〜Lv.5〜 サンズリバー空港総合案内カウンターと転生課②
アルの行動は何だか心配だが、今は他に考えないといけないことがある。
資材だらけのフロアに1人残された形になり、ボクは改めて自分の置かれた状況を整理してみることにした。
まず、どういう訳か霊界政府は執拗にボクのLv.の確認をしたがっている。
そして、その結果によっては、上の職員と面会しないといけないらしい。
ボクは間違いなく面会コースだろうな……
正確なLv.数は、自分自身でもよく分かっていないが、転生周回を始めたばかりの頃、サイノカ街で購入した簡易測定機で計測した時には既にLv.57に達していた。
数回使用しただけで壊れてしまうような粗悪品ではあったが、計測能力に関しては正確だった。
そして現在は、あの頃より間違いなくLv.は上がっているはずだ。
ということは、下手をするとその場で、即、天界送りの手続きが行われる可能性が高い。
で、天界は一度入国すると、よほどのことがない限り下界には降りられない。
ってことは……はっ!? それってつまり、転生を続けられないってことじゃないか!? そ、そんな!!
何とか転生を続けられる方法はないかと頭を悩ませていると、転移ゲートから何者かが現れた気配を感じた。
ここからでは、壁のように積み上げられた資材に遮られて確認できないが、ゲート稼動時の淡い輝きがボンヤリと天井を照らしている。
「ぬぉっ! なんだ、この有様はっ!……ったく……」
山積みにされた資料の向こうから、倉庫のようなフロアに驚いた謎の人物の声がここにまで響いてきた。
もう、測定器の準備ができちゃったの!? ボクはまだ、何の対策案も出せていないっていうのにっ……ていうか、情報が少なすぎてどう対応したら良いのか分からないよっ。
「誰か! 誰かいないのか!?」
謎の人物が、フロアの乱雑具合に文句を言いながら職員を呼ぶ声がドンドンと近づいてくる。
そのせいでますます焦ってしまって、考えがまとまらずソワソワしていると、一人の職員がブツブツと文句を言いながら資材の影から現れた。
管制官の制服を纏ったその職員は、ボクの存在に気がつくと、ビクッと体を揺らした。
だけど、これにはボクの方がビックリした。何せ、空港の中でも中核的な人物の登場だ。
この、サンズリバー空港の頭脳と言っても良いような管制官が、リストラ職員の漂着先である、この転生課に現れるなんて誰が想像すると思う?
一体、ここには何の用で……
「こ、これは失礼……ガッロル様。もう、おいででしたか」
驚きの表情を急いで元に戻した初老の男性が、軽く頭を下げた。
(ど、どうしてボクの名前を!? もしかして、この人が入国審査官の言っていた“上の者”!?……い、いや、ボクはまだLv.測定していないから、それだと辻褄が合わない。それに、この人はボクがここにいたことは知らなかったみたいだし……)
どうやら、空港内で情報が錯綜しているみたいだ。こっちとしても、も状況の把握が不完全だから、あまり迂闊なことは言わないほうがいいかもしれない。
とりあえず相手の出方を見てから対応を考えようと結論を出して、ボクは曖昧な返事をしながら軽く会釈を返した。
「どうも……」
そう……ボクにとっては何気ない会釈のつもりだった……
なのに、軽く微笑んだボクの顔を見た管制官が、突然ピタリと動きを止めた。
そして、直立不動のまま、放心したように固まってしまった。
(!? こ、これは……!?)
この感じは、客室乗務員や入国審査官が見せた反応と全く同じものだ。
いったい何が起こっているんだ? なんだか得体の知れないものを感じて、ちょっと怖いよ。
「あ、あの……?」
「……っ! しっ、失礼。どうやら神気に当てられてしまったようで」
「神気?」
管制官はハッとした表情を見せると、急いで深々と首を垂れながら謝罪の言葉を口にした。
その謝罪の中で出てきた『神気』という言葉。
これは確か、天界人が放つ『精神力』というか『オーラ』というか……
とにかく有り難〜い『力の源』のようなものだったと記憶している。
(でも、ここに、そんな位の高い人なんて……)
いないはず……と、そこまで考えて、ボクは思い出した。
確か、神気を発する有り難さMAXの『護符アイテム』ってものがあったはずだ。
交通祈願や健康祈願、金運に出世に厄除けにと、下界の御守りのようにいろんな種類があり、嘘か実か、目にするだけで御利益があるとか何とか……って、ちょっと待って!? それ、ボクも見てみたい!!
