〜Lv.34〜 誘拐に次ぐ誘拐で大変な目に遭いました①
——スキル『転移』——
ギラファスが、サッと手を振って合図を送ると、ボクを取り囲む教団員が一斉にその『スキル』を発動した。すると……
周囲の景色が一変。商業施設が立ち並ぶ賑やかな大通りが大きく歪み、一瞬にして辺りは鬱蒼とした森の中へと変わってしまった。
驚きに目を見張るボクの視界に、明らかに異質で、そして見るからに怪しい石造りの館が飛び込んできた。
長年放置されて痛みの激しいその館……
ボクは、その館をよく知っている。
教団員たちによって連れてこられたこの場所は、まさに、ボクが『矢の雨』を食らった、あのトルカ教団のアジトだった。
この状況を理解するのとほぼ同時に、館の一画から『転移』の波動を感じ、それに合わせて赤ん坊の泣き声が聞こえ始めた。
(!? この泣き声……って、まさか!?)
ハッとして、三階の角にある窓を仰ぎ見たボクの背後で、ギラファスがボソリと呟いた。
「……時間通りだな」
慌てて背後を振り返ると、ギラファスは、さっきボクが見つめていた三階の角部屋を感情を窺わせない顔で見つめていた。
(やっぱり! ギラファスは、また、姫さまを誘拐してきたんだ!)
強い憤りを感じたが、姫さまが囚われたと分かった今、ここで感情のままに暴れてしまうのは決して良い判断とは言えない……
仕方ない、しばらくの間、大人しくしていよう……
歯を食いしばりつつ、表面上大人しくしているボクに向かって、館から視線を戻したギラファスが、その目つきを鋭くしながら命じるように言った。
「さあ、王女にかけられているスキルを解除してもらおうか」
「うっ!……」
射るような視線を向けられて、体が勝手に震え始めてしまった……
が、この震えが過去のトラウマから来ているものだということは、すでに分かっている。だからこそ、そんなものに負けたくなくて……
ボクは体に力を入れて震えを押さえ込むと、
「っ、こんな危険な状況で、スキル解除なんてできるわけないじゃないか!」
そう叫んで、爪が掌に食い込むのも厭わず拳をギュッと固く握り込みながら、ギラファスを睨み返した。
暴走者集団の真っ只中で『スキル解除』するなんて、飢えた狼の群れに子ウサギを放り込むようなものだ。
ギラファスは誘拐犯だけど、行方不明の王女の魂を探し続けるその姿勢から、もしかして、王女に対して情のようなものが少しはあったのかも、と思っていたのに……
「勘違いするな……このまま放置していれば、いずれ飢えて、自然に魂が体から離れる。こちらは、その時まで待つこともできるのだぞ?」
「っ!!……なっ!?」
あまりのことに、驚きの声を漏らしてしまった。
確かに『完全防御』は、外部からの攻撃には完全対応だけど、さすがに『飢え』には対応していない。
反射による高い防御力に目が行きがちで、そのことに気付く者はほとんどいないのに……
まさか、その『飢えに弱い』ということを、見極められるとは思いもしなかった。
ということは、ギラファスは、スキルに対する見識がずば抜けているのかもしれない。
だとしたら、ボクがギラファスの目の前でスキル解除してしまうと、『完全防御』を見極められる可能性がある。
そんなことになったら、ますますギラファスの思う壺じゃないか!
ギラファスが真顔のまま言った『飢えさせる』の、その言葉が、本気なのか、脅しなのかを見極めようと、ボクはジッとその表情を伺った。
けれど、ギラファスの表情からは、その真意を読み取ることはできなかった。
一体どうしたら……
ジリジリとした思いで考えを巡らせていた時、レファスに貰ったブレスレットが、シャラリと揺れて……ハッとした。
(そ、そうだ! 今頃、フィオナさんを通して、天界政府にこのことが伝わっているはずだ!)
