〜Lv.58〜 それぞれの覚悟②
ルアト王国と隣国との、国境に広がる大森林。
トルカ教団のアジトがあったその場所の、厳密に言えばその上空。
何の変哲もないその空に、突然スッ……と切れ目が入ったかと思うと、次の瞬間、そこに『何か』がポッカリと口を開けた。
その輪郭はユラユラと不安定に揺れ動き、空に不気味なマーブル模様を描きだしている。
白いようでいて黒いような、得体の知れない半透明のその歪みは、敢えて言うなら空中に浮かんだ油膜のようで……
『そこ』から感じ取れるのは、とてつもなく膨大なエネルギー。
異変を感じ取った鳥たちが一斉に飛び去り、密林の獣たちの気配も散り広がりながら遠のいて行く。
もし、この『エネルギー体』を目にした者がいたとすれば、その凄まじい威圧感に恐怖を覚え、畏怖の念を抱かずにはいられなかっただろう。
それほどのパワーを秘めた空中のその歪みから、ひらり……と、一枚の布が飛び出した。
その細長い二等辺三角形をした黒地の布には、赤文字で『RUATO』の国名と、聳え立つ王城のイラストが、程よくダサめな感じに描かれている。
場違いな感じにひらひらと密林へ舞い落ちるそのペナント……
それを皮切りに、次々と『そこ』からこぼれ落ちるのは……
魔魚を咥えた魔獣の木彫りの置物、霊界航空のロゴが印刷された限定Tシャツ、どこかの部族の儀式で使われていそうな羽飾りのついた仮面や腰巻、使い道のない極彩色の民族衣装、頭頂部にペン先が飛び出た絶対使いづらい人形型ボールペン、その他、多数の様々なガラクタ……
「あわわっ! ママの宝物が!」
最後に『そこ』から飛び出した『ボク』は、あちこちに散らばるように落下するそれらを必死にキャッチして回り、それを再び『エネルギー体』の中へと放り込むと、腕を振って急いでその口を閉じた。
するとその場に広がっていた威圧感は消え、ざわついていた森も徐々に静寂を取り戻した。
やれやれ、やっぱりね。この方法で移動(降臨)すると、こんな風になるんじゃないかと思ったんだ。周辺に与える影響もさることながら、『収納物』を全部撒き散らしてしまうことになるんじゃないかってね。
「ふう、何か回収し忘れてたりしていないかな?」
ひとつでも無くしてしまうと、アルに何て言われるか分からないんだよね。
注意深く辺りを見回しながら取りこぼしが無いことを確認すると、ようやく人心地ついた気分になってホッと安堵のため息をついた。
そう、ボクはたった今、『収納庫』を通じて、天界の『巨大ベットの部屋』から、下界の『トルカ教団アジト跡』へと降臨してきたところだ。
ん? どうして『空間収納』で、降臨ができるのかって?
それは、ボクの『収納庫』が一般的な『空間収納』ではないからさ!
皆んなが『空間収納』だと思っているコレ、 実は『亜空間』そのものなんだよね。
——『亜空間』——
有りと有らゆる全ての物質を飲み込み、時間の経過すら存在しない死の世界として恐れられる脱出不可能な異界の空間。
そんな物騒なモノ、一体どこで……って思われそうだけど、これはボクが厨二病を爆発させて大暴れした時に開いてしまった『亜空間』なんだ。
歪んでしまった時空軸や周辺環境の修復をする過程で、ボクはその『亜空間』を『収納庫』として使える方法を編み出したんだ。
だけど、皆んなが怖がるといけないから、取り出し口は『空間収納』に似せて加工している。
おかげで、これが『亜空間』だと気付かれたことは一度もない。
というわけで、それ以降この『亜空間』は、ボクの大事な『収納庫』として (主にアルの宝物入れとして) 大いに活躍している。
で、話を戻すけれど半年前、ちょうどこの場でレファスがギラファスの結界に攻撃を仕掛けた時、時空が歪んで『亜空間』が開きかけたことは記憶に新しいと思う。
あの時は『逆行』を使って時空軸の歪みを修復したけれど、その時の影響で、この場所に繋がる『亜空間』の壁が少し薄くなっていることに気がついたんだ。
そこで、ボクはそれを利用することにして、『収納庫』の内側からこちら側に干渉して出口を開いてみた……ってことなんだ。
結果は見ての通り、何とか成功!