急いで周囲を取り囲む資材に向かって、片っ端から『鑑定』をかけて、護符アイテムっぽいものを探してみた。
……あれ? 見つからないんだけど……
『護符アイテム』を探して、キョロキョロと辺りを見まわし、座っている椅子にまで『鑑定』をかけ始めたボクに対して、管制官が問いかけてきた。
「やはり、気付いておられないのですね?」
「気付いて?……何が、ですか……?」
(ぬっ? それはボクが『護符アイテム』を見つけられないことを言ってるの? それとも別の何かなの? むぅ、……ボクはハッキリ言ってもらわないと分からないんだよ)
謎かけのような言い回しにモヤっとして、つい、訝しげな顔をしてしまったが、ボクは慌てて表情を取り繕った。いけない、いけない……
「機内でスタッフが声をお掛けしたと思いますが、その時も今のように神気を感じたそうです」
管制官が表情を引き締めながら、そう告げた。
確かに、あの時の乗務員の反応も管制官同様、こんな感じではあったけど、だけど、そうすると……
「その言い方だと、まるで……まるでボクから発せられたみたいじゃないですか」
「その通りでございます!」
キリッと真剣な表情になった管制官が、ひときわ大きな声でボクの言葉を肯定した。
いやいや、天界人じゃあるまいし……ボクに神気なんか出せるはずないじゃないか。
頬を引き攣らせながら、管制官の言葉に反論しようと口を開きかけた時……
「ガッロル様は覚醒者なのです」
「か、覚醒者……?」
『覚醒者』という耳慣れない単語を聞いて、ボクの脳内に再生されたのは、『怒りをきっかけに変身し、大幅に戦闘能力の上がる野菜っぽい名前の宇宙人』の姿だ。
いやいや、あれはマンガのお話だ。ふざけている場合じゃない。
急いで脳内からその映像を追い出すと、改めて『覚醒者』について考えた。
会話の流れ的に、『覚醒者』は神気を出せる存在らしい。で、管制官は、ボクがその『覚醒者』だと言っている。
……まあ、よく分からないけど、転生の可能性が下がったってことだけは分かった。
参ったなぁ……と、顎に手を当てながら、何とか転生するための抜け道はないかなぁ、と思考をめぐらせていたボクの前に、フッ、と影が落ちた。
ん?……と思って顔を上げると、相変わらず硬い表情をした管制官がすぐ目の前で佇んでいた。
詰め寄られているようなこの状況に理解が追い付かず、ピキッと固まってしまったボクの目の前で、管制官は、風が巻き起こるかと思うほどの勢いで跪いた。
片膝を突いたポーズを維持したまま、ボクの顔をジッと見つめる管制官の姿を目の当たりにして、思わず仰け反ってしまった。
何、なに!? 一体、何なんだ!?
ところで、右手を胸に当てた管制官のこのポーズ。どこかで、見た覚えがあるんだけど……
(確か、……そうそう、『前・前世の世界』では、神に祈りを捧げる時、こんなポーズをとっていたような気が……って、え、えっ? ええぇっ!? ちょっと待った!? ぼぼっ、ボクは神じゃないんだけど!?)
一瞬、焦って立ち上がりかけてしまったが、待てよ? と思い止まった。
管制官のこのポーズ、神への祈り以外で、もっとピッタリくるような、何かがあった気がする。
(今みたいに、人が人に対してやっているところを見たことがあったんだけど……何だっけ?)
転生周回を重ねてきた弊害でボクが忘れているだけで、このポーズはごく一般的な挨拶のようなモノだったのかも……
なら、礼儀を返すためにも、きちんと思い出さないと。
ボクは、高速で過去生の記憶を呼び起こした。
(えぇっと、どこで見たんだっけ? 確か、崖……だっけ? いや、滝かな?)
思い出したそのどれもが、風光明媚な場所で行われている。
(あ、そうだ! 絶景の観光地で彼女の前に跪いた彼が……って、えぇ!?)
思い出したシチュエーションは、気合の入ったプロポーズ現場だった。
「ガッロル様、ご挨拶させていただきます。私は霊界空港の管制塔に所属していますルーベンと申します」
思い出したそのシチュエーションに、戦々恐々としていたボクに向かって、ルーベンはそう言って頭を下げ、その姿勢のまま動かなくなってしまった。
ボクはルーベンのその言葉を聞いて、腹の底から安堵のため息をついた。
(よ、よかった、プロポーズじゃ無かった。でも、怖かったよぅ……)
プロポーズじゃなくてホッとはしたが、とすれば、これは霊界流の挨拶?
