〜Lv.7〜 天界への強制連行と就職試験①
現在、ボクとアルは職員に誘われ、とある建物の白い大理石の廊下を歩いている。
コツコツと心地よい靴音を響かせながら突き当たりまでやって来ると、ボクたちは、一際目を引く重厚な扉の応接室に通された。
案内の女性職員について入ったその広い室内は、応接セットのみとシンプルだが、高級感あふれる調度品で揃えられている。
毛足の長い絨毯は、歩くたびにフカフカとした感触を靴裏に伝え、部屋の中央に配置されたソファーは体を包み込むように柔らかく、それでいて安定感があり、気を抜いてしまうとそのまま眠ってしまいそうなほど座り心地がいい。
高い天井にある、眩い煌めきを放つ小降りのシャンデリアの明かりは、天井に虹色の筋や粒を作り出していた。
「こちらで、少々お待ちください」
女性職員が退出するのを待ってから、ティーカップにスッと手を伸ばす。
一口だけ、その味を確かめるようにゆっくりと口にすると、紅茶の優雅で華やかな香りが鼻孔をくすぐった。
流れるような美しい所作でカップをソーサーに戻すと、静かに目を閉じて……
「はぁぁぁぁ……」
ガックリと、頭を抱えて深いため息を吐いた。
「ねぇ、ガーラ。まだ諦めきれないの?」
アルが、テーブルの上で足を投げ出した姿勢で、クッキーを食べながら聞いてきた。
「だって、あと少しだったんだ。あと一回あればカンストできたんだ……一回くらい大目に見てくれてもいいじゃないか……」
ちょっと涙目になってしまった。長い間、転生周回し続けた一番の目的が、目の前で崩れ去ったのだから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
少し時は遡る……場所は転生課フロア。時はランスにスキル付与についての説明を受けた後のこと。
ボクは、腕を組んで背もたれに寄りかかった姿勢で、むすっとした顔を隠そうともせず椅子に座っていた。
アルに散々からかわれた後、ランスは別室で待機しているルーベンとリオンの様子を見に行ってしまい、今は雑多なフロアにアルと2人きりで取り残されている。
「ごめんってば。機嫌直してよ、ガーラ」
アルが、上目遣いに覗き込んでくる。
いつもならこの可愛い仕草に癒されて機嫌も直るんだけど、今回は何故だかモヤモヤが収まらない。
自分でもよく分からないけど、アルに対するこの態度はただの八つ当たりである事だけは分かる。
「もういいよ、分かったから……」
自分がむくれた顔をしていることは分かっているが、なかなか感情をコントロール出来ずにいた時、転移ゲートから複数の人の気配がこちらにやって来るのを感じた。
慌ただしく現れた5人の職員たちは、目の前で横1列に並ぶと一斉に跪いた。
この展開もいい加減見慣れて来たからそれほど驚かなかったけど、今日ここで跪かれたのは何度目だろう、と思わず遠い目をしてしまった。
高位のものと分かる服を身に纏った女性職員が、祈りのポーズで自己紹介を始めた。
「ガッロル様、ご挨拶申し上げます。私は、霊界政府に所属しておりますモリーと申します。こちらは私の部下たちで、順にミリア、ボニー、ナタリー、スーです」
彼女たちは、モリーの紹介に併せ、順番に軽く頭を下げていく。
流れるような優雅な挨拶を受けて、礼には礼を返さなければと椅子から立ち上がると、右手を胸に当ててルアト国流の挨拶を返した。
「ご丁寧にありがとうございます。生前は、ルアト王国にて第三騎士団長を勤めておりました、ガッロル・シューハウザーです。こちらの礼儀作法を知りませんので、不作法がありましたら申し訳ありません」
霊界での正しい挨拶の仕方など知らないが、気は心だ。軽く微笑みながら会釈した。
「っ!……とんでもございません」
モリーの少し強張ったような反応が気になった。
隣に連なるように跪く部下の方々も、なんだか顔が少し赤いし……何か粗相でもしてしまったのかな。
「ねぇ、ガーラ、あなた、とんでもないタラシだわ。自覚ある?」
「な、何が?」
アルは、さっきまでの神妙な態度とは打って変わってジト目で見てきた。
なぜそんな目で見られるのか理解できず首を傾げていると、アルは諦めたように大袈裟にため息をついた。……解せぬ……
気を取り直したモリーが一つ咳払いをして浮き足立っていた部下たちを引き締めると、再び話を再開した。
「私達は、天界政府から要請を受けてガッロル様をお迎えに上がりました。突然のことで驚かれるとは思いますが、只今より我々と共に天界へ来ていただきたく思います。それでは……」
モリーが部下たちに向かって軽く頷くと、それを合図に女性職員たちが静かに立ち上がった。
何だろう?……と思っていたら、あっと言う間に女性職員たちに周りを取り囲まれてしまった。
これは、『転移』の能力を発動するときの構えだ。
(んなっ!? も、問答無用ですか!? こっちの意思は関係ないの?)
「ま、待って下さい。もしかして、ボクが覚醒者かもしれないからですか? 覚醒者のことはランスさんから聞きましたが、何かの間違いということもあります。それに、まだLv.測定も覚醒者審査も何もしていません。あと、ボクはできるなら今まで通り転生を続けていきたいのです」
ボクは縋るような気持ちで転生を続けたい気持ちを訴えた。
ここまできたら、もうシステムの穴を狙うような小細工は通用しない。
なら、真っ向勝負でいくしかない!