ただし『アプローチポイント』同様、その特性上、一方通行なうえ、出口はここ『トルカ教団アジト跡』と限定されてしまっている。
それにこれは『お気に入りの鞄の底に穴を開けるような行為』だから、ボクとしてはあまりやりたくなかったんだけど、まあ、そこは、背に腹は変えられないというか……
って、そうだ! 早くヴァリターのところに行かないと!
ボクは急いで地上に降り立つと神気を抑えるブレスレットを両手首にはめ、しっかりと準備を整えてから天界人としての脚力を活かし、ルアト王国のレッツェル子爵家へ向かって駆け出した。
◇◆◇◆◇
結論から言うと、ヴァリターは不在だった。
「坊っちゃまは、今朝、早くからお出かけになりました」
「えっ!?」
執事の男性からそう言われ、ボクは訪問マナーも忘れてレッツェル家のエントランスで、思わず大きな声を上げてしまった。
今日は、第3騎士団の休息日。
昇進して団長になったヴァリターは宿直当番を免除されているだろうから、きっと今日は自宅にいる。そう思いこんでいたからすっかり当てが外れてしまった。
(ど、どうしよう……)
ボクは既にこのレッツェル家の門前で、1時間ほどを無駄にしてしまっていた。
だって、ここまで来たは良いものの、いざヴァリターと対面!って思ったら緊張してしまって……
それで二の足を踏んでいるうちに、いつの間にか時間が過ぎてしまっていたんだ。
ボクは焦り気味に聞き返した。
「あ、あのっ、どこへ行ったとか、分かりませんか?」
「申し訳ございません、存じ上げません。坊っちゃまは朝食もお召し上がりにならず飛び出して行かれましたので」
「そ、そうですか……」
ボクの焦りを汲み取った執事の男性は心苦しそうに一礼すると、少しずれてしまったその特徴的なスクエア眼鏡を中指でクイッと押し上げた。
そして……
「いつ帰られるかは分かりかねますが、よろしければこちらでお待ちになられますか? もしくは、伝言などございましたらお伝えしておきますが?」
……と、彼にできる最大限の機転を利かせて、そう提案してくれた。
「あ、その……」
いつ帰ってくるかも分からないヴァリターを、ここでジッと待つ、というのは、時間を無駄にすることになりそうだから却下。
じゃあ伝言を……と言っても何て言えば?
例えば、『それじゃ『求婚の儀』の返事なんだけど、ボクもヴァリターのこと好きだから、これからもよろしくって伝えておいて!』……とか?……うわわっ、そんな伝言、頼めるわけないじゃないかっ。
「……だ、大丈夫です、ありがとうございます。……ちょっと心当たりを探してみます……それでは失礼します……」
ボクは蚊の鳴くような声でそう言うと、顔を真っ赤にしながらレッツェル家のエントランスからそそくさと立ち去った。
◇◆◇◆◇
ボクが次に向かったのは、第3騎士団の宿舎だった。
「本日は休息日のため、ヴァリター団長は出勤しておりません。よろしければ私が、ご用件をお伺い致しますが?」
「あ、そうなんだ……」
丁寧な対応でそう教えてくれたのは、その胸に副騎士団長の階級章を付けたセルジルだ。
宿舎前で会った彼のおかげで『ヴァリターは、ここにもいない』ということが分かったわけだが、逆にこれでヴァリターがどこに行ってしまったのか皆目見当がつかなくなってしまった。
(早朝から出かけているって言ってたから、ここだと思ったんだけどな……)
時間は既に正午を迎えている。このまま闇雲に探し続けていてはすぐに夕暮れを迎えてしまいそうで、ちょっと怖くなってしまった。
(このままヴァリターとすれ違い続けて、時間切れになったりしたらどうしよう……)
そんな不吉なことを考えてしまい、ちょっと顔色を悪くして俯いてしまったボクに、セルジルが、やけに慎重になりながら問いかけてきた。
「あの、その、もし違っていたら許していただきたいのですが……まさかとは思いますが、えっと、その、もしかして、ひょっとすると…………ガッロル団長?……ではありませんか?」
「えっ……」
「「「えっ!?」」」
セルジルは、物凄くためらって長々と言葉を繋いだ後、窺うようにボクを見つめながら、そう確認を取ってきた。
セルジルのその言葉に、たまたまそこを通りかかった騎士団員たちが驚きの声を上げ、一斉にボクのことを凝視した。
かなり用心深くではあったけど、セルジルがボクの正体に気がついたことに少し驚いてしまった。
確かに、以前の疑似体姿と少し似てることは否めないけど、同一人物だと見抜かれるとは思わなかった。
自分じゃよく分からないけど、やっぱり仕草とか口調で分かっちゃうのかなぁ。
「……あ……うん、皆んな、元気そうだね?」
「「「ええぇぇぇっ!!」」」