でも、こういった挨拶をされたことは勿論、しているところも見たことはない。と、いうことは……
(もしかして、これって、上位者に対する礼の取り方なのでは?……って、あわわっ、大変だ!)
「ル、ルーベンさん、やめてください。ボクは、そんなことされるような人物ではありません!」
ボクは、急いでルーベンの腕を取って立ち上がらせた。
「なんと、慈悲深いお方なんだ。腕を取って下さるとは……」
ルーベンは自身の腕を抱きしめ、ウットリと感慨に浸るかのように目を閉じた。
じ、慈悲深い?! 立ち上がってもらうために腕を取っただけなんだけど!? 何だろう……ボクが腕を取ってから、ルーベンの言動がおかしくなってしまった気がする。
「とにかく、普通にしてください。ボクはただの転生者でーー」
「ああっ!? ルーベン管制官、何してんですか! 抜け駆けしないで下さい!」
カウンターの向こう側から、お茶とお茶菓子をお盆に乗せた入国審査官が、ルーベンに向かって騒ぎ立てた。
カウンター上にお盆を投げ遣って、慌ててそこから出てきた入国審査官が、さっきのルーベンように、ズザッと、ボクの前に跪いた。
そして、ボクの顔を仰ぎ見ながら胸の前で指を組み、お祈りポーズで挨拶を始める。
「ガッロル様、ご挨拶致します! 俺は、天界入国審査官をしておりますリオンです!」
(こ……これが、デジャブっ……)
リオンのその姿を目の当たりにし、そんな風に逃避気味に考えてみたけど、当然ながら何の解決にもならなかった。
挨拶の口上を終えたリオンはルーベンと違い、頭を下げることなく、ボクの顔をジィーッと見つめ続けている。その視線は妙に熱を孕んでいるようで……
何だろう。ちょっと鳥肌が……
かと言って、ボクの前に跪くリオンをこのまま放置……ってわけにもいかない。
正直なところ近づきたくはなかったが、ルーベン同様、その腕を取って立たせた。
「リオンさんもやめてください。ボクは、そんな事されるような者ではありません。神気も何かの間違いですよ」
ボクは今まで通り、静かに転生を続けて行きたいだけなんだ。こんな風に跪かれたりしたら、ますます転生から遠ざかってしまうよ。
そんな気持ちで拒否の言葉を口にしたのだが……
「な、なんて奥ゆかしい方なんだっ!」
「これほどまでに慎み深いお方とは……」
……逆に、二人からの崇拝度が上がってしまったような気がする。
ダメだ、今は何を言っても真面に聞いてくれそうにない。
「ガーラ。これ……どうしたの?」
カウンターの奥に姿を眩ませていたアルが、いつの間にか帰ってきていた。
ボクに熱い眼差しを向ける二人を、少し……いや、随分と離れたところから、引き気味に見ている。
いやいや! 何で、そんなに遠巻きなの!?
「ア、アル、何とかしてーー」
「……ちゃんと、責任は取ってあげなさいね?」
「っ……!? ち、違うから! アル、違うからっ!!」
「ああ、ガッロル様がお言葉を発していらっしゃる……」
「なんて美しい旋律なんだ!!」
もはや収集がつかない。ボクが途方に暮れかけたその時、そんな混沌とした空間に、また一人、転移ゲートを潜ってやってくる人の気配を感じた。
ドタバタと慌ただしく現れたのは……
「はあ、はあ、はあ、ふぅ、お、遅くなりました。……あ、ガッロルさんですね、ようこそ転生課へ」
荒い呼吸を整えてから、人当たりの良い笑顔で挨拶をしてくれたのは、このところ転生で何度かお世話になっている……
「あっ! ランスさんっ!! よかった、まだ、こちらにいらしたんですねっ!」
ボクは素早くランスに走り寄ってその背後に回り込むと、その背中に隠れるような姿勢をとった。
悪いけど、ランスにはルーベンとリオン、二人に対するボクの盾になってもらうっ!