だからここは、『天界からの応援がやってくるまで、何とかギラファスの気を引いて、なるべく時間を稼ぐ』ことが正解なんだ!
(よし、そうと決まれば会話で時間を稼がないと……)
「仮に……姫さまの魂が天界の王女様の魂だったら、あなたは姫さまをどうするつもり?」
ボクは、チラリと館に目をやりながらギラファスに問いかけた。
若干、激しさを増した姫さまのその泣き声に、どんな扱いを受けているのかと心配になってしまった。
「何も、……命を奪うなどとは言っておらん。我輩が王女を探している理由は昨日も言ったが封印を解くためだ」
ギラファスが、石像のように身じろぎ一つせずに淡々と答えた。
やはり、その表情からは何も読み取ることはできないが、含みを持たせたような妙な間があったことだけが少し気になった。
「それは、『封印解除の鍵』が『王女様の魂』に設定されているから? でも、それなら『解錠の設定』を変更すればいいじゃないか」
実は、『鍵穴の設定』を変えさえすれば『封印解除の鍵(王女様の魂)』を使わなくても、開錠することはできるはずだ。
「ほう、少しは知識があるようだな。ならば、それが容易ではないことも分かるであろう?」
「そうだけど……でも、天界政府の力を借りれば可能なんじゃない? まぁ、あなたは捕まってしまうだろうけど」
ギラファスの言う通り『鍵穴』は、封印の要で、素人が下手に触ると永遠に閉じ込められてしまう危険性があるほどに繊細な代物なのだ。
だけど、天界政府には、優れた技術者がたくさんいる。ボクみたいに器用貧乏じゃない『匠』と呼ばれる人たちになら、それが可能なはずだ。
「我輩はまだ志半ば、成し遂げねばならぬことがある。それまでは、捕まるわけにはいかん」
そう言って、眼光も鋭く、こちらを見つめるギラファスからは、『誰の忠告も受け付けない』という固い決意のようなものが窺えた。
そこまでして『成したいこと』って何だろう。
でも……
「それが、いったい何かは知らないけど、罪は償わないといけないと思う!」
「フッ、……大業を成さんとすれば、小事に構ってなどおれん」
この一件で傷付いた人たちに対して、少しでも反省の気持ちを示してもらいたくて言ったボクの言葉に、ギラファスは冷笑を浮かべながら、それが『小事である』と、事も無げに言い放った。
天界の王女を誘拐して、さらに魂を連れ去った罪は決して軽くはない……それなのに……それなのに! そのことを “小事„ だって!?
「それって、随分と自分勝手なんじゃないか!? 目的のためなら手段を選ばないってことだろ!?」
ギラファスのその言い分に納得できず、ボクは思わず一歩踏み出してその顔をギッと睨みつけた。
すると、スッと冷笑を消したギラファスが、冷ややかな表情を向けながら冷淡な口調で答えた。
「手段など選んでいては手遅れになってしまう。実際、天界に引きこもってしまった貴様を連れ戻すことに、こうして成功し、成果を上げている」
「えっ…………?」
それって……どう……いうこと……?
ギラファスの発した言葉の意味を理解するのに、しばらく時間がかかってしまった。
少しずつ、頭に染み込んできたその言葉の意味を理解した時、感じたことのないほどの怒りが込み上げてきた。
「じ、じゃあ、あなたが!? あなたがヴァリターを霊界に送ったの!? ボクをおびき寄せるために、自分の息子に手にかけたってことなのか!? ボクがたまたま霊界にいたから良かったようなものの、あと少しでも遅かったらヴァリターは本当に死んでいたかもしれなかったんだ!!」
一気に捲し立てたことで呼吸が乱れ、フーフーと肩で息をしながら、ボクはギラファスを睨みつけた。
ギラファスは、息子であるヴァリターを危険に晒した……
それも、ボクを誘き寄せるためだけに、こんな確実性に欠けるやり方で!
