見て来た。
まあ、そういう反応をすることは分かっていた。自分でもこの選択はかなりの勇気がいることだから。
「……まあ、……今は転生中じゃないからいいよ」
「わ、私、眠らないわよ? それでも?」
周りからすると、何のことだか全くわからない会話を続けていることは理解しているけど……まあ、いいだろう。
今ひとつ会話の内容が掴めていないレファスとフィオナを置き去りに、二人で話を進める。
「あぁ、早くしないと気が変わっちゃうよ?」
「!! ま、待って! 分かったから!!」
言うが早いか、アルが文字通りボクの胸に飛び込んできた。
ボクの体の中へと消えたアルに、一部始終を見ていたレファスとフィオナが息を呑んでいる。
「えっ、え? ええ!? ア、アルちゃん!?」
レファスが慌てた声を上げてソファーから立ち上がった。
「コレは……一体……」
その影でフィオナが一言、ボソリ……と呟いた。
見ると、その金色の瞳はこぼれ落ちそうなほど見開かれている。
「さあ、コレで問題ないでしょう? 仕事の話をしてください!」
転生中は、いつもボクの中で深い眠りについているアルだが、今回は眠っていない。
アルの喜びの感情が伝わって来る。
レファスの言っている他言無用……
他の人に言ってはいけないのなら、同一人物になればいい!
「いや、いや!! ちょっと、待って待って!? どうなってるの? アルちゃんはどこにいっちゃったの? どう見ても説明の方が先でしょ?」
驚き過ぎでは?、と思ってしまう。分身を作ることぐらい簡単だろうに……
実は、アルはボクの分身体だ。
なので、コレはその分身が体に帰って来たってだけなんだ。
ただし、アルの場合は独自に人格を得てしまったため、ちょっとややこしい事になっているのだが……
「何言ってるの? 私はここにいるわよ!……っ、アル……ちょっと待って……違和感が半端ない……」
突然、自分の口から紡がれた少女っぽい言葉に、自分の想像以上に精神的ショックを受けてしまった。
(今のは(精神的に)完全にノーガードだった!……ダメだ、耐えられない)
ボクは両手で顔を覆うと、ゆっくりとその場に突っ伏した。
(のおぉおぉん! 恥ずかしすぎる!! コレがあるからいつも眠ってもらってるんだ!)
まさに悶絶寸前……
レファスとフィオナは、ただ唖然とその様子を見つめていた。
誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。
((。´・ω・)。´_ _))ペコリン