そうすることでホッとしたのも束の間、ボクはこの時、ある失態を犯してしまっていた。
それは、普段なら絶対しないような間違いで……
思えば、この二人の盲信ぶりが、かなり精神的にきていんだと思う。
そんな時、いつも通り、邪気のないランスが現れたことでホッとして、思わず口走ってしまったんだ。一般転生者は知らないはずのことを……
“まだ、こちらにいらしたんですね”と。
「あ、はい、お久しぶりです?……ってガッロルさん、僕のこと覚えてるんですか?」
「あっ、……」
しまった、と思った時にはもう遅かった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
過去の記憶を持っていることがバレてからは、自分の想像以上に転生課内が荒れた。
「記憶の持ち越しは今回が初めてですか!? それとも以前から!? いつ頃から覚えてますか!?」
瞳を輝かせたランスが、頬を蒸気させて興奮気味に質問してきた。
「えぇっと、いつだったかな〜 あは、は……」
いつからと問われれば、Lv.化政策が始まる少し前からだ。だけど、さすがに昔過ぎて変な目で見られそうだ。
でも、嘘をつくとLv. が下がっちゃうような気がするし……
そんな訳で、ランスの問いに歯切れの悪い返答を返した。
「その反応はもっと前から覚えてますね? ちなみに、僕の前に転生課にいた人のことは覚えていますか?」
ランスが、ワクワクと期待に満ちた顔でジッとボクを見つめてきた。その瞳が無垢な少年のようにキラキラと輝いている。
っ、そんな純真な瞳でっ……
のらりくらりと質問をかわして誤魔化しているボクは、何だか凄く悪いことをしているような気分になった。
「っ、……ロセさん……ですね……」
「わあ、やっぱり覚えてたんですね! じゃあ、少なくても400年以上前から覚えてますね。なんだ〜、覚えていたんなら声くらいかけてくださいよ〜」
ランスがお気楽で人懐っこい感じに告げてくる。
よかった、引かれてはいないみたいだ。
「いやぁ〜、あはは」
ランスの柔らかい雰囲気に、肩の力が抜けて自然と笑みが溢れた。ボクが少し考え過ぎていたのかもしれないなぁ。
ホッとしたのも束の間……
「おい、ランス……貴様、さっきからガッロル様に対して何という口の聞き方だ。記憶の保持が可能なのは覚醒者として、かなり高位であるという証拠だ。それも少なくとも四百年も前からだとおっしゃっている。本来ならお目にかかることすら無いほどの高貴な存在でーー」
ドスの効いた声で話し出したルーベンは、徐々に声高に、そして饒舌に語り出した。
高位だの高貴だのと、明らかにルーベンの言動はおかしくなってきている。
それに、この手のマシンガントークは放っておくと絶対止まらない! 何しろ、アルで経験済みだ。
話しを……話しをそらせて空気を変えないと!
「い、いえ、いえっ、ルーバンさん。そんな大袈裟な言い方はやめて下さい。あー、とっ、ところで、さっきから言っている覚醒者って、いったい何なんですか?」
「ガ、ガッロル様が……私に、私めに直々に質問をっ……」
ルーベン管制官は、ボクの言葉を噛み締めるように、グッと胸に手を押し当てると、陶酔したような虚な表情でボクを見つめ始めた。
えぇ! 何でっ!? ちょっと前までは、そんな感じじゃ無かったよね? 最初の頃の、ちょっと威厳ある知的な姿がどこにも見当たらないよ……
「お、俺が説明します。覚醒者っていうのは……」
「リオン君! 余計な口を挟むんじゃない! ガッロル様は、この私にお聞きになったのだ!」
「いいじゃないですか! ルーベン管制官! あんたさっきから出しゃばりすぎですよ!」
どちらが『『覚醒者』の説明をするのか』の権利をめぐって、ボルテージがMAXに達した二人が、ついに激しい言い争いを始めてしまった。
あわわっ、大変だ! いつも、地味〜に人生を送ってきたボクは、こういう争い事が嫌いなんだよ。
「いっ、いや、別に誰に説明してもらってもいいんです! とにかく! お二人共、喧嘩はしないでください!」
ボクは急いでルーベンとリオンの間に割って入ると、少し強めに窘めて二人を止めた。
ぴたり、と言い争いは収まったのだが、二人はどういう訳か、愕然という言葉がピッタリな表情をしていて……
「そ、そんな……そんな……うぅ……ぅぅぅ」
リオンが、両手で顔を覆って天を仰ぐと、小さく啜り泣き始めてしまった!
「あああぁぁっっ!! 誠に申し訳ございませんっっ、お許しくださいぃ!!」
ルーベンが号泣しながら、ボクの目の前で平伏して許しを乞いだした!
(うあぁぁ! 大の大人を、しかも二人も! な、泣かせてしまった! ボクが1番悪いことしちゃったみたいじゃないかぁぁ)
「ル、ルーベンさん、そんなに思い詰めないで下さい。ボクが言い過ぎました。ゴメンなさい、ゴメンなさい!! ほら、立って、立って下さい! リオンさんも、そこまでショックを受けないで!」
足元で平伏すルーベンを立たせながら、ボクは二人を全力で慰めた……
誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。
((。´・ω・)。´_ _))ペコリン