〜Lv.2〜 霊界へ……霊界航空で行く、サンズリバー空港への旅①
ボクは、ラベンダーアロマの香りが漂う薄暗い旅客機の中で目を覚ました。
凝り固まっていた体をほぐすように、うーん、と伸びをすると、涙で滲む目を擦りながらゆっくりと辺りを見回した。
ズラリと並んだエコノミークラス特有の三列シート。機窓には幽界の空が広がり、暁の柔らかな光が広がり始めている。
機内では、疲労感を漂わせた人々が座り、皆、一様に深い眠りに就いていた。
ボクにとっては馴染みのある風景だ。
ボクと同じように、天寿を全うした人達がたくさん乗り合わせているこの旅客機は、現在、霊界のサンズリバー空港へと向かっている。
(はぁ、疲れた……コレばっかりは何度経験しても慣れないな……)
身体中にできていた傷は綺麗さっぱりと無くなっていたが、深手を負っていた左腕を撫でながら、ボクは再び目を閉じた。
ボクの『地味〜な平凡生活』が一気に崩れてしまったのは、ルアト王国の王女……姫さまが、トルカ教団に連れ去られてしまったことから始まった。
それまでのボクは、『親のコネで第三騎士団長の地位についた実力の無い上官』を演じていた。
家も爵位も継ぐことのない三男。真面目だが人付き合いの薄いボクに、誰も期待することは無かったはずだ。
そのまま、平凡に人生を終えられるはずだった……
◇◆◇◆◇
姫さまが誕生して半年。古くからのしきたりに習い、ルアト王国では三日間にわたり、姫さまの1/2誕生祭が執り行われていた。
事件は、その最終日に起きた。
その日はフィナーレを飾るに相応しく、壮大な規模の花火が打ち上げられていた。
人々の関心は夜空の花火に集中。それは国王も、護衛騎士たちも同じだった。
皆が夜空を見上げる中、警備の目が薄くなったその一瞬の隙をついて、一人の侍女が2階のバルコニーから姫さまを投げ落としたのだ。
打ち上げ花火の炸裂音と目撃者たちの悲鳴が上がる中、バルコニーの下に隠れていた『トルカ教団』の教団員が姫さまを抱き止めると、そのまま流れるように逃亡した。
それは、ほんの一瞬の出来事だった。
侍女はその場で取り押さえられたが、仕込み毒を煽って自殺してしまい、逃げた教団員もすぐに取り押さえられたが、姫さまは既に他の教団員に引き渡された後だった。
あまりに手際が良すぎる……
取り押さえた教団員は、『9年に一度の大召喚、その誉れある贄として選ばれたのだ!』などと、ふざけた事を言っていた。
腹立たしいとこの上ないが、城内に内通者がいることは確実だ。
しかし、そいつらを炙り出すよりも先に、姫さまを救出しなければならない。急がなければ、取り返しのつかない事態になるのは明白だ。
副騎士団長のヴァリターに騎士団のことを任せたボクは、こっそりと単騎で姫さまの救出に向かった……
◇◆◇◆◇
その甲斐あって、ギリギリのところで間に合ったけれど、トルカ教団から執拗な攻撃を受けてしまい、今回、ボクはこのような状態になってしまった。
(次は、9年後かぁ……スキルの効果は10年あるから、なんとかカバーできるかな?)
