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〜Lv.4〜 サンズリバー空港総合案内カウンターと転生課①

 ここ、総合案内カウンターには、毎日数え切れないほどのお客様が訪れる。

 そのお客様一人ひとりのご要望に完璧にお応えすることが、『空港コンシェルジュ』としての()の仕事。


 今日もお客様の波が途切れた隙に、大量に溜まったデータの入力作業をおこなっていた時だった。


 総合案内カウンターの受付に少し顔色を悪くした一人の男性職員がやってきた。


「連絡をもらった転生課の者ですが、要請のありました資料を持ってきました」

「はい、データベースに入力しますので資料をお預かりします」


 キーボードをを叩く手を止めることなく、チラリと横目で転生課の職員に視線を送った。

 すると、もともと顔色の悪かった転生課職員が、さらに顔を青ざめさせた。


 よく同僚から、視線が冷ややかだ、と言われるが、私自身、そんなつもりはない。

 なので、これしきの視線でいちいち青褪められていては、こちらも仕事にならない。


 転生課職員は、額に流れた汗を袖口で拭うと、左脇に抱えていた資料の束を受付に差し出してきた。


「こちらが、[魂No.0005]今世名ガッロルさんの転生課で処理した転生記録になります」

「!?」


 一枚につき、二十回分の転生履歴が記入できる用紙が、辞書ほどの厚みになっている。

 想定をはるかに上回る枚数に言葉を失ってしまった。


 沈黙を資料提出の遅れに対する抗議だと捉えたのだろう。転生課職員は慌てて釈明を始めた。


「なにぶん、過去の記録すべてとなるとご覧のように枚数が半端なくて……倉庫の一番奥まで引っ張り出して探さなければならなかったものですから」


 気を取り直してとりあえず目を通そうと、ドンと積まれた書類の一番上、最近の転生記録を手に取り内容を確認する。


 不審な点を見つけ、眉間に皺を寄せながら転生課職員に質問した。


「Lv. 数の記載がありませんが、こちらの方の現在のLv.はいくつですか?」

「い、いや、その、分かりません。転生課には旧式の測定器しか支給されていませんから。Lv.はプラス・マイナス表示しかされないんです」

「えっ? 分からない?」


 眉間の皺がますます深くなるのを自覚しながら、ドンと積まれた書類を見つめて考えた。


 ある乗客の転生状況を確認するよう通達が来たのは、今から40分ほど前。

 すぐさま検索をかけると、出てきたのは『転生課にて処理』という文字のみ。


 そこで、正確な情報を把握するため、転生課に資料の提出を求めたのだが、……正直なところ、そこまで留意するほどの人物とは思っていなかった。


 わざわざ転生課を選ぶあたり、Lv. の低さを恥じて人の少ない部署に行っているのだと思ったし、Lv. が高ければすぐに報告が来ると思っていたからだ。


 カウンターの上に置かれた資料を手に取り、パラパラとめくって目を通すと、思わず目を見張った。


 過去、どの転生先も難易度A以上の加点対象界であり、各世界での獲得経験値は一般転生者より一桁は多い。

 Lv.測定などしなくても、高レベルであることは一目瞭然だ。


「あなた、今まで転生課で何してたんですか!? この方はどう見ても高レベル者ですよ!?」


 高レベル者が出たら、速やかに上層部に連絡を入れなければならない決まりになっている。

 ずさんな仕事ぶりをもどかしく思うあまり、資料の束をバン!と叩きながら問い詰めた。


 転生課の職員は、おどおどしながら弁明を始めた。


「わ、私も、過去の資料を集めながらそうじゃないかと思いましたが……し、しかし、転生手続きの度に個客の履歴や獲得経験値をいちいち調べたりはしません。だから気がつかなかったんです」


 確かにその通りなので、もどかしく感じながらもそれ以上言及するのをやめた。

 冷静さを取り戻すため、深呼吸してからこれからのことを話すことにした。


「ふぅ、そうですね、Lv.測定器が旧式では判断できませんね。では、携帯型Lv.測定器を貸し出します」


 カウンターの下から、ハンドガンタイプの測定器を取り出すと、転生課職員に手渡した。


「資料からこの方が高レベルである可能性が推測できましたので、上にはこちらから連絡しておきます。Lv. はこの方が帰還した時に上層部施設で測定することになるはずです。結果が出ましたら転生課の方に連絡を入れーー(プルルル…プルルル…)ーー」