ボクがセルジルの質問に答えると、団員たちの野太い叫び声が宿舎前に響き渡った。
「何だ!? どうした!?」
「皆んな出てこいっ! ガッロル団長がおいでだぞ!!」
「何だって!?」
ボクが『ガッロル』だと分かった瞬間、宿舎周辺はもちろん宿舎の中からも、騎士団の皆んながワッと押し寄せてきた。
おぉう、休息日なのに皆んな結構、宿舎に残っていたんだ……
以前、ボクが与えてしまった神気の影響が心配だったけど、フィオナが早期に処置してくれたおかげか、見た感じ、日常生活に支障は無さそうで安心した。
皆んなは「お久しぶりっす」とか「また少し、雰囲気が変わったんですね!」なんて、まるで生前のような気さくさで接してくれていたんだけど、次第に……
「団長、ますます綺麗に……やっぱ、アレっすかぁ?(ニヤニヤ)」
と、意味深なニヤけ顔を向けられたり……
「ヴァリター団長とは、どこまでいったんすか?」
……なんて『ヴァリターとの仲』について質問をされたりと、他にも、かなり過激な質問をぶつけられ始めてしまって……
えっ!? 何を聞かれたのかって?
そっ、それはその……独身男性ばかりの騎士団員たちが興味本位に聞くこと……ってことで察してほしい。
ていうか、いくらボクが『元・男の子』でも、これってセクハラだよねっ!?
「い、今はちょっと時間がないっていうか、その……じ、じゃあ、そういうことで!!」
ボクはそう言って無理やり会話を終わらせると、またしても顔を真っ赤にしながら、逃げるように騎士団宿舎を後にした。
◇◆◇◆◇
その後、ボクは城下町や住宅街に国立公園と、思いつく限りの場所を巡ったが、ヴァリターを見つけることはできなかった。
そうこうするうちに、西の空がほんのりと赤く染まりだしてしまい、ボクの危惧していた『すれ違いタイムアップ』が現実味を帯びてきてしまった。
「……あと、探していない場所っていったら……」
ボクは焦りを感じながら、その『最後の心当たり』について考えた。
そこは、天界政府に見つかる危険性が高いため、最初から意識して近寄らなかった場所。
白亜の神殿こと『ルアト神殿』だ。
もし、そこで天界政府の職員が待ち構えていたら、ボクはヴァリターに返事をする前に、天界へ連れ戻されてしまうかもしれない。
そんなのは嫌だし、絶対に避けたい……
うーん、今更だけど、やっぱりレッツェル家に伝言を頼んでおいた方が良かったのかな……
そうは思ったけど、伝言でヴァリターにボクの気持ちが伝わったとしても『求婚の儀』が『自然消滅』に変化しないっていう保証もないし……
「……って、ああっ、もう! 考えていても埒が開かないや! こうなったら当たって砕けろだ!」
もう、いざとなったらブレスレットを外してでも抵抗するっ!
そう覚悟を決めると、ボクはヴァリターがそこにいることを祈りながらルアト神殿へ向かった。
◇◆◇◆◇
(いた!! ヴァリターだぁ!!)
礼拝堂の入り口からそっと中の様子を伺うと、最前列、祭壇の1番近くの席に座ったヴァリターの姿が目に入った。
今日1日、王都中を探し回ってやっとヴァリターを見つけることができた嬉しさで、つい駆け寄ってしまいそうになったけど、ボクはハッとその足を止めた。
(おっとと……そうだった、天界政府の職員がいるかもしれなかったんだ。ええっと……うん、大丈夫、いないみたいだ)
注意深く礼拝堂内の気配を探った結果、ヴァリター以外の気配は感じられなかった。
どうやら、天界政府からの捜索隊は来ていないようだ。
そんなシンと静まり返った礼拝堂の中で、ヴァリターは身じろぎひとつせず祭壇上空を一心に見つめ続けていて……
そんなヴァリターの姿を見て、ハッと気がついた。
(ヴァリターはボクが降臨してくるのを、ここでずっと待っててくれたんだ……)
ヴァリターが早朝から礼拝堂に詰めて、最前列の席でずっとボクを待っていてくれたのだと気づいた瞬間、胸にキュッと痛みが走った。
(ううっ!……だっ、大丈夫っ、これは病気じゃないっ。病気じゃなくって……)
これはボクがヴァリターのことがすっ、好きだって証拠で……つまり、こっ、『恋』をしているっていう証拠でっ……この心臓だってそういうことでっ。
ボクはそう自分自身に言い聞かせると、ドキドキと高鳴り出した胸を両手で抑えた。
やっと『自分の気持ち』を自覚したことで、ボクはこの胸の痛みの正体にようやく気がついた。
もちろん知識としては知っていたけど、恋愛なんてボクには縁の無いものだと思っていたから、自身の『恋心』を自覚するまで、この胸痛の原因に思い至らなかったんだ。
だもんで、ボクはフィオナやアルに、この『原因不明の胸痛』について結構な頻度で相談し……ハッ! ちょっと待って!?