実は、姫さまを助け出した時、ボクは少し、世界の理から外れた事をしてしまった。
魔法による保護を姫さまにかけたのだ。だけど、あの世界には魔法の概念がない。
使わない、という選択肢はなかったけれど、魔法が存在しないあの世界では異質な力。
だから、姫さまが奇異の目で見られないかが心配だ。
しかし、もう、ボクにはどうすることもできない。後のことは、みんなに任せるしかない。
(皆んなの嗚咽が耳について離れないや……)
騎士団長という立場から、どうしても人との関わりは多くなってしまう。
だから、仕方がないといえばそうなんだけど……ボクはこういう湿っぽいのが苦手なんだよ……
深いため息を一つ吐いてから、ゆっくりと目を開けた。
室内灯の灯りをぼんやりと眺めていたが、気持ちを切り替えるように深呼吸をして、背筋を正した。
「……さぁ! 今回の経験値は、っと」
座席に備え付けられたタブレットを手に取ると、魂認証画面をタッチして、今世の集計結果を呼び出した。
今回獲得経験値
体力 3000ポイント
魔力 20ポイント
技術力 1150ポイント
筋力 2350ポイント
器用さ 750ポイント
素早さ 850ポイント
知能 780ポイント
運 15ポイント
防御力 1150ポイント
攻撃力 2350ポイント
「物理な世界だけあって体力面の伸びがいいなっ、魔力の鍛錬はできなかったけど『完全防御』使ったからポイントがついてる。後は……相変わらずLUKは低いなぁ〜」
誰に聞かせるでもない独り言……
わざと明るい声で呟いてみたが、これが、ただの『空元気』だということは分かっている。
だけど、あんなに後味の悪い別れはこれが初めてで……
(いつもは空港に着いてからなんだけど、呼び出しちゃおっかな……)
何かを掬い上げるようにそっと両手を胸の前に差し出すと、その手のひらに向かって優しく囁きかけた。
「アル、終わったよ。出ておいで」
お椀型に丸められた手のひらの上に、心臓の鼓動のように明滅する拳大の小さな光球が現れた。
その光の中心に小さな妖精が、体を丸めてスヤスヤと眠っている姿が見える。
光が落ち着くと同時にパチッと瞳を開き、空中へゆっくりと浮かび上がると体をほぐすように伸びをした。
「くぅ〜、おはようガーラ」
「おはよっ、アル」
彼女の名前はアル。この、永い転生人生を共に歩んでくれている、ボクの唯一の理解者だ。
(この声を聞くと、何だかホッとするなぁ)
彼女の明るい声を聞いて、寂しさで押しつぶされそうになっていた心が、フッと軽くなった。
「ん? あれ? ちょっと早くない? まだ25年くらいしか経ってない気がするんだけど?」
アルが、不思議そうに小首を傾げながら問いかけてきた。
「今回は、……ちょっと厄介な相手に絡まれちゃって……さ……」
ボクはこの時、すっかり心が弱り切っていた。
だから、慰めの言葉をかけて欲しくって……つい、そんな弱音を吐いてしまった。
「えっ、ガーラやられちゃったの!? ちょっと待って!? おかしくない!?」
ボクが、伏目がちに哀愁を漂わせながら告げたその言葉。それに対する、アルの反応がちょっと怖かった。
アルが咎めるような光を宿した鋭い瞳で、ボクを上目遣いに見つめている。
あ、あれ? な、なんか想像してたのと違う……ボク的には『えっ! そんなことがあったの!? 可哀想に……大変だったわね、ガーラ』、なんて言葉を期待していたんだけど……
何だか風向きが怪しい。今から、特大のお説教が始まりそうな……そんな、落ち着かない気持ちになってしまった。
「手抜きしたの? まっ、まさか! わざとなの!?」
「て、手抜きでもわざとでもないよ……精一杯、頑張ったんだよ?……(あの世界の理の範囲内でね……)」
少し後ろめたい気持ちもあったので、ぐっ、と声が漏れそうになるのを必死に押し留め、ボクはなんとか答えを返した。
その際、心の中で言い訳を呟くことも忘れない。
「ふぅ〜ん? でも、ちょっと信じられないな〜? 凄い力持ってるのに……」
アルから、探るような目を向けられてしまった。
その目が、何だか心の中を覗かれているような……そんな錯覚に見舞われて、ボクはほんの少しだけアルから視線をずらした。
「もしかして……ガーラ?」
アルが腰に手を当てながら、視線を合わせるようにボクの顔を覗き込んできた。
アーモンドみたいにクリッとしたアルの翠眼が、ボクを真っ直ぐに見つめている。
綺麗だなぁ、なんて、ちょっと逃避気味に考えていると、次の瞬間、アルは妙に迫力のある声で痛いところを突いてきた。
「まさか、命がかかった時にまで『縛りプレイ』とかしたんじゃないの?」
図星を指されて、ギクッと体が震えてしまった。
さ、さすがはボクの唯一の理解者……ボクのことをよく分かっている……
ボクは忙しなく目を泳がせながら、しどろもどろと言い訳をした。
「あ、いや、だからって、その……ぜ、全力出すわけにはいかないでしょ?……Lv.付かなくなっちゃうし……」
だって、仕方ないじゃないか、ボクのたった一つの趣味がLv.上げなんだ。そのLv.が付かなくなるような行動は取りたくなかったんだよ……
「やっぱり! ほんと『Lv.オタク』なんだから!! せめて、自分が危ない時くらい自重しないで能力使ってよ!」
アルが小さな拳を振り回しながら怒り出した。
寂しくて……慰めてほしくて呼び出したアル。確かに寂しさは吹っ飛んでしまったけれど、もれなく耳の痛くなるお説教が付いてくるとは思わなかった……
「あ〜っと、その……能力、……使っちゃった後だったから……」
「それでもよ! 大体、ガーラはLv.にこだわりすぎなーー」
「お客さま?」
「「ヒャッ!」」
背後からの突然の声かけに、二人してビクッと身を震わせた。振り返ると、そこには客室乗務員が営業スマイルを浮かべて佇んでいる。
……ただし、目の奥は笑っていない。……こっ、怖っ!