 これからの段取りを説明していると、内線電話が鳴りだした。

 転生課職員に片手で合図しながらヘッドセットで電話を受けると、管制官の慌てた声が鼓膜を突き抜けた。


「こちら管制塔! [魂No.0005]ガッロル様のLv. の確認はできたか!?」

「……っ、はい、正確なLv. は不明ですが、資料から高レベルである可能性が高いです」


 キンキンとした高い声に耳鳴りを覚えながらも、緊急性を感じさせる管制官の質問に、簡潔に答えた。


「っ!……そうか! 実はたった今、ガッロル様が乗った飛行機が到着されたのだが、係員が案内する前に、いつの間にか降機(こうき)なさっておられて……今、職員を派遣して空港内の捜索に当たっているのだが、総合案内カウンターには来られなかったか?」

「いえ、それはちょっと。ここでは個人情報の提示は求めていませんから、もし来られたとしても……あ、」


 分からないと言いかけて思い出した。さっき珍しく転生課を希望していた人物がいたことを。


「あぁっ、転生課! 転生課です。さきほど転生課経由での転生希望の方が来られました! きっとあの方です!」

「転生課? まさか、違うだろ? あの部署は……」

「信じられないでしょうけど間違いないと思います。記録によると、この方は過去、すべて転生課にて手続きを行なっております」


 サンズリバー空港の中で、唯一システム管理されていない部署である転生課。リストラ対象者の左遷先で、しかも機材は旧式のまま。


 当然、職員は長続きせず入れ替わりが激しい……


「っ、そうか! そういうことか!」


 何かを察したらしい管制官は、一方的に通話を切ってしまった。


 漏れ聞こえてきた会話から状況を理解したのだろう。転生課職員は携帯型Lv. 測定器を抱きかかえ、頬を蒸気させて立ち尽くしている。


 こういったところがリストラ対象なのだと思う。今、するべきことは『対象者の保護』なのだから。


「聞いてましたね? 急いで戻って引き留めておいてください!」

「は、はいぃ!!」


 転生課職員は、足をもつれさせながら走り去っていった。あれでは時間がかかりそうだ。


 今のうちに、転生課に一番近い入国審査窓口に連絡して、職員を転生課に派遣してもらおう。後は、……


 ふと、簡易転生手続きをしたあの時の光景が脳裏に浮かんできた。


『ありがとう』


 手渡したパンフレットを軽く持ち上げながら爽やかに微笑み、颯爽と立ち去ったスマートな青年……うん、眼福……

 ……って、これじゃ私もあの職員のこと言えないわね。


「ふぅ……」


 一つため息を吐いてから、再び入力作業に専念した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 旧式の転移ゲートを抜けると、雑多に荷物の積み上げられた古めかしいフロアへ出た。


「うぁっ、また荷物が増えてるんですけどー!? カウンターが見えないじゃない」

「次は無くなっているかもしれないな。ここ……」


 (そんな事になったら困っちゃうなぁ……転生課を無くさないでって嘆願書でも書こうかな……もちろん匿名で……)


 そんな事を思いながら、倉庫と化した転生課のフロアをアルと2人で奥に進むと、カウンターの向こうの事務机に、一人の職員がぼんやりと窓の外の景色を眺めながら座っているのが見えた。


 カウンターに番号札を置きながら、こちらに背中を向けて座る職員に声をかけた。


「お願いします、転生したいのですが……」

「うわっ!」


 その職員は、よほど気を抜いてリラックスしていたのだろう。ボクの声かけに驚いて、宙に浮いてしまいそうなほど体をビクつかせた。


 びっくりさせるつもりはなかったのだが、何だか悪いことしちゃったな……


 (まあ、ここ(転生課)にお客が来るなんて思わないよね)


 そんな呑気な事を考えていたら、職員が、風切音が聞こえてきそうなほどの鬼気迫る勢いで、バッと振り返った。

 いや、ちょっと怖い……


 こちらを食い入るように見つめながら『えっ、本当に来た……』と、呟くのが聞こえた。


 (ん……? 『本当に来た』……?)


 何だか嫌な予感がする……

 職員の言動に妙な違和感を感じて、ボクはじっくりとその職員を観察した。


 霊界航空のイメージカラー、赤や黄色、紫を使った極彩色の制服の胸には、入国審査官の証であるバッジが輝いている……


 (えっ!? 入国審査官!? な、何で転生課に!?)


 なぜこんな所にいるのかは分からないが、彼は本来、天界への入国をジャッジする審査のプロだ。

 そんな彼に、ボクが高レベルだということを見極められたりしたら……うん、面倒だ!