彼女たちのボクに対する、困ったような申し訳なさそうな空気が伝わって来るが、これだけは譲れない。
このまま膠着状態に陥るかと思ったが、別室にいるルーベンとリオンの様子を見に行っていたランスがちょうど帰ってきた。
ランスは、5人の女性職員に包囲されているボクを見て目を白黒させている。
「ラ、ランスさん、助けてください。いきなり天界に連れていかれそうなんです」
「直接、天界に召喚ですか? 覚醒者判定の手順では、まず霊界で覚醒者審査をするはずではなかったですか?」
「厳密にはそうですが、天界政府直々に召集がかかっていますから、間違いであったとしても大丈夫です」
モリーの言っていることは『上が連れて来いって言ってるんだから、間違っててもいいのよ』ってことだ。
そんないい加減な事でいいの?と思ったが、大きな権力に敵わないことも理解できる。
このままでは本当に転生できなくなるっ、やばい、ヤバい、どうしよう!?
「ボクは転生を続けたいんですっ! ラ、ランスさん、転生手続きって出来ますよね? Lv.もマイナスじゃないし、設定もいつも通りで構いま「ガ、ガーラッ!」ムガッ!」
アルに無理やり口を押さえつけられて変な声を出してしまった。
理解が追いつかなくてランスの顔を見ると、ランスは小刻みに首を横に振り、制止するような手振りをしている。
声には出していないが口をパクパクさせながら『ダメですよ、そんなこと言っちゃ』と言っていた。
あ、コレ言っちゃいけないやつだった。せっかくランスが庇ってくれてたのに……
「いつも……ですか? 恐れながら、ガッロル様には転生前の記憶がおありなのですか?」
「うっ……」
記憶があることをランス達に知られてしまってから、すっかり気が緩んでしまっていた。
だって、過去の話とか能力の話とか、気兼ねなく話せて嬉しかったんだよ……
「モリーさん、今のは聞かなかったことに……」
「申し訳ありません。しっかりと拝聴させていただきました」
霊界政府の高官らしい凛とした態度で、間髪入れず告げられてしまった。
「神気を有していらっしゃる上に、記憶の保持者となれば間違いなく高位の覚醒者でいらっしゃいます。覚醒者審査も免除になりますので、このまま天界へご案内いたします」
「あ、あんまりだ……」
(調べもしてくれないだなんて……もしかしたら、違うかもしれないじゃないか……冊子で見た覚醒者の定義とは、チョット違うような気がしてたのに……)
ガクッと肩を落としていたら、ランスの気遣うような声が聞こえた。
「あの……せめて測定だけでもやってみてはいかがでしょう?」
おずおずと話を切り出したランスの手には、ハンドガンタイプのLv.測定器が握られている。
「すでに、測定の必要はありませんが、ガッロル様に納得していただけるのであればよろしいかと思います」
「ガッロルさん、どうします?」
「……お願いします」
もう天界行きは避けて通れそうもないが、せめて最後に今までの成果は見ておきたい……
ランスが、ボクの掌に測定器を押し当てると、すぐに測定終了の電子音が鳴った。
「……えっ!?…………す、凄い…………」
測定の結果を確かめたランスが、一言呟いて固まってしまった。
一向に動かないランスの横から測定器を覗き込むと、ディスプレイには現在のLv.と累計経験値、次のLv.までに必要な経験値が表示されていた。
「えーっと現在のLv.は……99っと、…… ん? えっ!? 99!? MAXって確か100だったよね? の、残りの必要経験値は?…………な、735……?……」
その結果を見て、ボクは瞳に怪しい光を宿らせながら、ゆらり……とモリーを振り返った。
そんなボクと目が合ったモリーは、僅かに肩を震わせた。
次の瞬間、『ボンッ』という衝撃音を発しながら、ボクは残像を残すほどの素早さで、数mほど後ろに控えていたモリーに詰め寄った。
その際に生じた風圧は、モリーのハーフアップにしたコバルトブルーの髪を激しく掻き乱した。
驚きに目を見開き仰け反るモリーに構う事なく、ボクは次のモーションに入った。
モリーからは、ボクの姿が掻き消えたように見えただろう。
息を呑んでいるモリーの足元で……
「お願いですっっ!! あと一回、一回だけでいいから、転生させてください!! カンスト目前なんです! お願いします! 見逃して下さい!!」
「ちょっ、ちょっと、ガーラっ、何してんのよ!」
アルに静止されながらも、ボクは片膝をついたお祈りのポーズで往生際悪く必死に懇願した。
天界行きを覚悟したからこそ測定したけど、この結果を見たら黙っていられないじゃないか!
「ううっ、……ガ、ガッロル様、そんなに神気を放出しないでください。……お、落ち着いてください」
「え、……あ……」
苦しそうな表情のモリーを見てハッとした。
自分の中から、感情の高ぶりと共に何かが溢れているのが分かった。
「スゥ〜、フゥゥゥゥゥ〜ッ」
ボクは深呼吸して気持ちを落ち着けながらその何かを抑えた。
(これが神気……? なるほど、一度コツを掴んでしまうと大丈夫そうだ)
「ふぅ、ガッロル様……転生は諦めてください」
「っ!……そ……そんな、……も、もうコツを掴みましたので大丈夫です!」
「私たちには神気耐性がありますが、一般の者にこれはキツイかと」
「で、でも、今まで転生して来ましたが大丈夫でしたよ!?」
境界を統べる聖騎士……などと、チョット恥ずかしい二つ名で呼ばれて、少しは人気があったことは認めるが、その熱量は人が人に向ける常識的なものだった。
「今まではガッロル様の器が大きく、辛うじて体から神気が溢れなかっただけでしょう。Lv.が上がって能力も強くなっていますので、今までのようにはいかないかと」
「……そんな……」
……Lv.の確認、……しなければよかったかもしれない……
誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。
((。´・ω・)。´_ _))ペコリン