だ、だからかっ! だから2人とも『大丈夫!』なんて言うばかっかりで、(胸痛の原因を) ハッキリ教えてくれない上に何だか嬉しそうだったんだっ!
二人とも『どんな時に痛くなったの?』とか、『その時、何を思っていたの?』とか……やたらとその時の『シチュエーション』や、その時の『ボクの心の内』を聞いてきたんだよね。
あの時は、自分が病気なんじゃないかと思っていたから、結構、事細かく説明した覚えが……
うわぁぁ、は、恥ずかしすぎるぅ……きっと、帰ったら二人から『気づくのが遅すぎ』とか『鈍い』って言われるんだろうな……
だけど、その通りなので、全く反論はできないんだけどね。
ボクは心を落ち着かせようと深呼吸を何度か繰り返した後、まだまだ大暴れしている心臓を抑えながら礼拝堂の中へと足を踏み入れた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
——(ヴァリター視点)——
祭壇のステンドグラスが全体的に赤みを帯び、その光が俺の顔に差し込み始めた。
もうすぐ日が沈む……
それは、この礼拝堂が間も無く閉扉の時間を迎えてしまうということだ。
確かに『求婚の儀』が『自然消滅』に変化してしまうにはまだ時間はあるが、礼拝堂が閉鎖されてしまえば実質それまでだ。
『あの人』のことだから、俺を傷つけないよう、このまま『自然消滅』を利用して、俺の記憶から消えようとしているのだろうか?
もし、そう考えているのだとしたら、その行為は『状態異常無効』体質の俺には全く意味がない。
たとえ『自然消滅』が発動したとしても、『あの人』の中の『俺』という存在が薄れてしまうだけで、俺は『あの人』のことを思い続けることになる。
そうなってしまったら、俺は……
(俺は『あの人』と『縁』が切れたこの世界で、生きていくことができるだろうか……)
祭壇上空にあるはずの不可視の『降臨ゲート』をジッと見つめながら、俺はそんなことを考えていた。
半年前、俺の『求婚の儀』に酷く戸惑っていた『あの人』を見て、つい『返事は急がない』と言ってしまった。
あの時は『あの人』を追い詰めたくなかっただけなのだが、こうなると分かっていれば、無理にでも返事をもらうべきだった。
しかし、いくら過去を悔やんでみても、どうしようもない。
(もう、どんな内容であっても…… 最悪、断ってくれてもいいから、せめて『返答』だけでも聞かせて欲しい。そうすれば、『あの人』の中の『俺』は消えたりしないから。だから、お願いだ……来てくれ)
俺がそんな女々しくも、切実な気持ちを『降臨ゲート』にぶつけていた時だった。
「えっ……と……その、ヴァリター……?」
俺の背後、礼拝堂の出入り口から、遠慮がちに俺を呼ぶ、聞き覚えのない女性の声が聞こえてきた。
ハッとして、勢いよく振り返った俺の視線の先には、プラチナブロンドの艶めく髪に、新緑を思わせる魅力的な翠眼を持った16歳前後に見える美しい顔立ちの少女が、緊張した面持ちでこちらをジッと見つめていた。
その人物に見覚えはない……だが、俺は『この人』をよく知っている。
口調も……漂う気配も……なにより、この唯一無二の魂の輝きを俺が見間違うはずがない。
「ガッロル様!!」
喜びと恐れ、安心感に不安感といった複雑な感情を抱えたまま、俺は『あの人』のもとへと駆け寄った……
誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。
((。´・ω・)。´_ _))ペコリン