「他の方のご迷惑になりますので、お静かにお願いします」
「あっ! す、すみません……」
そうだった……機内の人たちはまだ寝てたんだ。皆んなは、ボクみたいに慣れてないから疲労困憊だろうし……
ちょっと騒ぎすぎた、と反省しつつ、慌ててアルをシャツの胸ポケットへ入れた。
客室乗務員はアルを見て、一瞬、驚いたように目を見張ったかと思うと、ハッとしたようにボクの顔を見た。
その途端、客室乗務員が衝撃を受けたかのように硬直し、その動きを止めてしまった。
只事ではなさそうなその様子に、逆にボクの方が衝撃を受けた。
(ええっ!!?……ぼ、ボク、何かしちゃった!? )
慌てて自分の足元や身の回りを確かめた。だけど、特に何もない……
助けを求めて胸元のアルを見ると、アルは胸ポケットの奥へと潜ってしまい、姿が見えなくなっていた。
えぇぇぇ……そんなのズルいよ……
「え、え〜っと……あの……」
食い入るような眼差しに耐えかねてボクが話しかけた瞬間、客室乗務員は弾かれたように一礼して、足早にギャレーへと消えていった。
その、ただならぬ雰囲気に冷や汗が一筋流れていく。
一体……何だったの?
「……ガーラ、ごめんね?」
胸ポケットから少しだけ顔を出したアルが、囁くように謝った。
「うん、……もう、到着するまで大人しくしてよっか……」
再び胸ポケットに潜り込むアルを確認すると、ボクは機窓へと目を向ける。
(早く到着しないかな……)
機窓の外には幽界の空が広がり、霊界まではもう少しかかりそうだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「機長、今、よろしいですか?」
接客を担当している乗務員から内線連絡が入ったのは、空港到着40分前のことだった。
「どうした?」
余程のことがない限り、コックピットとは連絡は取らないことになっている。
何か良くない……重大な事態に陥っているのかと、その場に緊張が走った。
「お客様の中に、覚醒者と思われる方がいらっしゃいます」
「なっ!? それは、確かなのか?」
想定していた事態とは真逆の、良い意味での想定外な事態に、操縦桿を握る手が震えた。
事実なら、霊界政府に急いで連絡を入れなければならない。
「はい、薄っすらとですが神気を発していらっしゃいましたし、使徒さまも従えておりましたので。ただ、ご自分の状態をまだ理解されていらっしゃらないご様子でした」
と、いうことは覚醒したばかりなのかもしれない。しかし、本当に覚醒者なのかの判断はここでは難しい。
空港でしっかりと検査をしたほうがいいだろう。
「了解した、くれぐれも失礼のないように。空港には連絡を入れておく。……で?……どのようなお方だった?」
顧客のプライベートな部分は、聞くべきでないことは重々知っているが、どうしても好奇心を抑えることができなかった。
「機長も気になっちゃいますかぁ!? そうですよね!? 聞いてください! 若い成人男性なんですが、一見華奢に見えて、ものすごい筋肉美の細マッチョなんです! ボタンの外された襟元から垣間見える鍛え上げられた筋肉が、発狂しそうなほどセクシーでした! それに、涼しげな青い瞳が綺麗な超イケメンなんですぅ。中性的なところが神秘的な印象を一層際立たせていて、きっと生前はみんなを虜にしていたに違いないですよっ! 機長!!」
「お、……おぉぅ……」
生真面目で柔らかな口調が特徴として知られている彼女が、突如として豹変してしまった。
私情が入ってからの暴走具合に驚きを隠せない。
「分かったから、……君はちょっと落ち着きなさい」
興奮する客室乗務員を宥めてから内線を切った。
これから空港はちょっとした騒ぎになるんだろうな、と思いながら管制塔へと連絡を入れた。
誤字脱字の報告、並びに言い回しの修正をしていただけると助かります。
((。´・ω・)。´_ _))ペコリン