今日からここが俺の家
さて今日から死神美少女とのドキドキ同棲生活が始まるんだが、度し難い現実に俺は打ちのめされていた。
母上様から許可をもらい荷物を持ってアマニが住んでいる家に来て俺は驚愕した。
「ここってこの街でも有名な無人の館じゃねぇか!」
そこはどこかの金持ちが捨ててそのまま廃墟になった大きい館だった。外観だけでわかる年期の入った建物は今にも扉からゾンビが出てきそうなほどの冷たい空気が張り巡らされている。
門をくぐり左右に狛犬のように置かれたキメラのような生き物の石像が俺を睨みつけているかのように監視していた。持ち主の趣味の悪さを際立たせている。
所々割られたガラス窓から蔦植物が侵入している……なにこれ、こんなところに死神とはいえうら若い乙女が住んでいるの? 頭に麻袋かぶった怪人とかじゃなくて?
「少し古くて大きいただの家でしょ」
「そう言われるとそうなんだが……そもそもここって勝手に住んでいいの? 廃墟でも誰かの私有地なんじゃ」
「ここの住人はすでに死んでいるし、本人からもちゃんと許可を取ってあるから大丈夫。安心してくつろげるよ」
「本人から許可って……それ」
「もちろん死んでから。家族もいない人で誰も管理する人がいないからって快く譲ってくれたの」
この死神、現世に干渉しまくりだろ。
まさか俺の街の廃墟が死神の巣窟になっていようとは夢にも思わないだろ。
「さ、入って入って。鬼柳君にはやってもらいたいことが山ほどあるんだから」
「俺もしたいことがある……」
荷物を置き正面や壁、そして天井まで隅々まで見渡して口に出すと図らずもアマニと声が被った。
いや、こんな惨状を見たら誰だって口をそろえてこう言うだろう。
「「掃除しないと」」
「ふぅ……とりあえずこんなもんか」
アマニと二人で館のすべて――というわけにもいかずまずはリビングと風呂の掃除を終わらせた。リビングはともかくなぜ風呂かというと、掃除を終えた時にまずしたいことは風呂に入ることだからだ。綺麗好きに男も女も人間も死神もない。
「夜になる前になんとか終わったな。これで人並みの生活は続けられるぞ」
「ええ、私も鬼柳君のお家にご厄介になってからあんな汚い場所で寝なきゃいけないと思ったら鳥肌が立ったよ」
「お前の家だよ?」
修繕した一人用ソファーで背伸びをすると身体中の骨がぽきぽきと子気味良い音を立てた。普段使わない筋肉も使ったせいか普通の体育よりも疲れた気がする。
「掃除って大変なんだな」
「もうやりたくない」
「明日は台所と寝室の掃除だ」
「鬼柳君が一人でやってよ。これ以上かわいい女の子が汚れる姿は見たくないでしょ?」
「どんどん汚れて綺麗にしてくれ」
二人用のソファーで横になりながらアマニは頬を膨らませた。そんなことしても俺は甘やかさないぞ。
二人で住むんだから二人で掃除するのが道理だ。
「なら私リビングと大きい寝室だけ使う。鬼柳君は台所と寝室使うなら一人で掃除してよね」
「それなら俺は一人で台所の食べ物を独り占めするし、小さい寝室の無駄に豪奢なベッドを使ってもいいんだな?」
「…………私も掃除する。だから食べ物は私が多く食べるし、あのすごいベッドも私が使ってもいいよね」
もとよりこの館はアマニの所有物で俺は居候の身。
「もちろんだ。明日の夜はうまいものを食って夜は布団で寝れるぞ」
「やった私満漢全席がいい!」
「出来るだけ近づける努力はしてやる」
努力するだけなら誰でもできるからな。カップ麺が出てきたとしても努力した結果だから文句は言わせない。