怒れるボクを見て、ギラファスは『理解に苦しむ』といったふうに軽く言い放った。
「何を怒っておる? もし、そうなれば『転生』すればいいだけの話ではないか」
「んなっ!? なに言ってんだよ!? いったい、何考えているんだよ!!」
天界人であるギラファスには、転生時の苦痛や苦労が分かっていないんだ。
ヴァリターが嫌そうにしていた理由は、こういった扱いを今までも受けてきたからなんだろう。
「さて、雑談はここまでだ。王女にかけられたスキルを解除してもらおう」
ギラファスがここで話を打ち切ってしまい、ボクはまたしても、完全防御の解除を迫られだしてしまった。
(くっ、これ以上は時間稼ぎできそうもない……応援は……)
昨日に引き続き、雲ひとつない快晴のその空を横目でチラリと見上げてみたが、やはり、まだ天界からの応援は来ていなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
——(レファス視点)——
天界政府の中央棟。その最上階にある執務室で、ここ最近、一気に進んだギラファス捜索に関する調査報告書に目を通していた丁度その時だった。
卓上に設置された通信機から、緊急を知らせる呼び出し音が鳴り響いた。
通信機のタッチパネルに映し出されているのは、僕の使徒フィオナの名前だ。
確か、彼女はガッロル君を伴って、仮死状態となっている人物の魂を下界へ送り届けに行っているはずだ。
その彼女からの緊急連絡となると、またしても、ガッロル君が下界で何かしてしまったのだろうか?
それにしても、あの子には驚かされてばかりだ。
優れた能力を数多く持っていることに始まり、オリジナルスキルを創造してしまっていること。
あの子の使徒だと思っていた『アル』ちゃんが、実は独自に自我を得た彼(彼女?)の分身体であったこと。
さらに驚いたのは、擬似体に宿った彼(彼女)のその姿が、若かりし頃の亡き妻にそっくりだったことだ。
さすがにあの時は衝撃を受けてしまった。
他にも、自ら仕掛けた神気探知機に引っかかって精鋭使徒部隊を出動させたりと、色々とやらかしているが、中でも極めつきなのは下界の一部分を聖域化してしまったことだろう。
これには、さすがのボクも唖然としてしまった。
聞けば、今もなお下界では彼(彼女)の信者が増え続けているという。
神気に目覚めたばかりだというのに、本当にあの子からは目が離せない。
(さて、ガッロル君は、今度はいったいどんな事をしてしまったのかな?)
そんな呑気な気持ちで僕は通信機のパネルに触れた。
「どうしたんだい? フィオナ」
僕の問いかけに対して通信機から聞こえてきたのは、いつもの落ち着いた声ではなく、焦りに満ちた叫ぶようなフィオナの声だった。
「レファス様! 申し訳ございません! ガーラ様がっ、ガーラ様が、ギラファスに連れ去られてしまいましたっ!」
「なっ!?」
『ギラファスに連れ去られた』と聞いた瞬間、反射的に……僕は何かに突き上げられたかのような勢いで立ち上がっていた。
その拍子に、座っていた椅子が壁際の本棚まで飛んでぶつかり、ガタン!と派手な音を立てる。
「今行く!!」
短く告げると急いで通信を切った。
そして、横幅のある机を回り込むのももどかしく思いながら、廊下へ続く重厚な扉に向かって勢いよく走り出した。
開閉の手間すら惜しんで体当たりした両開きの扉は、バーン!!と弾け飛んで前面の壁にめり込んでしまった。
だが、それに構っている暇はない。
そのまま執務室を飛び出すと、大理石の長い廊下を『降臨ゲート』目指して全速力で駆け出した。
細かな経緯などは分からないが、とにかく一刻も早く現場へ向かわなければ手遅れになりそうな気がして仕方なかった。
(これは……これでは、まるであの時と同じだ!)
妙に、連れ去られる娘の姿が僕の脳裏にチラついた。
誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。
((。´・ω・)。´_ _))ペコリン