『アル……少し時間を空けて出直そう』

『うん』


 アルにだけ聞こえるように囁いてアルの同意を得ると、カウンターの上に置いた番号札を取り下げようと手を伸ばした。

 しかし……


「……はっ!! はいぃ! 確かにっ! 確かに承りますっ!!」


 何かに気づいた職員は、猛然とカウンターまで走り寄ると、強豪の競技かるた部員さながらの気迫溢れる勢いでボクの番号札を掠め取った。


 バンッ!と物凄い音を立てながら奪い取った番号札を、『絶対返さない』とばかりに両手でしっかりと握り締めている。


 (気合いがっ…… 職員の気合いが怖いんだけど!?)


 思わず、半歩ほど後退ってしまった。


 そんな気迫に満ちた職員が、今度はどういった訳かボクのことを恍惚(こうこつ)とした表情で見つめてきた。


 なななな、何っ!? 何なんだ一体!?


 男性職員のその視線は、過去生を振り返っても生まれて初めて向けられる類のもので、得体の知れない……なんて言ったら良いか、何かこう、ネットリ? としていて……

 よく分からないけど、何となく身の危険を感じる……


 そんな訳で、ボクは更に半歩ほど後退ってしまった。


『……ねえ、ガーラ。あなた、あの人に『虹色に(きら)めく禁断の扉』を開かせたんじゃあ……』

「ぶっっふぉっ!!」


 アルが、独特の世界観から発想した、とんでもなく変な言語をボクの耳元で囁いた。


 意味はよく分からないが『禁断の〜』なんて言葉から、碌でも無いことであるのは間違いなしだ。

 それにボクは経験値ばかり稼いできたから、アルと違ってそういった世界観には疎いんだ。


『なっ、無い! そんな扉なんか存在しない!』


 色々と大声で叫びそうになったが、なんとか堪えることができた。


 職員はフロアに出てくると、接客スペースに積み上げられた書類をダンボールの中へと慌ただしく片付け始めた。


「今、新型の測定器を準備してますから、ちょっとだけ待ってて下さい」


 熱い眼差しをこちらに向けながら、卓上のダンボールを片付ける職員が告げた、その“新型”という言葉に、ピクリと頬を引き攣らせてしまった。


 そんな事されたら困るんだけど……


「……旧式で構いませんから、今すぐ検査してもらえませんか?」

「すみません。上からの通達で、ガッロル様の測定は特にしっかりやるよう言われてるんです。測定結果によっては上の者との面会がありますので、よろしくお願いします」


 ものすごい速さでテーブル周りを片付けた職員が、椅子を勧めながらこちらの申し出を一刀両断にした。


 (っ!? ピッ……ピンポイントで目を付けられている!?)


 その事実に得体が知れないものを感じて足が震えたが、なんとか勧められた椅子に腰掛けた。


「機材の準備ができるまで、ここで待っててください。準備が整ったら声を掛けさせてもらいます」


 職員は、頭を下げるとカウンターの奥へ戻っていったが、すぐさまヘッドセットを装着すると、どこかへ連絡を入れているのが見えた。


 やはり、機内で客室乗務員から感じた違和感は気のせいではなかったみたいだ。

 でも、何故……?


 機内で騒ぐ客なんて珍しくもないし、アルのような妖精が霊界に居ないわけでもない……

 それじゃ、あの客室乗務員に嫌われたとか? いや、仮にそうでもここまでの事にはならないはずだ。

 ダメだ、思い当たることが無い!


 でも、これだけは分かる。今回はすんなりと転生させてもらえない可能性が高い。


「あ〜ぁ、次は女の子になれると思ったのに残念だわ」

「!? お……覚えてたの?」


 有耶無耶にできたと思っていた性別変更だが、誤魔化せていなかったみたいだ……

 ん? でも、そうなると、この状況はある意味助かったと言えるのかもしれない。


「ねえ、ガーラ。そんなに女の子になるのイヤ?」


 考えが顔に出ていたのか、笑顔だったアルが急に真顔で聞いてきた。


 いつもの軽い口調ではない、真剣な声で問いかけてこられて正直驚いた。そんな風に言われると、どう答えていいのか分からず言葉に詰まってしまう。


「………………」

「そっか、分かったわ……」


 ボクの無言をどう捉えたのか、アルは珍しく考え込んでしまった。


「えーっと、アル……?」

「そうよ! そうだわ! いいこと思いついちゃった! 私って天才かも!」


 心配になって話しかけた瞬間、弾けるような元気な声でアルがはしゃぎだした。


 何となく嫌な予感がする。

 アルの言う“いい”こと……これが、あまり良かった試しがない。


「……な、何を思い付いたの?」

「ンフフ〜」


 教えてくれるつもりはないらしく、フワリと天井近くまで飛び上がると、呼び止める間もなく、カウンターの向こう側に飛んで行ってしまった。

誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。

((。´・ω・)。´_ _))ペコリン

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