満漢全席なんて言葉だけでどんな料理なのかよく知らない、料理じゃなくてコースみたいなものなのか? 調べようとしたら簡単に調べられるけどあえて無知のままでいることにしよう。アイドォンノーまんかんぜんせき。
「明日は豪華なご飯なら今日はカップ麺でいいよ。クスッ、楽しみだなぁ~」
無邪気な笑顔で期待を膨らませられるとさすがに少しだけ罪悪感が湧く。
「風呂沸かしてくる」
「うん。お願いね」
逃げるようにその場を離脱した俺は館中を歩き荒れに荒れた廊下を歩いていく。しかし電気が通っていることから不気味さは感じなくむしろ明るすぎなぐらいだ。
おかげでボロボロの美術品もなんともない。電気つかなかったら一人でトイレも行けなかったと思う。アマニは死神だし幽霊なんてどうってことない以前に生者よりも親交がありそう。
とにかくこの館の元の持ち主、よくぞ文明を守ってくれた。せめて天国で楽しくやってくれると願って庭の隅っこに献花しとくね。
風呂の電気をつけるとその全貌があらわになる。
古代ギリシャの風呂マンガで見たような大きさの風呂がそこにはある。俺の家にある一人用のバスタブじゃなくて十人以上は一度に入れそうなほどの大きさを誇っている。蛇口もその分大量に設置されているが、全部使われる日が来るんだろうか。
浴槽用の蛇口を捻るとそこから熱いお湯が勢いよく噴き出した。
「あと十分ぐらいで入れるぞー」
「ありがとー」
リビングに戻ると勝手に俺の持ってきた荷物をあさってマンガを読んでいたアマニは脚をバタバタしながら間延びした声で返事。
まだ自分の部屋がないから必然的にリビングに戻ることになるんだよな。年頃の男女としてこれはいろいろマズくはないのか。
アマニは死神として動いているときは薄い黒のコートを着ているが、それ以外の時間はラフな格好が多い。俺の家ではTシャツとミニスカートだった。
今は自分の家ということもありほぼノースリーブの部屋着で超リラックス状態。目を凝らせばチラチラとパンツらしき布までこんばんわ。それを指摘したらさよなら世界。
「~♪ ~♪」
鼻歌を歌いご機嫌なようだ。これだけ見れば本当にただの女子学生でしかない。
あ、でもアマニは死神だから似た目相応の年齢とは限らないな。ひょっとしたらもう五百歳のババアかも。エルフとかは十五歳の似た目で百歳ということもざらにあるから死神だって十分あり得る。
決して年齢のことは口にはしないがな。あとが怖いし。
「そんなマンガをキャリーバッグに詰めた覚えなんてないんだが?」
「私が詰めたのだからそりゃそうよ」
どうりで荷物が重かったわけだよ……。
一度に全部持っていく必要などないから最低限の着替えや教科書だけ詰めたはずなのに、明らかにその重量は想定をはるかに超えていた。
確認しなかった俺も俺だが、こんな勝手な真似はやめてもらいたい。
せめて自分で運んでほしかった。
床に積まれた本は一冊や二冊じゃない。五作品ぐらいが最新刊まで揃っている。
「本なら後日好きなの持ってこればよかっただろ」
「今日読みたかったの。減るものでもないしいいでしょ?」
一冊読み終えたらしく寝転がっていたアマニはソファーに座り直し背伸びをする。おお、こう見るとこいつ結構胸あるな。
「そろそろお風呂沸いたかな」
「もういい頃合いだろ」
アマニがマンガを読んでいる間に二十分は経過している。問題なく入浴できるだろう。
「ん……じゃ、一番風呂いただきます」
「ごゆっくり。俺は少し寝る」
まだ夕食を食べていないがアマニの今日はカップ麺でいいという言質はとった。それぐらい自分で用意できるだろう。
悪いが俺は少しだけ寝させてもらう。背もたれにべったりと背中を張り付けるように体重をかけると即座に睡魔に襲われた。